『造られる奇跡』
「今年も、この季節がやってきた」
新茶を片手に、妻が嬉しそうに微笑んだ。妻はいそいそと新茶を入れる準備をはじめる。
急須の中でお茶の葉が開くのをゆっくりと待つ。妻が湯呑みに茶を注ぐと、緑の波紋と共に、夏の近づく香りが広がった。
「今回もないかぁ」妻の悄然の理由は『茶柱』だ。茶を注いだ際に茶柱が立つのは縁起が良い。茶柱の立つ光景を見るのは妻の夢だった。そのために妻は茶葉の配分を工夫してみては、いや注ぎ方の問題では、など試行錯誤を繰り返していた。
あるとき、僕は『必ず茶柱が立つ茶』という品を見つけた。妻の笑顔を思い浮かべながら購入し、妻に手渡した。
「これで茶柱が立つのを見られるよ」と伝えると、妻は「……嬉しい。ありがとう」と微笑んだ。
急須に入れて、時を待つ。注いだ緑の中に、柱が一本揺れていた。
「茶柱が立った」
妻はただ一言、そう呟いた。
そして僕らは求めていたものを、永久に失った。
【了】
サポートしていただきました費用は小説やイラストを書く資料等に活用させていただきます。