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『歯軋りの確認』

 以前、友人と泊まりの旅行に行ったときのことだ。
「お前、夜中に歯軋りしているぞ」と友人に言われた。「俺、それで夜中に目が覚めたくらいだぜ」
 話を聞く限り、結構酷い歯軋りのようだ。
 気になってネットで調べると、歯軋りを放置することで歯がすり減り、噛み合わせが悪くなるとか、顎関節に影響が出るとか。結構危なそうだ。
 次の週に歯医者にかかった。幸い歯のすり減りも噛み合わせも問題なく、顎関節も問題ないと診断された。ただこのまま続くと、そういった症状も出てくる可能性があるとのことだった。
 夜中に歯軋りをしないよう、専用のマウスピースを作ってもらった。保険適用の範囲ではあったが、そこそこ金がかかった。
 その後も何度か受診して、歯や顎の状態の確認とマウスピースの調整が行われた。

 それから1年経過した。
 健診は半年に1回程度だが、定期検診と違ってマウスピースの調整に結構費用がかかる。
 症状は出ていないし、もう歯軋りをしていなければ受診する必要はないのではないだろうか。
 しかし確認するにしても僕は一人暮らしだ。誰かに確認してもらうのは難しい。歯軋りの確認のために、わざわざ家族や友人に来てもらうように頼むのも忍びない。
 そこで夜中寝ている間、スマホの録音機能を付けておくことにした。
 まだ歯軋りをしていたらスマホに録音されているだろう。
 枕元にスマホを置いて録音機能を起動させてから床に就いた。寝返りでベッドからスマホが落ちないように、壁側に設置した。

 次の日の朝に、録音された音声を再生した。
『……………』
 録音はずっと無音のままだ。
 たまにゴソゴソと衣擦れの音が鳴る。僕が寝返りをしたり、身体の位置を変えたりしている音だろう。歯軋りの音は聞こえない。
『……………ぁ』
 何か音声が入った。
 そうか、もしかしたら寝言が入っている可能性があるのか。
 変なことを言っていたらどうしよう。誰に聞かせる訳でもないけれど、少し恥ずかしい。

『……ぁ、あの、ね』

 女の人の声だった。

 びくりと体が跳ねて、スマホが床に落ちた。
 幸い壊れることもなく、録音した音声が流れる。

『……聞こえる、早く、そこから』
 くぐもった声だ。しかしなんとか聞き取れた。
 声が聞こえた直後、スマホから玄関のドアが開く音が聞こえた。玄関から足音がし、僕の寝ているであろうベッドの近くで止まった。
 そこから数時間は何も起こらなかった。僕の衣擦れの音だけが続く。
 夜中の3時過ぎ頃、再び足音が聞こえた。今度は僕から遠ざかるように玄関の方へと向かっていった。そして玄関のドアが開く音がし、微かに閉まる音がした。
 その後の音声には何もなく、朝6時に僕が起床したであろう間抜けな欠伸あくびの声が聞こえ、そこで停止した。

 僕は冷や汗が止まらない。震える手で友人に電話をかけた。
 この部屋に得体の知れないものが出入りしている。僕の頭はパニックだ。訳も分からず友人に捲し立てた。
「やばい、やばい、やばい!俺の部屋出る!」
「出るって何が」
「女の霊が、ででで、出たんだよ、昨日!」
「はぁ?それはないだろ」
「本当だって、女の!」
「女なんて来なかったぞ」
「でもおん…………」
「どうした?」
「あ、いや、何でもない。ごめん、夢の話だった」
「なんだそりゃ」
「ごめん。じゃあな」
 急いで電話を切った。

 その日、僕は会社を休んですぐに引越しの準備をした。
 家族にだけ、次の転居先を伝えた。

 荷物を全て出し終えて、アパートを去る途中、隣の部屋に住む女性とすれ違った。
「こんばんは」
 ごく最近聞いた事のある声で彼女はそう言った。
 僕は会釈をしてその場を去った。

 了。

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