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『芋づる』

 朝、リビングへ向かうと、おふくろの口から蔓(つる)のようなものが出ていた。
 指摘したがおふくろには見えていないらしく、触れることも出来ないらしい。何を寝ぼけたことを言っているのかと言われ、不思議に思いながらも朝食の席についた。
 確かに寝ぼけているのかもしれない。しかしよく見ると、向かいの席に座る親父の口からも蔓が出ている。やはり親父自身には見えも触れも出来ない様子だ。
 俺はおふくろの口から生えている蔓をなんとなく引っ張ってみた。するとズルズルと蔓と葉が引き出てくる。1メートルほど引いたところで、ボコッと音を立て、一本のさつま芋が取れた。いや、この場合は〈出てきた〉というべきか。それとも芋なのだから〈掘れた〉というのが正しいのか。
 口から通常サイズのさつま芋が出てきたというのに、おふくろは何事もなかったようにしている。近くにいた親父にも平然としていることから、この不可解な現象は俺にしか見えていないようだ。
 おふくろの口から出てきた奇妙なさつま芋を割ってみると、ポコンと見事、半分に割れた。鮮やかな黄色の面には文字が彫られていた。
『もっとシャキッとしなさい!』
 どういう意味かと考えていると、
「ああ、もう、早くご飯食べて。ダラダラしていないでシャキッとしなさい!」
 芋に書かれた言葉と同じようなことをおふくろが言ってきた。
 ためしに親父の蔓を引っこ抜いてみる。
 芋の中には、
『学生は気楽でいいな』
 と書かれていた。そのあと親父は、
「まったく、大学生は朝から気楽でいいな」と言ってきた。
 まさかこの芋はこれから話すことを予知しているのだろうか。
 なんとも摩訶不思議な現象だが、身体に害は無さそうだ。かなり驚いたが、少し面白そうだ。もう少し様子を見ることにしよう。
 それにしても、つまらない小言ばかり言う親だ。

 大学へ向かうと、出会うやつ皆、口の中から蔓が生えている。
「おはよう」と声をかけてきたのは大学の女友達だ。その女友達の蔓を引いてみた。
 取れた芋には『早く帰りたい』と書いてあった。楽しげに声をかけてきたが、帰りたいのだろうか。
 その言葉を待っていたが、
「今日の講義のあの教授さ〜……」
 と世間話が始まった。
 どういうことだ。これは予知する芋ではないのか?
 ここで今までの仮説を捨て、初めから考えてみなくてはならない。
 ……そういえば、この女、普段は「かったるい、早く帰りたい」とぼやいている。
 もしやと思って他の奴でも試してみた。やはり同じように、芋には普段そいつが頻回に使う言葉が彫られてあった。
 つまり【口癖】ということだ。これは、『口癖を写すさつま芋』ということか。
 ……何ともしょうもない、つまらん能力だ。まだ『これから話す言葉を予知する芋』だった方が役に立つ。

 しかし【口癖】というのは、ある意味【そいつ自身を象徴している】とも言えるのではないか。他人の本質を視覚的に見れるということだ。これはなかなかに面白いんじゃあないか? 
 そう思ったのも束の間。俺は他のいろんな奴を試してみたが、『面倒臭い』、『だるい』といった、くだらない芋しか取れなかった。大学生の口癖なんてそんなものなのだろうか。
 中には『ありがとう』と書かれた芋が取れた奴もいた。何とも健気なやつ、と最初は思ったが、どうせ偽善を言葉にしていているうちに口癖になっただけだろう。
 あくまでこれは本心ではなく、普段口にしている言葉の芋なんだからな。

 つまらない言葉の芋しか取れないので、次は同じ講義の隣に座っている、ガリ勉くんの蔓を引いてみた。さぞかし知的な言葉が取れるだろう。
『まゆたん、まじ尊い』
 オタクかよ。つまんねぇ。期待外れもいいところだ。
 いや、陰キャを選んだのがまずかったか。陽キャなら逆に……いや、そんな奴らから大層な言葉が取れるとは到底思えない。もっと面白い言葉が取れる奴はいないものか。

 次に俺は、著書もいくつか出している有名な教授の蔓を引いてみることにした。
『今日の食堂のメニューは何だろう?』
 なんだこりゃあ。頭がいい奴ほど普段はこんなことしか口にしていないのか? 
 大した地位にいるようなやつでも、普段口にしているのは大した事ではないのか。

 摩訶不思議な現象に、さぞかし楽しめると思ったが、引く芋、引く芋全てくだらない言葉しか取れない。まったくもって、つまらない奴らばかりだ。
 所詮人間なんてこんなものか。
 
 そう思いながら自宅に帰った。洗面台に向かうと、そこには口から蔓を生やした鏡に映る自分の姿があった。自分にも芋が出来ていたのか。
 普段から常に思考を重ね、それを口にしている俺だ。さぞかし知的かつ聡明な言葉が取れるに違いない。
 そう思って自分の蔓を引いた。

 ズル、ズル……。
 ボコッと芋が出てきた。
 しかし、
 ズルズル……ボコ。
 ズルズル……ボコ。

 いくつもの芋が蔓状に連なっている。沢山の芋がオレの口から出てくる。

 ズルズル、ボコ、ズルズル、ボコ。
 ズルズル、ボコ、ズルズル、ボコ。
 ズルズル、ボコ、ズルズル、ボコ。
 ズルズル……。
 ボコ、ボコ、ボコ……。

 おいおい、どれだけ取れるんだ。
 ……そうか、普段から思考を重ねた言葉を使っているから、それだけ言葉の量が多いのか!
 とにかく、ひたすら芋を取り続ける。部屋が芋で埋め尽くされたくらいに、ようやく最後の芋が取れた。
 俺は期待しながら芋を割った。

 …………。

 普段、自分が何を言葉として口に出しているか、【客観的に見る】って、必要なことなんだな……。

 芋づる式に掘り起こされた俺の芋の中身は、実に『つまらない』言葉の羅列だった。

おしまい。


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