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『ことりの集会』

〇月×日 日曜日
 ことりの集会は、金曜日にあるんだそうです。
 地区の集まりで、神社で花火をしたときに、知らない男の子が言っていました。
 その子は、電線に止まっていた鳥にフンをかけられちゃったらしくて、それからずっと、電線の下を歩くときは、上に鳥がいるかどうか見るんだそうです。

 そうしていたら、金曜日の夕方は、電線に、いっぱい鳥がとまっている日があることに気がついたそうです。
 その子はそれを『ことりの集会』と言っていました。

 わたしは男の子に、それってなに?って聞きました。
 男の子は、ネコの集会みたいなものかもしれない、と言いました。
 わたしは、ネコの集会ってなに?って聞きました。

 ネコの集会は、ネコが人の知らないところで、夜に集会をしているという話でした。
 それを見てしまった人はネコにされて、ネコだけの世界につれて行かれて、もう人の世界には戻ってこれないのだそうです。

 男の子は、その『ネコの集会』みたいに、『ことりの集会』も、小鳥たちが集まっていて、それを見たら、小鳥にされちゃうんじゃないか、と言っていました。
 わたしは、こわかったけれど、ちょっとおもしろいな、とも思いました。

〇月△日 水曜日
 今日、わたしは、妹とケンカをしました。
 妹なんて、キライです。
 わたしは、妹なんて、もういらないと思いました。
 そこで考えました。妹を小鳥にしちゃえって。

〇月♢日 木曜日
 妹に、あやまるふりをして、『ことりの集会』の話をしました。
 でも、小鳥にされてしまうかも、なんて言いません。
 わたしは、集会に行くと、好きな小鳥を一羽もらうことができるんだよ、とウソをつきました。
 妹は、ずっとペットをほしがっていたので、そのことを信じて、ことりの集会を見たいと言いました。

〇月✳︎日 金曜日
 妹に丸い鳥かごを持たせて、わたしたちは学校が終わったあと、鳥が集まる電線をさがしました。
 でも今日は見つかりませんでした。
 また次の金曜日にさがしてみます。

 その日以来、私達は金曜日には小さな鳥籠を持って、夕方に出かけるようになりました。
 そしてついに、鳥が電線に何羽も並んでいるのを見つけました。私達は物陰に隠れて、鳥達が移動するかどうか、少し待ってみることにしました。

 夕日が沈みかけた頃、鳥達が一斉に舞いあがり始めました。ぞろぞろと連なって、何処かへ行こうとしているようでした。私達はこっそりとその後を追いかけました。
 鳥の群れは、神社の裏の雑木林に入っていきました。私達も続いて林の中に入ります。
 林の中は真っ暗で、木々が揺れる音が、まるで話し声のように聞こえました。

 もう帰ろう。
 そう言い合って、私達は帰ろうとしました。しかし木の枝につまずいて、持っていた鳥籠を落としました。
 鳥籠は丸い形をしていたので、コロコロと転がって、林の奥の方へ消えていきました。

 鳥籠を拾いに行った姉は、なかなか戻ってきません。
 私はその場から動きませんでした。姉がそこで動かないようにと、指示をしていたからではありません。

 私はそのとき、姉が早く小鳥にならないかと期待していました。

 姉は私を小鳥にするつもりだったみたいですが、私は事前にそのことを知っていました。
 こっそり姉の日記を読んで、『ことりの集会』のことを知っていたからです。
 姉が私を小鳥にしようとしている事も全て日記に書いてありました。
 だからワザと躓いて、鳥かごを林の奥へ放ったのです。
 姉が小鳥になってしまえばいいと、その時は本気でそう思いました。

 でも、少し後ろめたさも感じていました。
 本当に小鳥になってしまうなんてことはないと、心のどこかで信じていました。

 姉の向かった方をじっと見ていると、しばらくして、地面の方から鳥の鳴き声のようなものが聞こえてきました。
 恐る恐る見にいくと、そこには落とした鳥籠と、その中に小さなカナリアがいました。
 姉の姿はどこにもありませんでした。

 私は姉が本当に小鳥になってしまったのだと思いました。
 怖くて怖くてたまらなくなりました。早く帰って、父と母にこのことを伝えなければと思った、その時です。

「待ってたよ」

 頭上から、そんな声が聞こえました。
 子どものような、高い声でした。

 誰かいるのかと、声のした方を見上げると、そこには何十羽もの鳥が、私のことを見下ろしていました。
 小鳥なんかじゃありません。からすよりも大きい真っ黒の、気味が悪い鳥でした。
 私は足が竦んでいたのか、その場から動けませんでした。

 そうしていると、鳥達は一斉に歌い始めました。今でも鮮明に覚えています。
 
 みたな、みたな
 ことりの集会
 きいたな、きいたな
 ことりの集会
 いつか、必ず、とりにゆく

 きっと私も小鳥にされてしまう。
 そう思い、目を瞑りました。しかし、いつまで経っても何もありません。
 恐る恐る目を開くと、私は人間のままで、鳥達は消えていました。

 私はカナリアの入った鳥籠を抱えて、泣きながら、逃げるようにその場を去りました。

 家に帰ると父と母にひどく怒られました。帰宅したのはもう日も暮れていて、夜遅くだったのですから当たり前です。

 そして母に「加奈かなはどうしたの?」と、姉のことを尋ねられました。
 私は姉のことを伝えようとしました。

 しかしそのとき、父が言いました。
「加奈って、誰だ?」

 母が震える声で、父に言いました。

「何言っているの?娘の加奈よ」
「お前こそ何を言っているんだ。うちはずっと一人娘だろう」

 母の顔がみるみる真っ青になっていきました。
 私の肩を強く掴んで、酷く怯えた様子で姉のことを聞いてきました。
 私は、姉と神社裏の雑木林に『小鳥の集会』を見に行ったこと、姉の代わりにカナリアがいたこと、姉がどこにもいなくなっていることを話しました。

 それを聞くと、母は叫ぶように泣き始めました。
 父は状況が理解できていないようでした。父は姉の存在自体を忘れてしまっていたのです。

 母が泣きながら、叫びました。
「小鳥の集会は夢じゃなかった」

 なぜ母が小鳥の集会のことを?
 そう思っていると、家の外から歌が聞こえてきました。あの雑木林で聞いた歌声と同じ不気味な声でした。

 みたな、みたな
 ことりの集会
 きいたな、きいたな
 ことりの集会
 とった、とったぞ
 約束どおり、もらったぞ

 母が窓を開けましたが、そこには誰もいませんでした。
 私と母ははっきりとあの歌を聞きましたが、父には聞こえていませんでした。

 次の日に、母は姉の捜索願いを出そうとしていましたが、姉の存在は戸籍上からもなくなっていました。

 父は母が精神的におかしくなってしまったと思い、病院へ連れていくようになりました。

 私は学校で姉のクラスに行き、姉のことを聞きましたが、誰一人、姉を覚えている人はいませんでした。

 のちに私は、母にあの日のことを聞きました。

 母も子どもの頃、あの神社裏の雑木林で『小鳥の集会』を見てしまったと話しました。
 そして、私が雑木林で聞いたあの歌を、母も同じように聞いていたのです。
 
 あのカナリアはもういません。
 寿命で死んでしまいました。
 きっとあれは姉などではなく、ただのカナリアだったのでしょう。
 姉はおそらく、鳥達にられてしまったのです。
 もう姉は、二度と、こちら側には戻ってこられないのでしょう。

 ごめんなさい。お姉ちゃん。

 母は本当に精神を病んでしまいました。
 ずっと空に向かって、「返して、返して」と繰り返し呟いていました。
 そして先日、母はついに、自分で命を経ちました。
 病院の屋上から、飛び降りて。

 私も、ずっと、後悔しています。

 この歳になって、私にも、ようやく、わかりました。
 あの意味が。あの歌の意味が。

 ある金曜日、金曜日、あああ。あの金曜日に。
 上の娘が、文鳥を、鳥かごに。夜遅くに、帰ってきた。

 そして、妹の文香ふみかは、どうしたのかと。文香は?尋ねた。隣で旦那が。旦那が言った。
 文香、それは誰だって。
 そう言ってた。

 ふみか。ふみか。ふみか。あああああ。
 返して、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして、かえして。

 わたしのせい、わたしのせいで。

 ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね。

 私も今からそこに行くから、待っててね、ふみか。

 
 お母さんの遺品を整理をしていると、この日記帳を見つけた。

 その日のことを、私も鮮明に覚えている。妹の文香が、文鳥と交換に捕られてしまった日のことを。

 文香がいなくなった時、何てことをしたのだろうと心の底から後悔した。

 そして今、それ以上に後悔している。

「母ちゃん、ただいま……」
 上の息子が泣きそうな表情で、夜遅くに帰ってきた。
 鳥籠に、小さな九官鳥を入れて。

 ことりの集会なんて、探すんじゃなかった。妹がいなくなればいいなんて、あんなこと、思わなければ良かった。

 あの神社にいた、男の子の話さえ聞かなければ良かった。

 ──僕、ずっと一人だから、兄弟がいるのが羨ましいな。
 ──私は妹がいるけど、煩いし、嫌い。君にあげたいくらい。
 ──本当に?
 ──うん。妹なんていらない。
 ──分かった。。そういえばね、金曜日の夕方にはね……。

 どこからか、あのときと同じ歌声が聞こえる。
 
 みたな、みたな
 ことりの集会
 きいたな、きいたな
 ことりの集会
 とった、とったぞ
 約束どおり、もらったぞ
 お前のこどもをもらったぞ

 どこかで、あの男の子の笑い声が聞こえた気がした。

了。

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