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耳が聞こえます。助けてください。➁

連載「耳が聞こえます。助けてください。」➁ byりこ
(この小説は今現在、くつばこのメンバーに起きている事実をもとにしています。)

おっと、授業が始まったようだ。
(だめだ、これじゃ全然わからない…)
教授はひらひらとしゃべっている。私以外の受講者はみんな教授が何を話しているかを読みとれているようで、画面をじっと見ながら、うんうんとうなずいている。だめだ、やっぱり障害者の多い大学にした方がよかったか…。
そのとき、教授が、「あっ」、と何かを思い出したような顔をして、なにかひらひらとしゃべった。そして急に自分の顔が画面いっぱいになった。なんだなにこれ。どうやらアプリの機能で私に注目が集まるように教授が設定したようだ。何を話せばいいの…?私が困った顔をしていると、クラスの誰かがアプリのチャットにコメントした。
▷田村教授、チャットに書いたりしないと伝わりません。
教授はさっきも見せた「あっ」と驚いた顔をして、チャットに書き込んだ。
▷佐々木さんは、耳が聞こえます。障害がありますが、みなさん助けてあげてください。
▷佐々木さん、今回は初回なので出来ませんでしたが、次回からは字幕を用意しますので。 自己紹介など、言っておきたいことがあったら言ってください。
私は頑張って勉強した手話で、ゆっくりと話した。
「はじめまして。佐々木美香です。耳が聞こえます。手話はまだ上手くできません。これから迷惑をかけることも多いと思いますが、よろしくお願いします。」
他の生徒の反応を見た。何人かは私の手話のたどたどしさに少しびっくりしたような顔をしていた。何人かは少し微笑んでうなずいてくれていた。何人かは、表情を変えずただ見ていた。
その後授業は進んだ。ひらひらひらひら。画面の中で田村教授の手が動いている。表情を豊かに変えながら、ひらひらひらひら。白いひげに手が絡まないのかなとかそんなことを考えながら、ただ見ているしかなかった。理解できる部分は少しだけあったが、足りない。他の生徒が笑っている。私も合わせて笑った。90分の授業が、憂鬱だった。つまらない。

私は高校まで、ずっと特別支援学校に通っていた。小学校は公立の小学校に通ったこともあったが、授業が理解できず、また友達とうまくいかず、やめてしまった。特別支援学校での約12年の生活は、とても楽しかった。友達は全員耳が聞こえる子で授業やコミュニケーションは音声での発話で行われた。耳が聞こえる人がつかう「音声言語」は独自の文化、言語であり、尊重されるべきだというモットーのもと、学校では一切日本の公用語である「日本手話」は使わずに育った。部活に入って、委員会に入って、18人の同学年の友達とは家族のような関係でたくさんの思い出を共有した。とても楽しかった。
高3になって、進路を決める時、私は普通の大学に進むことを決めた。社会に出てバリバリのキャリアウーマンになりたかった当時の私は、非障害者と関わることが大事だと考えたのだ。友達は半分ほどは障害者の多い大学や、専門学校に進学した。残りの半分はきっと今私と同じように戦っている。
「普通の大学なんて、やめればよかったかなぁ」
自分の進学が、多くの人の労働や作業を増やすことはわかっている。しかしそれは社会にとって必要な変化のはずで、対応してくれない大学が悪いのだ。頭ではそうわかっていても、どうしても「助けてもらってありがたい」という考え方になってしまい、配慮されることの正統性を訴えることができない。

授業が終わって、黒いパソコンの画面を眺めながらそんな考え事をしていると、スマホに教授からメールが届いた。


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