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苦界寺門前町地下迷宮(3/6)

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3/6

 一行は探索を再開した。

 昴が捉人に笑いかけて言った。

「捉人さん、ケガがなくてよかった」

 捉人は振り返り、いぶかしげに昴を見た。

「俺を守るのがお前らの仕事だろう。もっとちゃんと見てろ」

 昴はむっとした顔をした。


* * *


 ダンジョンは複雑に分岐しており、血族三人はどこをどう進んでいるのか見当もつかなかったが、捉人の足取りは確信に満ちたものだった。

 捉人はときどきメモ帳を取り出し、道筋を確かめている。日与と昴のボスであり、今はミノタウロスに囚われているはずの佐池《さいけ》永久《とわ》が言うには、彼は何度もこの苦界寺門前町ダンジョンに潜り札束や金塊を手にして生還している伝説的なエクスプローラーだそうだ。

 一行は団地の内廊下のような場所を進んでいた。両側にスチールのドアが並んでいる。

 捉人は日与に振り返った。

「発信機の反応はどうだ」

 日与は探知機を見て首を振った。

「まだない」

 ふと、昴が顔を上げた。

「何か聞こえない?」

 同じくドゥードゥラーが耳を澄ませ、呟く。

「オルゴールの音ですね。この部屋の中からだ」

 捉人がその部屋の玄関ドアに耳を押し当てた。

「下がってろ。ドアの前に立つなよ」

 捉人は荷物からハンドドリルを取り出すと、ドアに小さな穴を開けた。穴に胃カメラ状の検査カメラを差し込む。

 昴は捉人が手にしている検査カメラのモニタを横から見た。映像では玄関の奥に洋風のリビングがあり、分厚い絨毯の上に丸い木のテーブルがあった。そこに置かれたオルゴールの小箱がエンドレスで音楽を奏でている。

 昴は目をしばたたかせた。

「何だろう……?」

「見てみるか」

 捉人は慎重にドアの継ぎ目やレバーを調べたあと、ピッキングツールで開錠した。驚くほど素早い。熟練の手際であった。

 彼は振り返って言った。

「全員部屋に入るのはダメだ。罠があったとき袋のネズミになる。お前はドアを押さえてろ」

 指名された日与は、不承不承ながらドアストッパーの役を引き受けた。

 他の三人が中に入った。オルゴールは美しい細工物で、悲しげな音色を奏でている。昴が思わず手を伸ばしかけると、捉人がそれをさえぎった。

 むっとする昴に捉人は首を振り、彼女を下がらせると、ポケットからメダルを取り出した。ゲームセンターのゲームメダルだ。それをオルゴールに投げつける。
 カチン!

 ジャキン!
 オルゴールが倒れたその瞬間、丸型テーブルの側面から太い針が八方向に飛び出した。オルゴールが押さえていた罠の留め金が外れたのだ。

「ヒエッ!」

 昴は驚きの声を漏らし、思わずその場から飛び退いた。針は一度刺さると簡単に抜けないよう、先端に返しがついている。

 ドゥードゥラーが感心した様子で呟く。

「なるほど。オルゴールを取ろうとすると串刺しか」

「ダイダロスはどこにでも罠を作る。その理由は奴らにしかわからんがな」

 捉人は言いながら部屋のキャビネットを慎重に調べた。罠がないことを確かめてから、中の酒瓶を取り出して舌なめずりをした。封を切っていない焼酎だ。

 酒はエクスプローラーにとって見逃せない財宝のひとつだ。天外の郊外はかつて地下水が豊富で名酒の産地だった。だが汚染霧雨の時代に入ると地下水は汚染され、多くの農家とともに酒蔵もまた廃業を余儀なくされた。

 やがて屋内栽培が確立されるといくらかは酒蔵も戻ったが、それでも好事家にとって汚染霧雨の時代以前の天外酒は大変なレアアイテムなのだ。同じ重さの金塊よりも価値があると言われるほどである。

 キャビネットにあった銀の煙草ケースや万年筆なども懐に入れ、捉人は部屋を出た。それを追う昴の顔はいかにも不満げであった。

 昴は他の二人に愚痴をこぼした。

「ねえ、この部屋を見つけたのは私たちですよね? なのにあの人、見つけたものを全部自分のポケットに入れちゃった」

 ドゥードゥラーが苦笑した。

「お酒が飲める年じゃないでしょう、あなた」

「そうじゃなくて、当たり前のように自分のものにしちゃうのがヤな感じなんです! 助けてあげたときだってさ」

「僕は構いませんよ。お金よりもスリルのために来たんだしね」

 日与も彼に同意した。

「あのジジイはちゃんと自分の仕事をしてる。俺たちは俺たちの仕事をする。それでいいだろ」

 男二人は気にしていない様子だが、昴はしばらく捉人の背を睨んでいた


* * *


 地下横断歩道めいた通路が続く。

 あれから一行は地雷やギロチンなど様々な罠に遭遇したが、いずれも捉人が事前に察知してかわしている。一度は吊り天井のある部屋に遭遇したが、日与がドアを閉まらないように押さえていたおかげで無事全員が脱出できた。

 捉人は実際大した腕前だが、昴は彼のことが好きになれそうになかった。彼女はこっそりドゥードゥラーに話しかけた。

「あの人とどういう知り合いなんですか?」

「漫画の題材にしたくてエクスプローラーのことを調べていたとき、出会ったんです。あの人のことをたまたま知って、取材を申し込んだんですよ。酒を奢ったら色んなことを話してくれましたよ」

 日与が小声で聞いた。

「あのジジイ、もともと何をやってたんだ?」

 ドゥードゥラーは眼鏡を押し上げ、先を行く捉人の背を見つめた。

「ずっと空き巣をしていたとか。刑務所を出たり入ったりしているうちにいつの間にか大御所になっていて、エクスプローラーも兼業で始めた。結婚して娘さんが生まれてからは足を洗って、警備会社のアドバイザーをやってたって言ってたかな。だけど何年か前に娘さんに何かあったらしくて」

「何があったんだ?」

「わかりません。そのことは話してくれなかった。エクスプローラーに戻ったのは、遺された孫娘の学費を稼ぐためだとか」

「あんたは口が固いと思ってたがね、先生」

 捉人がぼそりと言うと、ドゥードゥラーがおどけたように言った。

「おっと。あなたの耳は血族並みだな」

「下らんこと喋ってないで足元に集中しろ」

 アスファルトの地面には盲人用の点字ブロックが続いている。一行はそれを踏まないように歩いている。捉人が言うには罠のスイッチになっていることがあるそうだ。

 日与はふと探知機がバイブレーションするのを感じ、懐から取り出した。

「あ、信号が来た!」

「どっちだ」

 捉人が振り返ると、日与は探知機を見ながら真っ直ぐに進行方向を指差した。

「このまま真っ直ぐだ。あんたが正しかった」

「当然だ」

 そのとき昴が「ねえ、あれ!」と声を上げた。通路の奥から誰かがやってくる。昴は薄闇に目を凝らした。

「三人いる。銃を持ってる」

 血族三人は捉人を下がらせ、人影を待った。

 向こうもまた警戒しながらこちらに向かってきた。こちらと同じような装備の男たちが二人、小柄な男を盾にするようにして前に立たせている。

 小柄な男を捕まえている男は拳銃、もう一人はショットガンを持っている。銃を持った男たちは日与たちを見回し、順番に銃口を向けて不躾に言った。

「同業者か?」

 日与が睨み返した。

「お前らはジュースでも買いに来たか?」

「あ?! 口の利き方に気をつけろ、ガキ!」

 ショットガンの男が銃を向けて怒鳴った。

 日与は三人を観察した。全員人間《血無し》だ。銃を持った二人の首筋や腕には刺青が覗いている。スラムで育った日与には見慣れたストリートギャングが好む図柄だ。

「あの首輪」

 昴が小さく声を上げた。小柄な男は日与たちと同じくらいの年齢の少年だ。彼だけ軽装で、あの死体と同じ首輪をつけていた。首輪からはロープが伸び、拳銃の男の右腕に巻き付いている。

 虚勢を張る男たちと違い、少年はただひたすらに怯えていた。見開いた目をぎょろぎょろさせ、歯を食い縛っている。

 昴は怒りが湧き上がるのを感じ、一歩前に出た。

「その人は何をしたの?」

 ショットガンの男がさっと昴に銃口を向ける。

「お前らには関係ねえ」

「あれはカナリアだ」

 捉人が昴に言った。

「能無しのエクスプローラーが使う手だ。坑道のカナリア。奴隷を何人か連れてきて、先に立たせてダンジョンを行かせる。生きた罠発見機だ」

「詳しいじゃねえか、ジジイ」

 拳銃の男が鼻を鳴らした。

「だが能無しってのは違うね。これが一番コスパのいい手さ」

 ショットガンの男が頷く。

「ああ。プロを雇うより安く済む」

「助けて!」

 少年が叫んだ。

「騙されたんだ! 俺は騙されて……」

「黙ってろ!」

 拳銃の男がぐいとロープを引き、首輪を使って少年の首輪を締め上げた。

「帰り道のために弾を取っときてえ。カラスどもにだいぶ使っちまったからな」

 銃を持った男二人は改めて日与たちに言った。

「俺たちとお前たちは今からすれ違って、お互いの道を行く。何のトラブルもなしにな」

「下手なマネすんなよ。お前らを撃ち殺すだけの弾はまだじゅうぶんにあるぜ」

 捉人は日与たちに顎をしゃくった。

「行かせろ。関わるな」

 ドゥードゥラーは黙って場所を空け、壁際に寄った。日与も不服そうながらそうした。

 だが昴はその場から動こうとせず、道を塞いだままだ。

 ショットガンの男がいぶかしげに銃を昴の鼻先に突きつけた。

「どけ!」

「その人を離して。じゃなきゃここから動かない」

 昴は少しも動じず、はっきりと言った。


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