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苦界寺門前町地下迷宮(2/6)

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2/6

 パイプラインの分岐を何度か過ぎ、さらに地下へ降りて行くと、四人の前に苦界寺門前町の地下ダンジョンがその姿を現した。

 日与たちはその光景に目を奪われた。広々とした巨大な地下空間の床、壁、天井に至るまで民家やビル、倉庫などがびっしり建てられているのだ。

 まるで市《まち》の一区画から六面を切り取り、箱型にして閉じ込めたかのようであった。

 中空には上下左右に伸びる複雑な構造の歩道橋があり、それが空間の各地を繋いでいる。街灯がいびつな町並みを照らしていた。

「すごい……!」

 昴は高台のテラスに駆け寄り、手すりから身を乗り出して目を見開いた。

「大空洞だ。ここから各地のエリアに繋がってる」

 そう言った捉人の案内で一行は歩道橋を進み、階段から町へと降りた。薄暗く、ひっそりと静まり帰っている。

 家屋類はどれもくっついていたり半分しかなかったり、あるいは逆さまだったりと、どこかしら矛盾した構造となっていた。

 日与は道端の交通標識を見上げた。一つのパイプから更に多くのパイプが伸び、樹木めいて大量の標識が取り付けられている。超現実芸術のオブジェのようだ。

 四人は異形の町を歩いて進んだ。

 バシュン、バシュンという釘打ち機の音がする。民家を作っている建設作業員たちがいた。作業服に安全メットというありきたりな格好だが、露出した肌は灰色で、ごつごつとした岩めいたものに変質している。

 血族三人は身構えたが、捉人は手を振って警戒を解かせた。

「あいつらに害はない。こっちから手を出さない限りはな」

 昴は彼らに挨拶してみた。

「こんにちは。聖骨家のリップショットです」

 作業員は無機質にそれに応じ、機械音声のような返事をした。

「石神《しゃくじん》家のダイダロスです。お疲れ様です」

「石神家のダイダロスです。納期厳守」

「石神家のダイダロスです。安全第一」

「な……何?」

 面食らう昴に捉人が言った。

「そいつらの頭の中は誰にも理解できん。ダンジョンを作ることしか考えてないんだ」

「じゃ、ダンジョンはあの血族《ひと》たちが作ったんですか。ミノタウロスの部下なんですか?」

「いや、ミノタウロスはこのダンジョンに勝手に住み着いてるだけだろう。ある種のクモがアリの巣に勝手に住み着くようにな」

 日与は工事現場の発電機や重機などに目をやった。

「あれは地上からパクってきたみたいだな」

「そうだ。ときどき天外で地盤沈下が起きるだろう。あいつらが建物や重機なんかを地中に引きずり込んでるんだ。その中には宝石店だとか銀行とか、金持ちの家もある。そこから金目のものを持ち帰るのがエクスプローラーの仕事だ」

 四人は大空洞の端まで来ると、壁にぽっかりと開いたトンネルの出入り口に差しかかった。

 捉人が振り返って言った。

「ここからは危険地帯だ。改めて言っとくぞ。生きて帰りたいなら全員俺に従え。俺がやれと言ったことだけやれ。言ってないことは何もやるな。いいな?」

 三人は頷いた。

「よし、一列になれ。俺が先頭だ。俺が踏んだ場所だけを歩け。ミノタウロスの住処があるとすれば、このずっと奥だ」

 トンネル道路めいた通路を一行は一列になって進んだ。

 いくらか行ったころ、不意に捉人が足を止めた。後に続く日与たちもそれにならうと、ヘッドライトの光と共に、トンネルの奥から奇妙なワゴン車が現れた。

 街宣車に似ていて、大小のテレビモニタが全方向に向けて取り付けられている。ミュージックビデオやニュース映像、野球中継などが映っていた。運転席には誰もいない。自動運転のようだ。

 車は映像と音声を流しながらのろのろと進み、そのまま四人の隣を通り過ぎて行った。

「あれは?」

 車を見送りながら昴が言うと、捉人は面倒臭そうに答えた。

「ダイダロスが作ったんだろう。いちいち聞くな……」

 だが途中まで言いかけて、彼はその車が残していったタイヤの跡に気付いた。ライトの光を向けると、それは赤黒く光る血であった。まだ真新しい。

 四人は顔を見合わせた。

 捉人が拳銃を抜いて呟いた。

「歓迎がありそうだ。準備しておけ」

 トンネルを抜けた先にもまた町並みがあったが、大空洞に比べるとずっと小さく、郊外の小さな駅前といった様相だった。

 昴が緊張した様子で鼻をひくつかせた。

「ねえ、この臭い……」

 日与、ドゥードゥラーが同意する。血族たちは人間よりもはるかに鋭い五感を持つ。

 察した捉人が一歩引いた。

「切った張ったはお前らに任すぞ」

 血族三人が捉人を守る形を取り、慎重に先へ進んだ。捉人が行動不能になるか死にでもしたら進退窮まることになる。捉人が今回の作戦のキーマンなのだ。

 地面の血痕はビルの影にある駐車場へと伸びている。一行がそちらに回り込むと、街灯の下で黒い影たちが押し合いへし合いしていた。地面にある何かをついばみながらギャアギャア、ゲエゲエと耳障りな鳴き声を挙げている。

 捉人が嫌悪感に満ちた顔で言った。

「コテングどもだ」

 それは人型のカラスだった。身長一二〇センチほどで黒い羽毛に包まれており、猿に似た両腕がある。背には退化した小さな翼。道路標識や鍋などを加工した鎧を身に着けている。

 こちらの気配を察し、コテングたちが振り返った。彼らが取り囲んでいるのは血まみれの人間の死体で、それをくちばしで貪り食っていたのだ。

 汚染霧雨は動植物におぞましい変異をもたらす。異態進化《いたいしんか》と呼ばれるミュータント化である。コテングは異態進化したカラスの成れの果てであった。

 コテングたちはガアガアと警告の声を発した。

 捉人が後ろに下がりながら警告した。

「気をつけろ! 銃や火炎放射器を持ってるやつがいるぞ!」

「ガアアーッ!」

 コテングたちは腰に下げた鉄パイプを手にした。切り出した水道管で作った原始的な単発銃である。異態進化によってもたらされた恐るべき知能の産物だ。
 パァン! パァン! パァン!

 三人の血族は素早く散って弾丸をかわし、迎撃に転じた。

 棒に包丁をくくりつけた槍や、ぼろぼろに錆びた消化斧などを掲げた近接戦闘コテングが詰めかける!

 日与は雄鶏《おんどり》の頭に黒い背広、赤いネクタイのブロイラーマンの姿となった!

「オラァア!」

 グシャア!
 鉄拳が消化斧を手に飛びかかってきたコテングの頭を叩き潰す!

 昴は黒のゴス風スーツにフード、ドクロ柄のマスクで口元を覆った死神めいた姿となった。ドクロの右頬には真っ赤なキスマーク。右腕は白骨と化している。

 リップショットはサブマシンガンを抜き、片手で横薙ぎに撃つ!
 パラララララ!

 銃弾を掻い潜ってくる者があれば、リップショットは白骨の右腕を骨の刃に変形させ、その首をはねた。

「ゲエエーッ!」

 一際大きな鳴き声を上げて飛び出したのは、農業用の農薬噴霧器を背負ったコテングである。それは火炎放射器に改造されていた。

 ゴーッ!
 仲間を巻き込むのも構わず火炎放射!

 ドゥードゥラーは素早く飛び退き、炎をかわした。コテングたちの合間を走り抜けながら、手にした毛筆を眼にも停まらぬ速度で振るう。

 群れの中を駆け抜けたあと、コテングたちの体には力強い書体で「混乱」と書かれていた。とたんにコテングたちの目が定まらなくなったかと思うと、喚き声を上げながら仲間に襲いかかった。壁に突進したり、床を転げ回ったりしている者もいる。

「何をしたの?」

 リップショットに、ドゥードゥラーは毛筆を一振りして墨汁を払いながら言った。

「字神家の言霊です」

 字神家は文字に超自然のパワーを込めることができるのだ。

 これは大きな効果があった。混乱をきたしたコテングたちは見境なく同士討ちを始めて数を減らし、正気を保っていた者も不利と見たか後退を始めた。威嚇するような鳴き声を上げながら、路地の暗闇へと消えて行く。

 一行に安堵の雰囲気が漂い始めたとき、逃げたと思った混乱コテングが駆け戻ってきて、口から泡を噴きながらビルの角に突進した。捉人が隠れている方向だ。

 捉人はそのコテングに拳銃で銃撃を加えた。
 タン! タン! タン!
 胴体と足に当たったが、混乱コテングは痛みも恐怖も感じていない。

「ガアーッ!」

 混乱コテングが槍を振り被り、その先端を捉人に突き立てようとした瞬間、疾風と化したリップショットがその背中にチョップ突きを入れた。
 ドッ!

「……ゴボッ」

 混乱コテングはびくんと身震いし、血を吐いて手足をばたつかせた。リップショットが白骨の右腕を引くと地面に崩れ落ち、痙攣を始めた。

 駐車場にもはや他に動くものはない。人間の姿に戻った日与がドゥードゥラーに言った。

「やるな、あんた」

 ドゥードゥラーは微笑んで小さく頷いた。

「いや、僕は搦め手が専門ですから。みんなの力あってこそです」

 コテングたちが貪っていた死体が残っている。昴は哀れみを込めてそれを見下ろした。

「ひどい……誰だろう」

 捉人が死体の前に跪き、いぶかしげに漏らした。

「エクスプローラーにしては軽装すぎる。ライトも持ってない」

「カラスどもに奪われたんだろ?」

「いや……」

 死体は奇妙なことに犬のように首輪を着けられており、しかも自分で取れないように錠前がかかっている。

 この死体は男のようだから、逃げ出した虜囚でもない。ミノタウロスは美女にしか興味を示さないはずだ。

 捉人は何かを察したらしいが、それを口にすることはなかった。


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