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【短編】人斬りはすれ違う(3/4)

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3/4

 桔梗を建物に入れて戸を閉じると、斬逸はそれを背に立ちはだかった。

 ぞろぞろと現れた犬たちが斬逸を取り囲んだ。斬逸はうんざりして叫んだ。

「俺は女は何時間でも待つが男は一秒も待たねえんだよ! いい加減出て来い!」

 木陰からぬっと男が現れた。キツネ狩りに向かう英国紳士めいた姿で、大きな猟銃を担いでいる。

 男は言った。

「刀を持っていない。足手まといがいる。邪魔が入らない場所。お前を見張りながらこういう機会が来るのを待っていた。狗繰《くくり》家のドッグトゥースという者だ」

「刀鬼家抜刀流斬逸。ドッグトゥースさんよ、お前の用は復讐だろ?」

「なぜそう思う?」

「前に仕事でおたくの家系のチンピラを斬ったからさ。あの犬野郎、夜な夜な若い女を襲っちゃ食い殺してた」

 ドッグトゥースは怒りを込めて歯を剥き出した。ブチブチと音を立てて口が頬まで裂け、鋭利な犬歯《ドッグトゥース》が露出する。

「殺された兄弟の名誉のためにお前を殺す。その後でお前の肉を犬に食わせてやる。後ろの女もな」

 斬逸はドッグトゥースに向かって歩き始めた。至って普通にだ。短刀は手にぶら下げただけで構えておらず、すり足でもない。

 ドッグトゥースは警戒しつつも自分の手を前に差し出した。掌から黒い泥のようなものがドボドボと染み出して地面に落ち、たちまち犬の形に変わった。狗繰家の能力、狗繰術である!

 ドッグトゥースが犬じみた遠吠えを上げると、新たに生まれた犬、そして既存の犬たちが一斉に斬逸に飛びかかった。

 すかさずドッグトゥースは猟銃を構える! 犬たちに斬逸の動きを止めさせ、その隙を突いて射殺しようと言うのだ。

 ドッグトゥースは引き金に指をかけた。その時にはもう、斬逸はドッグトゥースのすぐ隣をすれ違っていた。

 ドッグトゥースは驚愕に我を忘れた。いつの間に?! 斬られた犬たちがばらばらと地面に落ち、掻き消えて行く。

 あの一瞬ですべての犬を……

 斬逸は肩越しに相手にうんざりした様子でつぶやいた。

「まったく、いくら斬ってもテメエみたいなのが来る」

「うおおお!」

 ドッグトゥースが雄叫びを上げて銃口を斬逸に向ける!

 斬逸は振り返りざまドッグトゥースの首を掻っ切った。

 ドッと鮮血が噴き出した。ドッグトゥースは猟銃を落とし、両手で自分の喉を押さえた。唐突に訪れた自分の死を受け入れられない表情のまま、仰向けに倒れた。

 斬逸が道場の戸を開けると、桔梗が血相を変えた。

「櫂、血が!」

「返り血です。暗くなる前に出ましょう」

 桔梗の手を引き、道場を出た。

 桔梗はドッグトゥースの死体に目をやりかけてすぐ反らした。

 車に乗って街道に出たとき、桔梗の沈黙に斬逸は弁解するように言った。

「血族っていうのはどうしても恨みつらみを買うもんなんです。巻き込んで申し訳ない」

「いいんです。そうとわかってて血族になったわけじゃないんでしょう」

 重い沈黙を置いてから、斬逸は続けた。

「俺が血族になる前、鎬と話したことがあった。〝何で人間をやめてまで血族になりたい?〟って。どっちが言い出したんだっけな……鎬はもちろん〝もっと強くなれるから〟って言ってた」

「あなたは?」

「さあ……なんて答えたんだったかな」

「……」

「三人でいたころが一番楽しかった」

 桔梗は何も答えなかった。

 桔梗の家は天外郊外の静かな住宅街にある。斬逸は彼女の一軒家前で車を停め、玄関口まで送った。

 斬逸は笑顔を見せた。

「久々にお嬢さんの顔が見れて良かった。まあ、呼んでねえヤツまで来たのはアレでしたが」

「櫂、シャワーを浴びていって」

「いえ、帰らないと……」

 桔梗は斬逸の手を握り、彼の眼を見つめた。その手は小さく震えていた。

「寄って行って。お願い」

 斬逸は動揺し、返事に窮した。ガールフレンド相手ならいくらでも世辞やたわ言を並べ立てられる斬逸が、この女性に見つめられただけで何も言えなくなってしまう。

 彼は桔梗の手を両手で握りしめた。それからそっと振り解いた。

「車にいます。ひと晩だけ」

 斬逸は車に戻った。

 桔梗はしばらく玄関の軒下で彼を見つめていた。睫毛を震わせている。

 彼女が家の中へ入って行くのを見届けたあと、斬逸はハンドルに突っ伏した。

(そんなことできるわけねえ。俺が鎬を殺したも同然だ。俺がお嬢さんの幸せを奪った……)

 短刀を抜き、丹念に血の汚れを拭う。斬逸は刃に映った自分を見た。

 あれからずいぶん強くなった。だが強くなって、その結果どうなった?

 斬逸はもう何年も同じことを考え続けている。

「逆だったなら。鎬のほうが血族になっていれば……」


――……


 斬逸がブロイラーマンとすれ違うまであと二十五歩、二十四歩、二十三歩……

(((お前! 知ってるんだぞ、お前が桔梗を!)))

 唐突に脳裏に鎬の言葉がよぎった。鎬が自刃する数日前、正気と狂気のボーダーラインからとうとう狂気のほうに振り切ったころだ。

(((櫂! 桔梗まで俺から奪うのか?! 俺の、最後の……お前は俺から何もかも……)))

 斬逸は首を振ってその妄執を振り払った。

(何でこんなときに。集中しろ! 今はヤツを斬ることだけ考えるんだ!)

 近付くに連れて彼はブロイラーマンの変化を感じ取った。殺意が空気に溶け出している。

 斬逸は向こうが自分に気付いたと確信したが、自信は揺るがない。相手が殴ってくるにしろ蹴ってくるにしろ、絶対に自分が抜く方が速い。

 斬逸とブロイラーマンは今、互いの間合いとタイミングを計っている。両者は物言わぬまま、視線も合わせぬままお互いに向かって歩き続ける。

 すれ違うまであと十歩、九歩、八歩……


――……


 斬逸は眼を覚まし、そこが自室のベッドでないことに気付いた。

 自分の車の中だ。足腰が強張っている。体を動かして伸びをすると、服から乾いた血がぱりぱりと音を立てて剥がれ落ちた。

 時計を見るとまだ夜明け前だった。スマートフォンを確認すると、いつものようにガールフレンドからのメッセージが山のように着信している。

〝会いたいよ〟〝弟がヤクザの車にぶつけちゃって……〟〝両親が病気でお金が……〟〝新しい車のことだけど……〟〝お金ないよー助けて〟

 まとめて削除しているうちに、一時間前に来た桔梗のメッセージを見つけた。

桔梗:郵便ポストにお団子とお茶が入ってます

斬逸:ありがとう。ごちそうさま

 心から感謝し、保温容器に入ったそれを取ってきて車内で食べた。少し眠ったこともあり、多少気分が前向きになっていた。

(暗殺稼業なんか長くやるもんでもねえし、やっぱり抜刀流を立て直すべきだろうな。俺の人生でやることっつったらそれしかねえし。でも門弟を血族にすんのはナシ。人間のための、人間の剣術を教えるんだ。俺とか、鎬みたいなガキにさ)

 元々の道場を建て直そうにも仏裂村は開発業者が買い占めているし、他所で開こうにも斬逸には金がない。稼いだ金はパーティ三昧ですぐ使ってしまうからだ。

 ふと、昨日見かけた開発業者の看板を思い出した。あの会社はツバサ重工の系列だったはずだ。九楼と交渉して報酬を仏裂村にしてもらうというのは……?

 彼は空の保温容器をポストに返すと、エンジンをかけ、車を静かに出してその場を離れた。

(ちゃんと顔向けできるようになったら、お嬢さんにちゃんと話すんだ。何か……話さなきゃなんねえことを。眼を見て話さなきゃいけないことを。俺の背負った罪とか言うのについて)


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