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【短編】人斬りはすれ違う(4/4)

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4/4

――……


 すれ違うまであと七歩、六歩、五歩……


――……


 仏裂村の一件から数日後。

 斬逸は和室で刀掛けを前にして正座し、眼を閉じている。禁欲と瞑想で集中力は極限まで高まり、血を授かったばかりのころの万能感が戻っていた。今なら斬れないものはない。

(九楼に条件は飲ませた。あとはブロイラーマンを斬って暗殺稼業は終わりにする)

 ちらりとスマートフォンに眼をやる。十二月二十四日、クリスマス・イブ。

 この日は桔梗と夕食を共にするのが毎年の恒例なのだが、斬逸は躊躇っていた。今はこの殺気を萎えさせたくない。

斬逸:ごめんなさい。今年は仕事で行けません

 意を決してそのメッセージを送ろうとしたとき、別の人物からのメッセージが割り込んだ。

 それこそ斬逸が待ち望んでいたものだった。なじみの情報屋からで、ブロイラーマンが血盟会のあるメンバーを殺したという。後を尾行し、変身前のブロイラーマンの姿を突き止めた。現在も引き続き場所を把握している。

 斬逸は刀を手に取り、背広に着替えて防水マントを着込むと、ベランダに出た。

 柵を踏み切って虚空へと身を躍らせる。隣のビルからビルへと影のように飛び移り、地上へと音も無く舞い降りる。

 スマートフォンで情報屋が送ってきた目標の位置情報を改める。だがそちらへは行かず、彼はビル街の合間にある『菊町』という料亭の前へ向かった。

 窓越しに桔梗がカウンターにいるのを認めると、斬逸は彼女に電話を入れた。

「お嬢さん」

「櫂? こっちはもうついてる。今どこ?」

「申し訳ないですが急な仕事が入っちゃって。ちょっと遅れます。それから……」

「何?」

「いえ……このことはあなたの眼を見て言いたい」

 通話を切った。


――……


 あと四歩、三歩、二歩……

 一歩。

(!?)

 その瞬間、少年が取った行動は斬逸にとって完全に予想外であった。

 少年が突然飛び付いてきたのだ! 恋人同士のように密着した時点ですでに少年は雄鶏頭に背広姿の怪人、ブロイラーマンとなっている。

(しまった!)

 完全に不意を打たれた。密着状態では相手につかえて刀を抜けない。

 一方、ブロイラーマンは左腕でしっかり斬逸を抱き寄せたまま、右拳を彼の背面に叩き込んだ。

 ドッ! ドッ! ドッ!
 連打!

「オラアアアア!!」

 ドドドドドド!!
 無論この体勢では足腰を使うことが出来ず手打ちになる。ダメージは微々たるものだ。苦し紛れの悪あがきか? 否!

 ブロイラーマンは執拗に斬逸の背面側脇腹に拳を入れ続ける!

「オラア! オラア!」

 ドドドドドドドドドドド!
 徐々に斬逸の体の芯までダメージが浸透して行く。

 そう、例え手打ちの弱打でも一点に連続して叩き込むことでダメージが蓄積するのだ! これはボクサーが膠着状態で使うテクニックである!

 斬逸は振りほどこうと必死に身をよじるが、ブロイラーマンはプレス機のような力で相手を捕まえて離さない。

(抜けん!)

「ウワアアアアア!?」

「怪物!?」

 周辺の通行人が悲鳴を上げて逃げ惑う。

「うおおおお!」

 斬逸は鞘から小柄《こづか》(*刀の鞘に収納されている小刀)を抜いた。それでブロイラーマンの眼を突く! だがブロイラーマンは顔を傾けてそれをかわし、逆に斬逸の手首を掴んだ。

 ゴキッ!
 万力じみた力で手首が逆に曲げられる。

「……ハハッ」

 斬逸は折れた自分の手を見、乾いた笑いを漏らした。

(俺なんかこの程度なんだぜ、鎬……)

「血羽家のブロイラーマン」

「刀鬼家の斬逸……」

 名乗り合いを終えるとブロイラーマンは一歩下がり、渾身のボディブローを斬逸の胴体に入れた!

 ドゴォォ!
 拳が斬逸の胴体に突き刺さり、血が噴き出す!

「……ガハッ」

 斬逸は目を剥いた。

 ブロイラーマンが血まみれの拳を引き抜くと、斬逸は雨に濡れたアスファルトに崩れ落ちた。

 点滅していた歩行者信号が赤に変わった。

(なあ、鎬。俺はちっとも強くなんかなってねえんだ……)


* * *


 料亭のカウンター席に着いた桔梗は、スマートフォンに視線を落とした。もうこれで何度目になるか。着信はない。

 隣の席に眼をやった。菊町は毎年斬逸と行く店で、女店主はこの日は必ずカウンターに二席用意して待っている。

 がらりと戸が開いた。桔梗が反射的にそちらに眼をやると、見知らぬ老夫婦が入ってきた。女店主が奥の座敷席に案内する。

 案内から戻ってきたとき、女店主は桔梗に囁いた。

「もうすぐいらっしゃいますよ。お茶を淹れ直しましょう」

 桔梗は微笑みを返し、交換された茶碗の茶に視線を落とす。

 再び戸が開き、重役クラスらしいサラリーマンが数人入ってきた。桔梗はため息をついた。待ち遠しげに戸口を見、それからふと窓越しに店先の通りを見た。

 椅子を蹴り倒して立ち上がり、店を飛び出す。

 血まみれの斬逸がそこに立っていた。桔梗は叫んだ。

「櫂!」


* * *


 五分前。

「待て……」

 うめく斬逸に、少年の姿に戻ったブロイラーマンが振り返る。

 歩行者信号はすでに赤で、クラクションを鳴らした車の群れが轟音を上げながら二人の隣を走り抜けて行く。

 斬逸は咳き込みながらかろうじて立ち上がり、血を吐きながら言った。

「なぜ心臓を外した」

「お前は人を殺したことがない」

「何でわかる?」

「俺もそうだからだ。お前は誰も殺していない」

 斬逸はいぶかしんだ。

「それで……それが何で俺を殺さない理由になる」

「テメエの知ったことじゃねえ。それが俺のルールだ」

 大型車が少年の姿を遮った。車が通り過ぎたとき、少年の姿はもうどこにもなかった。


――……


(((なあ鎬、お前は何で人間をやめてまで血族になりたい?)))

(((もっと強くなれるからに決まってんだろ! 櫂はどうなんだよ?)))

(((俺は……)))


――……


 あと三歩、二歩、一歩……

 倒れかけた斬逸を桔梗が抱きとめた。

 二人とも涙を流している。

 斬逸は桔梗の眼を見て言った。かつて鎬に言ったのと同じ言葉を。

「みんなずっと一緒にいたい!」

 桔梗は泣き叫んだ。

「ずっと一緒よ。私たちは三人ともずっと一緒!」

 霧雨が雪に変わっていた。


(人斬りはすれ違う 終)


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