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19.リベンジ!(4/4)

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 佐次郎の脳裏に、日与と最後に交わした言葉がよぎった。

(((行くなら稲日を連れて行け。あいつもお前と一緒なら文句はないだろ)))

(((あんたはどうするんだ?)))

(((俺のこたあいい。行きな。稲日を頼んだぞ)))

 日与が電話を探しに行くと言って家を出たあと、稲日は彼が二度と戻って来ないのではないかと泣いていた姿が目に浮かんだ。きっと自分が刑務所に入ると決まった日にも、同じように泣いていたのだろう。

(一番のバカは俺だよなあ……)

「簡単に殺しはせんぞ! 生きたままアンデッドワーカーの餌にしてやる……」

 薄れ行く意識の中で、スティングレイの声がひどく遠くに聞こえる。

(あー……家に帰りてえなあ……)

 スティングレイは佐次郎の頭を踏みにじって言った。

「許しを乞え、佐次郎。俺の気が変わるかも知れんぞ」

「あー……もう退勤時間なんで。明日じゃダメですか」

 スティングレイは憤怒の形相となり、つま先で佐次郎の頭を蹴飛ばした。

「娘と一緒にアンデッドワーカーの餌にしてやる……いや、まずお前をアンデッドワーカーにして娘を食わせるか! ハハハ、これは楽しみだ! 酒の進む光景になるぞ!」

「すみませーん」

 コン、コン。
 唐突にノックの音がした。小柄な少年が開かれたドアを拳で叩いている。ツナギ姿で野球帽を被り、その上からフードを被っていた。明らかに場違いである。

「ここでカネ借りられるって聞いたんだけど」

「誰だ貴様は?! 失せろ! ガキに貸すカネなどない!」

 少年は野球帽の鍔の下からスティングレイをうかがい、地獄のような声色で言った。

「じゃあテメエの命を貸せ、金融屋。返す予定はねえけどな!」

 メキメキメキメキ……!
 筋骨が組み換えられる音を立てて少年の上背が伸び、肩幅が広がって行く。たちまち真っ赤な鶏冠《トサカ》を持つ雄鶏の頭、黒い背広に赤いネクタイの姿へと変貌した。

「血羽家のブロイラーマン!」

「魔針家のスティングレイ! 貴様……?! まあいい。わざわざそっちから殺されに来たか!」

 スティングレイの意識が反れたのを見計らい、佐次郎は死力を振り絞って立ち上がると、勝間を取り押さえている男たちに殴りかかった!

 テンカウントにはまだ早い!


* * *


 スティングレイは十本の指先をブロイラーマンに向けた。

 ドドドドド!
 指から生えた赤褐色の針がマシンガンのように発射される!

 小さな針それ自体を武器にしているとは考えにくい。ブロイラーマンは即座に毒の可能性を察知し、拳で叩き落す判断を捨てた。

 上半身を超高速で前後左右に傾けて回避しつつ、構えを崩さぬまま流れるような動きで相手に接近する。

 師の言葉が脳裏をよぎる!

(((上半身を揺らすことで敵に的を絞らせない。この動きをウィービングという!)))

 スティングレイの指にはたちまちに新たな針が生えた。間合いに入ったブロイラーマンに向かってチョップ突きの要領で突きを連打する。

「シャァーッ!」

 ブロイラーマンは引き続き易々とウィービングでかわした。スティングレイの攻撃がよく見える! 何と単調で、何と遅いことか。

 スティングレイの突きを右側に上半身を傾けてかわした瞬間、ブロイラーマンは体を戻す動きを乗せてスティングレイの横顔に強烈なフックを入れた。
 ドゴォ!

 すさまじい衝撃に、スティングレイは首がもげそうなほど体勢を崩した。

「ゴボ……!」

 更にブロイラーマンは左右の拳を連打! 連打! 連打!
 ドドドドドド!

「ぐおお……?! うおおお!」

 スティングレイが苦し紛れに針を振り回せば、ブロイラーマンはそれをかわして更なるカウンターを入れる!

(((上半身に攻撃を集めると、相手はそっちに気が行ってガードを上げる! そうなったら……)))

 スティングレイがたまらず防御しようと両腕で上半身を守った瞬間、ブロイラーマンは待ち構えていたように身を低くし、がら空きのみぞおちにボディストレートを放った。
 ドムッ!

「グワーッ!」

 吹っ飛んだスティングレイは社長室の壁に背から叩き付けられた。

「ゴボッ……ゲエッ……」

 肋骨を砕かれ、内臓を破壊され、スティングレイは血を吐きながら悶えた。殴られた顔面が変形してはれ上がっている。

 ブロイラーマンは確固たる殺意を抱き、つかつかとそちらへ歩いて行く。スティングレイは悲鳴を上げた。

「待て、待ってくれ! カ、カネならやる! そこの金庫に入ってるから、好きなだけ持って行け。だから助けてくれ!」

 ブロイラーマンは言った。

「お前は銀バッヂだろ。九楼に電話をかけろ」

「え……」

「かけろ!」

 スティングレイはあわててスマートフォンを取り出し、電話をかけた。コール中、スティングレイはびくびくしながらちらりとブロイラーマンの様子をうかがった。ブロイラーマンが睨み返すとさっと視線を下げる。

 電話が繋がった。

「あ! す、すみません九楼殿! 突然申し訳ない! あの、ヤツが今ウチのビルに来てまして……そうです! あいつです!」

「聞こえるかァ! カラス野郎ォォオ!」

 ブロイラーマンは絶叫し、野球投手めいて大きく振りかぶった。

「スティングレイのビルだァア! 今すぐ来やがれェエエ! オラアアアアア!」

「ああああああああ!!」

 対物《アンチマテリアル》ストレートパンチ!

 グシャアアア!!
 顔面を叩き潰されたスティングレイは、壁一面に真っ赤な血肉を撒き散らした。

「ハァーッ……!」

 ブロイラーマンは怒気の篭もった息を吐き出し、手を振って拳の血肉を払った。それから部屋のドアのほうに手招きする。

 稲日が恐る恐る入ってきた。部下二人を伸《の》し、勝間と支えあうようにして立っている佐次郎に駆け寄る。

「父さん!」

「お前!? 何で来た!」

「私が頼んだの! 日与が、父さんが何かヤバイことになってるかもって言うから……」

 実のところ、日与は佐次郎を最初から信用していなかった。態度がおかしかったからだ。

 自分を匿ったのは賞金目当てだろうと疑い、永久と連絡がつくとすぐに佐次郎のことを調べてもらった。そして佐次郎の勤め先と、そこの経営者が血盟会メンバーである可能性が高いことを告げられたのだ。

 日与は稲日の元へ行ってそのことを話し、稲日を連れてこのビルへ向かったというのがなりゆきだ。

 ブロイラーマンは腕組みして頷き、佐次郎に言った。

「あんたが帰らなきゃ稲日が泣くだろ。しょうがねえさ。行きな。すぐにヤツらの仲間が来る」

「待った! ガキ、あれを開けてくれ」

 佐次郎が指差したのは、社長室にある中型冷蔵庫ほどもある大きな金庫である。いぶかしむブロイラーマンに、佐次郎は懇願した。

「頼むよ! ボクシングを教えてやっただろ」

「父さん! まだ懲りないの?!」

 稲日が咎める目をする。

 ブロイラーマンはため息をつき、金庫の扉に手をかけた。息を吐いて力を込めると、背広の下で岩石のような筋肉が盛り上がる。

「ふんっ!」

 バキャッ!
 金具が壊れ、金庫が開いた。中には山のような札束と金塊が入っていた。勝間が息を飲む。

「スッゲ! こんだけあれば人生やり直しもイージーモードですよ、兄貴!」

 だが佐次郎が手を伸ばしたのはそれらではなく、借用書の山であった。いわば赤江金融の生命線である。及川社長の工場のものもあるはずだ。

 佐次郎はそれら重要書類を床に下ろし、キャビネットの強い酒をかけてライターで火を放った。

 燃え上がる書類を見、佐次郎は鼻で笑った。

「ヘッ、ぜーんぶ水の泡だ。ザマミロだぜ! ありがとよ、ガキ」

 三人は社長室を出て行った。途中、父に肩を貸した稲日が一度だけ振り返った。心配そうな顔をしている。

「日与……」

「必ず戻る」

 ブロイラーマンが親指を立てて力強く答えると、稲日は笑って親指を立てた。

 社長室に一人になったブロイラーマンは腕組みして待った。

 ふと黒い大きな鳥の影が差したかと思うと、すさまじい勢いで蹴りが閃いてガラス壁がバラバラに切り裂かれた。社長室の床に降り立ったその男の翼は、背に吸い込まれるようにして消えた。

 背の高い美丈夫である。長い髪を含め全身カラスのように黒一色だ。

 九楼はブロイラーマンに言った。

「あー。改めて名乗る必要はないよな?」

「ないな」

「じゃ、始めるか。にしてもカラス野郎はないだろ!」


(続く……)


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