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20.再戦の時(1/3)

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1/3

 ブロイラーマンと九楼は二メートルの距離を置いて対峙した。

 ブロイラーマンは拳を軽く握って浅く前傾し、足を肩幅まで開いたボクシングスタイルだ。壁のようにがっしりとした構えだが鈍重な感じはなく、フットワークは羽根のように軽い。

 一方、九楼は拳を握らずに構え、片足を前に出して軽く膝を上げている。革靴を履いていた足はいつの間にか鋭利な鉤爪を持つ猛禽のものに変わっていた。

 九楼は余裕綽々といった微笑を浮かべているが、警戒していることをブロイラーマンは全身で感じ取っていた。ブロイラーマンが何の策も無しにリベンジを挑んで来たわけではなさそうだと感付いている。

 お互いのあいだに張り詰めた弓の弦のような緊張感が立ち込めた。

 ブロイラーマンが先に動いた。流れるような動きでするりと前に出る。

 とたんに九楼の足が電撃の速度で跳ね上がり、黒い鞭となって放たれた。
 ブオン!
 空を裂く音は一回に聞こえたが、実際は四度の蹴りである。風を操る力で加速した蹴りだ!

 鉤爪がブロイラーマンを霞め、わずかに血と羽毛が飛び散った。九楼は目を見張った。ブロイラーマンはすべての蹴りをウィービングでかわしている。

「へえ。俺の蹴りが見えるようになったか!」

「次のセリフを当ててやろうか。〝まだこんなもんじゃない〟だろ?」

「ハハハ……」

 次は九楼が間合いを詰めた。踵の鉤爪でブロイラーマンの首を刈りに来る! 後ろ回し蹴り!

 ブロイラーマンは上半身を振って回避する。

 続いて九楼は×の字を描くように袈裟斬りの二連続蹴り!

 ブロイラーマンはこれもウィービングで回避!

 更なる蹴り、蹴り、蹴りの連打。九楼の猛攻に押されるようにブロイラーマンは後退を続ける。

 ブロイラーマンは前回、なぜ自分の拳が届かないのかすら理解できなかった。今ははっきりとわかる。間合い、角度、立ち位置……九楼の動きは変幻自在で、常に己が有利になるよう立ち回っている。すなわち九楼が長年に渡って積み重ねた「理」がある。

 かと言ってブロイラーマンが怯むことはない! その目は闘志に燃え盛っている!

(ならこっちも見せてやるぜ! 俺の怒りを乗せた「理」を!)

 ブロイラーマンは傍らのテーブルを掴み、九楼に投げつけた。

 ブオン!
 すぐさま九楼の蹴りが閃き、板チョコを割るかのごとくテーブルを複数に断裁した。その破片の中から飛び出してきたのはブロイラーマン! 間合いを詰めるためにテーブルを使ったのだ。

「オラア!」

 右のストレートパンチ! だが九楼はそれを読んでいたかのように身を沈めてかわした。そのまま大きく仰け反ってバック宙をしながら踵の爪で相手を蹴り上げる。サマーソルトキックだ!

 ブロイラーマンはとっさに後ろに下がったが、爪で胸を浅くえぐられた。
 ザシュッ!

 血が噴き出す。切り裂かれた背広とネクタイは、すぐに超自然の力によって編み直され、元に戻った。だがこの短時間で傷までは直せない。

「ハァーッ……!」

 ブロイラーマンは怒気の篭もった息を吐き出し、果敢にも再接近を試みた。

 九楼は取り出した扇子でぱしんと掌を打った。扇子を広げ、くるくると周囲の空気をかき混ぜるように振り回して見せる。

 とたんに九楼を中心に猛烈な風が吹き荒れ、竜巻と化した!

「うお!?」

 部屋中のものが渦を巻いて飛び交う。ブロイラーマンの体が風に煽られて浮かび上がり、竜巻の中に飲み込まれた。

「それなりに修練したようだな、ブロイラーマン! だが俺に近付けなければ何の意味もないぞ!」

 九楼の背に真っ黒なカラスの翼が生えた。そこから抜け落ちた羽根が数十本、竜巻の中へと投じられる。

 いかなる原理か、羽根は風の流れに逆らい竜巻と逆回転する形で飛んでくる。鞍馬家奥義、逆巻苦無《さかまきくない》!

 弾丸と化した羽根はデスク、ソファ、キャビネット、スティングレイの死体などを貫通しながら竜巻の中を駆け巡る。その何本かはブロイラーマンの体をかすめ、さらなる傷を負わせた。

 ブロイラーマンは激流の中で体は思うように動かず、羽根をかわすこともままならない。彼は手足をばたつかせながら寄る辺を探した。

「クソッ……!」

 ごうごうと風が逆巻く中、ブロイラーマンは社長室のドア板が外れて飛んでいるのを見つけた。これだ!

 ドア板にしがみついて上に乗ると、風を波にしてサーフボードのように乗りこなした。超人的なバランス感覚である。

「ハハハ!」

 乾いた笑い声を漏らし、飛んでくる羽根やあらゆる破片を器用にかわしながら竜巻を上へ上へと遡る。

 その姿に九楼は呆気に取られた。

「おいおい、ウッソだろ!?」

 天井近くまで来たブロイラーマンはドア板を蹴ってジャンプし、竜巻の目に入った。アクロバティックに空中で身をよじり、九楼の目の前にすとんと着地する。

「ウオオオオラアアア!!」

 殴る! 殴る! 殴る!

 九楼は扇子を閉じて風を消し、このラッシュに対応した。すぐにブロイラーマンの連打を潜り抜けて下がり、蹴りの間合いを確保する。

「いやはや、俺の術をあんな方法で抜けたのは面食らった! だが単調なんだよなァ!」

 ブォン……ガッ!
 九楼の放った上段蹴りは、ブロイラーマンの腕によってブロックされていた。

「!?」

 九楼はいったん足を引き、さらに後ろ回し蹴りを放った。
 ブォ……ガッ!

 ブロイラーマンはやはり防いでいる……否、ブロックしているのではない。九楼の蹴りがトップスピードに到達する前に、自分の腕を当てて留めているのだ。

 偶然当たったのではない。明らかに意図的なものだ。驚愕する九楼に対し、全身に黒い羽根が突き刺さったブロイラーマンは凶暴な笑みを浮かべた。

「やっとテメエの蹴りが見えてきたぜ」

 彼の脳裏に師匠である佐次郎の言葉が甦る。

(((ブロックじゃない、避けるわけでもない。相手の攻撃の出だしを潰すように〝遮る〟! これがボクシングの高等防御技術、パリングだ!)))

 九楼が蹴りを放ってから反応していたのでは遅い。相手が蹴りを放つと見切った瞬間、その軌道に自分の腕を置いて遮る。いわばミサイルが発射された直後、速度が出ていないうちに叩き落すようなものだ。ブロイラーマンは防戦に徹しながら九楼の蹴りの軌道を読んでいたのである。

「ハ! この程度で鞍馬の血を攻略したつもりか!」

 ブォン!
 九楼の超高速の蹴りが黒い暴風雨となって飛び交う! ブロイラーマンはそれをかわし、体に浅く受けながら、左上から右下へ袈裟切りに切り落とす踵落としをパリングで遮った!

 ガッ!
 ブロイラーマンはすかさず踏み込んで相手を掴み、思い切り突き飛ばした。吹っ飛んだ九楼が追い詰められたのは部屋の隅だ。

「そこがお前のコーナーポストだ! ウオオオオオ!」

 ブロイラーマンはダッシュして間合いを詰めた! 九楼の迎撃の蹴りをパリングし、強烈なボディブローをみぞおちに食らわせる!
 ドム!

「ゲェッ……」

 九楼は体をくの字に折り、肺の空気を口から搾り出した。初めての有効打だ! 更にブロイラーマンは上下に打ち分けた連打を浴びせる!

 九楼は苦しげな形相で防御を固める! お互いの額がぶつかるくらいの密着状態で蹴りは使えない。部屋の隅では左右にも逃げられない。何とか片足の膝を割り込ませて突き放そうとするが、ブロイラーマンの突進力を止められない!

 ブロイラーマンは今、完全に間合いを自分のものにした。

「……ラァアアアアアア!!」

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
 ブロイラーマンは防御の上から九楼を殴る! 殴る! 殴る! 何発かは防御を掻い潜って命中し、したたかにボディと頭部を叩く。

 そのたび九楼はうめき声を上げた。確実に効いてきている。

 ドゴォ!
 ブロイラーマンのフックが九楼の横顔を捕らえた。だが九楼はすかさずその手を掴み、両足で挟み込むようにして抱きついた!

「鞍馬家の奥の手を忘れていたな!」

 九楼は風で加速し、全身を高速回転させた。前回ブロイラーマンの腕をねじ切った鞍馬家奥義、旋風鎌《つむじがま》だ!


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