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4.リップショット(3/6)

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3/6

「お嬢様!」

 ようやくやってきた警備員たちが昴と流渡を助け起こした。
 別の警備員たちがいっせいに犬に発砲する。
 バン! バン! バン!

 銃弾を受けても犬はもはや反応はなく、着弾の衝撃でしゃっくりをするように小さく跳ね上がっただけだ。

「あれ……? 死んでる」

 警備員たちは銃を構えたまま呆気に取られた。はっとして警備主任が昴に駆け寄る。

「お嬢様、おケガは?!」

「ええ、大丈夫。この犬が急に走ってきて、飛びかかってきたと思ったら動かなくなって……」

 昴は巧妙にとぼけた。そしてなおも自分を抱き締めている流渡の腕の中で、彼の顔を見上げた。

「リューちゃん」

「昴! 大丈夫だった?」

「大丈夫なんだけど……あのね……」

「え? あっ……ああ!」

 流渡は自分が何をしているかやっと気付いた。真っ赤になり、あわてて飛び退くように昴から離れた。

「ゴメン!」

 流渡は顔を背け、昴は気まずげに髪を撫で付けた。

 警備員たちはやっと拳銃をしまい、犬の死骸をつま先で突付いた。
 矢の傷は銃創に紛れて見分けられなくなっている。

「狂犬病の予防接種はしてるはずだが……ヘンなものでも食ったか?」

 警備責任者が部下に命令した。

「お前ら、犬を全部檻に入れろ。獣医が来るまで出すな。それから誰かお嬢様を部屋までお送りしろ! お嬢様、正式な謝罪は後ほど」

 昴は小さく笑って流渡に手を振ると、警備員に付き添われて屋敷へ向かった。

 流渡は曖昧に笑い返し、落ち着かない様子で割れたポットとカップの破片を拾い始めた。その指は少し震えている。

 犬の死体からずるりと這い出した蛇のようなものが、庭木の繁みへ入っていくのを見た者はいなかった。


* * *


 昴の部屋はシンプルな北欧製家具でまとめられている。

 テーブルは父親の知り合いから贈られたプレゼントで山積みだ。ドレスやぬいぐるみ、時計といった「女の子が喜びそうなもの」だ。

 返礼の手紙を山のように書かねばならないことにうんざりしつつ、昴はウォークインクローゼットに入った。

 ドレスでいっぱいの二重棚をスライドさせると、奥から秘密の隠し棚が現れた。

「ライオット! お友達を連れて来たよ」

 大人気少年コミック『ライオットボーイ』のフィギュアが並び、ポスターや雑誌の切り抜きがびっしり貼られている。
 昴は流渡にもらった『ライオットボーイ』食玩シリーズの箱を開け、フィギュアをコレクションの仲間に加えてにんまりした。

 食玩のラムネを食べながら、タブレット端末を手に取った。大量に保存されている少年コミックとアニメのデータから『ライオットボーイ』アニメ版を再生する。

 購坂フォート教育委員会が見たら泡を噴いて卒倒しかねない光景であった。
 よもやフォート経営者令嬢の藤丸昴が、フォート自治法で有害図書指定されているコミック類を大量所有していようとは!

 昴は丸椅子に座ってOPムービーに見入っているうちに、自分の世界へと入っていった。

 それは小学生のころからずっと続けている空想で、原作のストーリーに自作のオリジナルキャラクターを加えて改変するというものだ。

(「テメエ、〝死神〟……リップショット!」「おやおや、ライオット。犬のように物欲しそうだ。俺の力が必要かな?」リップショットはでっかい鎌をヒュンッて素振りして、ライオットと一緒に敵の群れに向き直る。「まあいい、お前の物乞いは後の楽しみに取っておく」……)

 昴はうっとりとし、落ち着きなく顔を覆ったりキャラクターになりきったポーズを取ったりした(オタクは妄想中にこういった無意味な動きをよくする)。

(ライオットとリップショットは敵同士だけど、お互いを本当の戦士として認めている唯一無二の仲なの。時に争い、時に共闘する、誰も立ち入れないふたりだけの関係……ああ! 尊い! この想いを妄想ノートに書いとかなきゃ!)

 昴はノートを手にとって開いた。
 そこにはライオットとリップショットの絵や文章がびっしり書き込まれている。

 それがただの妄想でなくなったのは一年前のことだ。
 購坂フォート商業地区の地面が崩落する大事故があり、たまたまそちらに出かけていた昴はそれに巻き込まれた。

 瀕死の重傷を負って医者がさじを投げたにも関わらず、彼女は翌日に完全回復した。

 目覚めた昴はトイレの洗面台に向かい合い、鏡の中に映った自分を見た。

(((何これ……)))

 事故で切断した右手は骨になり、潰れたはずの右目は青白い炎を宿している。
 その自分自身の姿に、昴は嗚咽し涙を流してその場にうずくまった。感動していたのだ。

(((何これ……! か……カッコいい! すっっっごくカッコいい!)))

 昴は自分が超常の存在、聖骨《せいこつ》家の血族となったことを本能で知った。
 誰かにそう教わったのではなく、授かった血がそう記憶しているのだ。

 新しい自分の名前は考えるまでもなかった。

(((聖骨家のリップショット!)))

 ノートに空想を書き連ねているうちに昴は気分が高揚し、ジャージと雨具に着替えた。

 部屋のドアの外側に「眠っています 起こさないでください」というメモを張り、バルコニーから飛び出した。

 フォートの出入り口エアロックには税関じみた検問があり、重装備の警備隊が見張っている。

 ビュオン!
 突然、検問に突風が吹き抜け、警備員は帽子を押さえた。
 彼にはその風が黒い色をしていたように思えたが、合法麻薬《エル》のやりすぎで目がチカチカしただけだろうと思い直し、職務に戻った。

 検問を抜けてフォートを出た昴は、雑居ビルの屋上に立った。

 その姿は黒いゴス風スーツとフード、口元を覆うドクロのフェイスマスクに変わっている。ドクロの右頬には真っ赤なキスマーク。

 昴は今朝のことを思い出し、冷や汗が出た。

(コンビニにいたあの人、リューちゃんだったんだ。防霧マスクでわかんなかった。正体がバレなくてよかった~……)

 右腕を伸ばすと袖が燃え上がり、白骨の腕が露わとなった。右目に青い光を灯し、リップショットは高らかに言った。

「リップショットは悪を狩る闇……そう、ただの闇! ……よし、今日は噛まずに言えそう」

 フォート外界、病と貧困と犯罪だらけのこの市《まち》を、人々は〝雨ざらしの地獄〟と呼ぶ。
 ここで犯罪者を探すのはショートケーキの上からイチゴを見つけるよりも簡単だ。

 早速、向こうの裏路地で銃声と悲鳴が聞こえた。

(お姫様役なんかクソ! ドレスも恋話もクソクソクソクソ! みんなクソ! 本当の私はここにいる!)

 昴は一筋の闇の風となり、市《まち》へと降り立った! 悪を斬るヒーロー、リップショットとなって!


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