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16.VS.疵女(1/3)

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1/3

 紅殻町フォート居住区、マンション・ドリーム橋田。

 十五階建てのマンションで、居住区で一番高い建物だ。多くの工場の社宅として使われており、屋上はドーム天井に届かんばかりである。

 その十三階のとある一室では今、凄惨な拷問が行われていた!

 ヂュイイイイイイイイン!

「ンアアアアアーッ! アーッ!! アーッ!」

 男は絶叫しながら椅子の上で跳ね上がった。しかしいくら暴れてもそこから逃れることはできない。拘束具で体を固定されているからだ!

「アハハハ! アハ、アハハ! ……あー、楽しい」

 返り血まみれの疵女《キズメ》は楽しげに笑った。パンツスーツ姿の若い女で、その眼は白目が黒く、瞳が赤い。襟元に銅色のバッヂを着けている。

 彼女の人間名は稲見《いなみ》紡《つむぎ》。元はツバサ重工の人間社員であったが、滅却課の課長に引き取られ、ある血族から血を授けられたのだ。

 疵女はハンドドリルのトリガーを引いた。
 チュイン! チュイン!

 男は残された右目を恐怖に見開いた!

「ヒイイ!」

「両足はもう穴だらけだしィ、おめめは確認用に一個は残しておけって言ったからダメだしィ……」

 疵女は男の額に触れ、顔を覗き込んだ。

 三十を過ぎた、ジャージ姿の太り気味の男で、薄汚い金髪が脂汗で額に張り付いている。左眼は先ほどスプーンでえぐり出されて血の涙を流しており、両腿には点々と赤黒い傷口が開いていた。

「ンン~……歯! 歯ですよね!? アハハハ!」

 キッチンに残忍な笑い声が響き渡る。

 隣のリビングではこの部屋の住人一家をアンデッドワーカーが貪り食っていた。疵女はそちらをちらりと見ると、触発されたように自分の腹に触れた。

「ん、私もおなか減ったな」

 疵女はハンドドリルを拳銃のようにくるくるスピンさせてから台所に置くと、冷蔵庫を漁ってプリンを見つけた。

 シンクに置かれたスプーンを手に取る。それは先ほどF.Fの眼球を抉り出すのに使ったものだが、彼女は洗いもせずにプリンをすくって口に運んだ。

 プリンを食べながら疵女は言った。

「ねェ! F.Fエフエフさん、あなたが反ツバサ・反血盟会の市民組織〝反血盟議会〟の議長ってことはもうわかってるんですよ。ツバサを転覆させるために色々活動してたんでしょう?」

 F.Fは泣きながら叫んだ。

「だから何度も言ってるだろ! 本当に何にも知らないんだ! 俺はただのハッカーで、ウイルスの製造とかしてたくらいで……」

「もう調べはついてるんですよォ。それでですね……私、あなたたち議会の名簿が欲しいなあって! あなたのパソコンもスマホもみーんな調べたんだけど、何も出て来なくて」

 疵女はプリンを置いてハンドドリルを手に取ると、突然ドリルを自分の右の耳たぶに当てた。
 ヂュイイイイン!!
 血と肉片を巻き散らして赤黒い穴が開く!

「アアアア! アハ、アハハ! アハハハハ!」

 疵女は苦痛に悶えて悲鳴のような笑い声を上げた。飛び散る血飛沫にF.Fも悲鳴を上げる!

「アアアアア!」

 ドリルが耳を貫通するとビットを引き抜き、疵女は血まみれの顔でにっこり笑った。

 たった今、彼女がしてみせたこの行動に何の意味があるのか? 何もない。疵女は狂っているのだ。

「ねェ! もう一度聞きますけどォ! 議会の名簿はどこでしょう?」

 疵女の狂気に恐れをなしたF.Fは眼を見開き、叫んだ。

「ヒイイ! し……し、知らない! 何にも知らない! 俺はただのケチなハッカーだよ!」

 疵女は残されたF.Fの眼を覗き込んだ。お互いの額がくっつくくらいに自分の顔を寄せる。

「うーん? ウソっぽいな~……」

「絶対に本当です! 本当に本当です!」

 疵女はスマートフォンを取り出した。画面にちらりと眼にやってから懐にしまい、F.Fにチュッと唇を鳴らした。

「ヤボ用よ。すぐ戻るわ、ダーリン。先に寝ちゃイヤよ」

 F.Fは部屋を出ていく疵女を見送り、つぶやいた。

「マジでイカれてやがる……クソッ! どうにかして逃げねえと」

 体を揺すって拘束具から逃れようとしていると、キッチンの天井から落ちてきた何かが床にぶつかった。
 ガシャン!

 通風孔の蓋だ。

「?!」

 続いて若い女がするりと降りてきた。腕まくりしたワイシャツ姿で、研いだカミソリのような目をした美女だ。

「お前は……?」

 彼女はツールナイフを使い、動揺するF.Fの拘束具の止め具を壊しにかかった。

「あなた、舟屋《ふなや》文雄《ふみお》でしょう? ネット上での通り名はF.F。サイバー犯罪関係で山ほどの容疑がかかってるわよ。あなたが議長だったとはね」

 F.Fはいぶかしんだ。

「市警か? ツバサの使い走りが何しに来たんだ」

「外の連中はそうね。私は違う。会話が聞こえたんだけど、血盟会と敵対している組織のリーダーというのは本当?」

 F.Fは疑わしげにこちらを見ているだけだ。永久は構わず続けた。

「まあ、いきなり信用なんか出来ないわよね……硬いわね、このヤロ! ……ところで、常盤花切という名に聞き覚えは?」

「……」

「その人は私の恋人だった。私と同じ刑事で、血盟会のことを調べていて消された。どうしても仇を討ちたいの」

 バキン! 止め具が外れた。

 F.Fは永久の手を振りほどいて床を這った。冷蔵庫やテーブルの下に手をやって探り回る。

「俺の眼! 俺の眼……」

「ほっときなさい。もうくっつかないわよ。ここから逃げなきゃ」

「あの眼がいるんだ!」

 F.Fが冷蔵庫の下に転がり込んだ自分の眼球を見つけ、手を伸ばして拾い上げた瞬間!

 ドガシャアア!
 突然、玄関ドアを飛び蹴りで突き破った疵女が室内に舞い戻って来た!

「やっぱりネズミちゃんがいた!」

 疵女は誰にも呼び出されてなどいない。血族の超人的勘で屋根裏の気配を察知し、一度部屋を出ることで永久をおびき出したのだ。

 彼女はF.Fが大事そうに手にしている眼球に眼をやった。

「それってもしかして義眼? その中に名簿のデータが入ってるとか?」

「ウウッ……」

 疵女はウインクしてパチンと指を弾いた。

「図星ィ! そっちのお姉さんはどちら様かしら?」

 永久と疵女は同時に懐に手を入れた。永久は拳銃を抜いて躊躇わず撃つ!

 対して疵女は超人的動体視力でその弾道を即座に見切り、懐から取り出したチタン製のコンパクトで弾き返した!

 バン! バン! バン!
 ギギギン!

 疵女は一瞬で間合いを詰めると、銃を持つ永久の腕をねじって床に組み伏せた。小柄で細身の体だが、プレス機めいた怪力であった。

 永久がとっさに逆の手でスマートフォンを取り出すと、それを素早く取り上げる。

「誰に連絡を……?」

 疵女がスマートフォンの画面に眼をやった瞬間、永久は顔を伏せて叫んだ。

「ヘイ、ボーイ! 閃光弾起動!」

 カッ!
 スマートフォンが音声認識しモニタが爆発的な光を発する! それは偽装された閃光爆弾であり、永久はあえて相手に奪わせてから起動させたのだ!

「アーッ!? クソッ!」

 間近で眼を焼かれた疵女が目元を押さえて身をよじると、永久は拳銃を拾い上げ、F.Fに肩を貸して玄関に向かった。置き土産とばかりに相手を撃つ。
 バン! バン! バン!

 当たったかどうか確認しないまま廊下に飛び出した。

 F.Fが喚き散らした。

「何にも見えねえ! 足が痛え! チクショウ!」

「黙ってついてきなさい!」


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