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16.VS.疵女(3/3)

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3/3

「グワアアーッ!?」

 ドゴゴゴゴゴ!
 その瞬間、ブロイラーマンの全身に不可視の打撃が次々に襲いかかった! 禍々しき暗黒の力によって疵女に与えたダメージが逆流しているのだ! 逆に疵女のダメージはみるみるうちに消えてなくなっていく。

 これこそ自らのダメージを他人に渡してしまう能力〝ギフト〟! 魔女の流れを汲む血族、闇撫家の恐るべき暗黒魔法であった。

 ブロイラーマンは渾身で相手の手を振り払い、すべてのダメージを渡される前にかろうじて逃れた。

「アハァ!」

 疵女は立ち直る時間を与えず小刻みな突きで畳みかける!

 ザシュッ! ザシュッ!
 一瞬にして大ダメージを負ったブロイラーマンはかわし切れず、全身を浅くえぐられた。

 一方、七割がた傷の消えた疵女の動きはさらに鋭さを増す!

「このためにわざと攻撃を食らってたんですよォ!」

 眉間への突きをブロイラーマンは頭を振ってかわすものの、続く胴体への三連突きはかわし切れない!

 ドスドスドス!
 血が噴き出す!

「グ……! オラァッ!」

 ブロイラーマンは攻撃を受けながらも強引にカウンターパンチを放つ! 鉄をも撃ち貫く鉄拳フックが疵女の横顔を捉えた。
 ドゴォ!

 疵女はそのパンチを食らいながらも片手でブロイラーマンの腕を掴んだ。黒い煙が流れ込む。

 ドゴォ!
 ブロイラーマンはたった今疵女に食らわせたパンチとまったく同じダメージを自分の横顔に受け、大きく仰け反って後ずさった。

「グア!」

 一方、ダメージを譲り渡した疵女にはダメージはない。

 戦況はオセロめいて完全にひっくり返り、ブロイラーマンが圧倒的不利に追い込まれた。だがその眼に秘めた怒りの炎はいささかも衰えていない! むしろ勢いを増している!

 ブロイラーマンは言った。

「お前にも愛した人がいたはずだ。血族化しても記憶が消えるわけじゃない。なのになぜお前は中身まで怪物になってしまったんだ?」

 疵女は国語の時間に算数の質問をされた小学生教師のような顔をした。

「そんなこと私に聞かれても。うーん……人間はみんなもともと怪物ってことなんじゃないですか?」

「ハ! 同情する必要はねえってか。安心したぜ」

 ブロイラーマンは新たにその眼に殺気を満たし、ジャブを放つ!
 ドゴ!

 疵女はそれを顔面に受けながらもバタフライナイフを突き出した!
 ドス!

 ブロイラーマンは脇腹に受けながらも疵女を両腕で抱き上げた。そのままエレベーターに向かって疾走!

「破れかぶれですか?! みっともないですよ!」

 疵女はブロイラーマンを掴んでギフトを発動した。疵女の全身からブスブスと燻るように黒い煙が湧き上がり、ブロイラーマンの体に乗り移った。ブロイラーマンの体に新たに傷が開いていく!

「ぐううう……!」

 ブロイラーマンは疵女の体を三番エレベーターのドアに叩き付けた!
 ドゴォオ!!
 ドアを突き破ると、疵女をエレベーターシャフトの虚空へと放り出す。

「ああああ?!」

 疵女は手足をばたつかせながらシャフトを落ちて行った。

「悪あがきを……?!」

 疵女は空中で眼を見開いた。

 満身創痍のブロイラーマンは疵女を追ってエレベーターシャフトに飛び込み、シャフト内の壁を蹴って真下に疾走を始めた。重力落下に勢いを乗せ、大きく右拳を引いている。

 疵女は六階層下で待機していたエレベーターの屋根に落ちた!

「ンアアアーッ!」

「ウオオオオオオオオ!」

 それを追ってブロイラーマンは踏み切った! 真下に放った対物《アンチマテリアル》ストレートが疵女の胴体に突き刺さる!
 ズドン!!

「……ッラアアアアアアアアア――――ッ!」

 バツンッ!
 衝撃にワイヤーが切れ、エレベーターは轟音を上げながらシャフトを滑り落ちていった。ガイドレールがすさまじい火花を噴き出す。

 ブロイラーマンは疵女の耐久力を振り切って致命傷を与えるため、最大攻撃に打って出たのだ。

 疵女は血を吐いてもがき、必死に両手を伸ばしてブロイラーマンを掴んだ。

「全部……お前に……返してやる!」

 エレベーターが最下層に到達! 着地の衝撃で紙箱のように押し潰れる!
 グワシャアアアアアアアア!!

 ……しばしの静寂が訪れた。エレベーターのちぎれたコード類がバチバチと火花を散らす。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

 ブロイラーマンは疵女の胴を貫通して肩まで突き刺さった右腕をずるりと抜いた。

 同時に疵女が激しく血を吐き出す。

「ゴボォオッ!」

 ブロイラーマンを掴んだ疵女の両手はぶるぶると震え、一本、また一本と指が離れていく。焼けるような苦痛が疵女の意識を焼き払おうとしていた。

(ギフトを! ダメージを渡さないと……!)

 苦痛……脳と背骨が痺れるほどの苦痛……

 彼女の脳裏にあの酒宴の光景が甦った。全身を投げ矢に貫かれた愛人の痛みを、彼女は今、自分のもののように感じていた。血を授かった際に発狂し失われた他者への共感力が、死に瀕して戻ってきたのだ。

(あのときのわたしは人間で、相手は血族で……何にもできなくて……でも……でも! それならせめて)

 疵女は空しい自問自答を繰り返す。ブロイラーマンの背広に引っかかっていた最後の指の一本が外れ、腕がばったりと落ちた。

「……ごめんね」

 疵女の目元には血の涙が滲んでいた。

「あのとき一緒に死んであげられなくて、ごめんね……」


* * *


 ブロイラーマンは地階のエレベーターホールへ出た。

 疵女が最後に呟いた言葉は誰に向けられたものだったのか。ブロイラーマンは同情を振り払った。あの女は他の血族と同じように、自分の意思で人間性を捨てたのだ。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

 壁に背を預けて息が整うのを待つ。時間がないのは百も承知だが、足腰に力が入らない。

(飯だ)

 懐からあんこトーストと豆乳ラテを取り出した。どちらも合成食品でない本物だ。

 血族は特定の食べ物を摂取すると回復力が急速に高まる。血羽家ならば穀物や豆類、聖骨家ならばカルシウムなどである。

 大豆、小豆、コーヒー豆、小麦の栄養素が駆け巡り、全細胞に力がみなぎる。血の気が戻り、視界が鮮明になると、ブロイラーマンは大きく息を吐いた。

「よし」

 ブーン、ブーン、ブーン。
 どこかでスマートフォンのバイブレーター音がする。ブロイラーマンがシャフト内に戻ると、疵女の屍からだった。

 飛び降り、疵女の懐からスマートフォンを取り出すと、聞き覚えのある男の声がただひと言だけ告げた。

「最上階で待つ」

 ブロイラーマンはシャフトを見上げた。その先で九楼が待っているのだと、本能的にわかった。

 手に力がこもり、スマートフォンを握り潰す。
 メキャッ!


(続く……)


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