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???勇者 第2話

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 ビチャン、ピチャン。

 薄暗い地下牢に水滴が落ちる音が響く。
 俺がここに入れられてからずっとこの音は聞こえている。
 外で雨が降っているわけでは無く、地下水が染み出しているのかもしれない。

 漫画喫茶のエントランスにいたはずの俺は、気が付くとこの世界に召喚されていた。

 巨大な魔法陣の描かれた広間に神官の様な人間が数名と、近世ヨーロッパの甲冑を着た兵士が大勢。
 みな背が高く彫りが深い。肌の色は色素が薄く金髪。俺たちの世界の白人と見分けが付かなかった。
 最初は映画の撮影か何かと思ったね。
 だが、どうやら俺は異世界に召喚されたらしい。

 最初に何か呪文の様を唱えられ、頭の中に焼き鏝を入れられた様な痛みを感じた後、奴らの言葉が分かる様になった。
 簡単な聞き取り調査の結果、俺が何の技能もないただの子供だと分かるとこの地下室に放り込まれた。

 俺は抵抗して暴れたが、すぐに制圧された。そしてボコボコにされて地下牢の床でうつ伏せになっている。

 テレビのどっきり企画ならば本人の承諾なしにこんな虐待をしない。すれば完全に違法行為だ。
 このあたりでようやく違う世界に拉致されたと実感がわいた。

 こちらからの質問は一切答えてくれなかった。だからこの世界の事はまだ何も分からない。
 いや、このクソったれな国の名前だけは分かった。衛兵の会話の断片から推測できた。
 「隣国のダールブと我が【アルサハン】の緊張が高まっている」「デルエギブで魔族の侵攻が開始された。【アルサハン】から遠くて助かった」とかなんとか。

 つまりこの国の名前は【アルサハン】。あと、いるのかよ。魔族。

…………
………

「怖いよぉ!!怖いよ!!おばあちゃん」

「ゆうくん!!ゆうくんはおばあちゃんが守ってあげるからね。安心して」

「うるせえよっ!!」

 俺は牢屋の奥から聞こえる声にイライラして怒鳴った。

「ヒイィッ!!ごめんなさい」

「……」

 この牢には俺の他に老婆とその孫であろう幼い男の子が捕らえられていた。日本人だ。聞けば俺より少し前に召喚されたらしい。
 日本人ばかりが召喚されるのか?外国人はいないのか?

「おばあちゃん寒いよぉ」

「ゆうくん。しかっかり。おばあちゃんが暖めてあげるからね。今にきっと警察が助けに来てくれるわ」

 部屋の隅で二人は抱き合って蹲っている。

 そんな様子に俺は幼いころに亡くなった祖母を思い出していた。常に俺の事を気にかけて甘やかしてくれた。

「食事だ」

「さっさと食べろ」

 そんな時、二人組の衛兵が食事を持ってきた。扉の床に近い部分の隙間からトレーを差し込む。
 
「おい、毛布とか無いのか?俺はともかく後ろの二人が参っちまう」

「うるせえっ!!黄色いサルがっ!!口を聞くんじゃねえっ!!」

 俺はガンっ!!と鉄格子の隙間から蹴り飛ばされた。

「ハンス・アールブ。止めておけ。大事なショーの生贄だぞ」

 「止めろ」とは言っているがその兵士は本気で止める気配はないようだ。

「ふんっ!!どうせ【はずれ】の召喚者だろ。女神さまも役立たずは好きに処分していいとは仰ってるが、もう少し【当たり】の頻度を増やしてほしいもんだな」

「おい、不敬だぞ」

 ハンス・アールブ。その名前覚えたぞ。

 この国は人に呼びかけるのに家名まで含める事が多い。まあ、この数日の接触のあった少ない人数での統計ではあるが。
 きっとハンスという名前の人間が大量にいるのだろう。
 思い起こせば、日雇いのバイトをした時、入った現場で鈴木さん(日本で一番多い苗字)はフルネームで呼ばれていた。

 あと、もう一人は何て言った?ショーの生贄?その言葉、凄まじく不穏なんだが。

 二人の衛兵は空になった前回の食事の食器を回収すると帰って行った。

 こちらに一瞥もくれない。本当に飼育してる動物のような扱いだ。

 食事は粗末なスープにゴムの様に固いパンだ。

「ゆうくん。お腹すいたでしょう?おばあちゃんの分も食べなさい」

「いいの?」

「ええ。少しでもお腹に入れておきなさい。おばあちゃんは大丈夫だから」

「……ばあさん。これ食べな」

 俺は自分のトレーを老婆の方に差し出す。

「良いのですか?」

「あんたが倒れたら誰がこの子の面倒を見るんだよ。俺はまたこれを食べるからいい」

 俺は手にもっった物を老婆に見せた。
 老婆は嫌悪感に眉をしかめる。

 仕方ないだろう。これしか食べるもんが無いんだから。

 俺の手にはキィキィと鳴き声を上げるスライム状の不定形な生き物が握られていた。
 半透明の体には目が無く、小さな口と牙がついていた。
 牢屋の壁は石を組み合わせて作られていたが作りが雑でそこかしこに隙間が空いていた。その隙間からこの生物は何度も進入してきては俺の頭をかじってきた。

 最初は潰していただけだったのだが、動物性タンパク質がとれるかもと思い、食べてみたらげろまずだった。
 下水の匂いがする。
 しかし、腹を下すことも無かったし、数日これだけしか口にしていないが餓死の前兆である脱水症状も起こしていない。だから食べられる物なのだろう。

 しかし、この地球上では生息していない不思議生物に、否応なく別世界である事を感じさせられて陰鬱だ。

 この時の俺は知らなかったがこの生物は【ウルフアメイバ】と呼ばれる【魔物】で、一匹ずつは弱いが数十匹の群れで行動し、本来人間が狩るのは困難な代物だった。
 近くに巣があって一匹ずつ迷い込んでいたのだろう。

 そうして俺たち3人は何とか食いつなぎながら数日が過ぎた。

…………
………

「全員出ろ」

「…………」

 抵抗しても殴られるだけだ。俺たち三人は言われるままに牢を出た。

「どこへ連れてくつもりだ」

「…………」

「けっ、だんまりかよ」

 俺たちは石造りの通路を連行されていく。

 やがて通路の終端につき、そこには金属で出来た重々しい扉があった。

「入れ」

 兵士たちは扉を開けると俺たちを促す。

 扉の中はベンチの様な物が複数あり、一見して控室の様な印象を受けた。
 奥には出口だろうか、日の光が入り込んでいる通り口があった。

「お前たち二人はこっちだ」

 槍で脅され、老婆と孫はさらに奥の出入り口から外に出される。

 二人が外に出ると、ガシャンと鉄格子が降りて後戻りが出来ない状態になった。

「なっ!?」

 俺はあわてて鉄格子に縋り付くとその隙間から外の様子を伺った。


 ウァアァアッァアァァアアアアアアアアアアアアアア!!

 大歓声が聞こえる。

 老婆たちは闘技場の様な場所の真ん中に押し出されていた。
 外はスタジアムのようにすり鉢状に客席があり、そこは満員だった。
 老若男女、小さい子供や女性もいた。老人も若い男も。
 客席は高い石壁の上に設えられていて、老婆たちが客席の方へ逃げることは出来なくなっていた。
 
「おばあちゃん……」

「大丈夫、大丈夫だから」

 必死に孫を落ち着かせようとする老婆。

 闘技場の端、その床に扉のような物がある。そこがバカンッと開いた。
 どこかで歯車の回る音がする。と同時に何かが奈落からせりあがってくる。
 人力のエレベーターらしい。

 せりあがった床には黒い異形が載せられていた。

 巨大な獅子の顔と前足を持ち、首からは赤い目をしたヤギの首がもう一本生えている。下半身はサルのような茶色の毛をしていて足の指は5本あった。尻尾は先が蛇の頭になっていてチロチロと舌を出している。

 【キメラ】

 多少、ファンタジー作品をかじったことのある俺はそいつを見てそう思った。

 その化け物がゆっくりと老婆たちの方へ歩き出す。

 ワァァアァァッァァァァァッァァァアァァァアアアアアア!!

 一際、歓声が大きくなった。

 それは、元いた世界のヨーロッパで、数十年前までギロチンが庶民の娯楽だったことを思い起こさせる光景だった。

 ”おい!!やめろ!!”

 ”やめくれっ!!”

 俺は鉄格子をガシャガシャ揺らしながら、心の中で絶叫した。

「ゆうくんっ!!逃げるのよ!!」

 老婆は孫を突き飛ばすと、怪物との間に立った。自分が喰われている隙に孫を逃がすつもりだろう。

「…………!!」

 だが孫のゆうくんは顔をくしゃくしゃにして涙を流すと老婆に抱き付いた。

「!!!!」

 老婆もあきらめたのか目をつぶるとゆうくんを抱きしめた。
 抱き合う二人に怪物の巨大な爪が迫る。

 バッと赤いものが辺りに飛び散った。

 俺はその光景を呆然と見ていた。
 なんだこの理不尽は。
 裁判無しで処刑とかありえねえだろ!!

 細かい傷害とかを繰り返してた俺はともかくあの二人が殺されるような事をしていたとは思えねえ。”女神が処分していいと仰った”とか言っていたな。だからと言ってこんな事をするのかこの国は。
 一方的な殺戮を見て楽しいのかよ。

 ガツッ、ガツッ、ゴクゴク!!

 今、化け物は元、老婆だったものを咀嚼している。

 観客たちはその光景を笑いながら見ていた。子供や少女、女、皆楽しそうだ。

 殺す。

 殺す、アルサハン。

 殺す、子供を。殺す。殺す。殺す、女を。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す、老人を。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す、男を。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す、アルサハン。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す、王族を。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す、兵士を。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す貴族を。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す、役人を。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す、病人を。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す、無垢な赤子を。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す、老いも若いも。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。女子供も殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す、キメラ。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。この異世界の全てを殺してやる。

 こいつらが俺の中で【人間】のカテゴリーから外れた瞬間だった。
 ただの【キャラクター】に成り下がった。
 どのような非道を働いても平気になった。

「次はお前だ」

 後ろから兵士が声を掛けてくる。

 俺は脱兎のごとく反転すると、牢へと続く扉から外へ出ようとした。
 しかし、十字に組まれた槍に阻まれる。

 そのまま襟首を掴まれて闘技場の真ん中へと引きずり出される。

 【キメラ】は兵士たちに飼いならされているのか”待て”を指示されておとなしく座っている。

 くそ。

 目だ。目を狙おう。

 むき出しの感覚器官なら人間の攻撃も通用するかもしれない。
 ポケットの中に家のカギがあった。
 こいつで突き刺す。

 鮫も目の周りを殴られると逃げていくとテレビでやっていた。
 喰いついて来た時がチャンスだ。
 兵士たちは鉄格子の所まで下がると、やれと魔獣に指示を出した。

 【キメラ】の巨大な獅子の顔が俺の視界を覆い尽くした。


 痛い!!痛い、痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!

 助けて!!助けてお母さん!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛いよ母さん!!助けて助けて!!痛い!!痛い!!お母さんお母さん。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。暴力を振るってごめんなさい。痛い!!痛い!!助けて助けてお母さん!!。朝食を食べないでごめんなさい。お母さん!!お母さん!!!不登校になってごめんなさい!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!助けて!!助けて!!母さん!!母さん!!母さん!!警察の厄介になってごめんなさい!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!いろいろ泣かせてごめんなさい。お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!お母さん助けて!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!ごめんなさい!!ごめんなさい!!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!ごめんなさい!!ごめんなさい!!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!痛い!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!痛い!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!痛い!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!痛い!!ごめんなさい!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!

 先に死んじゃってごめんなさい。お母さん。

……………
………


 先に結論を言ってしまえば。まったく話にならず、瞬殺された。
 【キメラ】の突進を躱して目を攻撃出来るような武道の心得も無く、都合よく何かのスキルに目覚めることも無かった。
 また、ものすごい幸運で事態を乗り切れるような偶然は起こらず、助けにくるような人物はいなかった。
 だからこれから暫くの事は死にかけた俺の魂が僅かに覚えていた記憶と第三者の視点からこうであっただろうという事象の再現に過ぎない。

 【キメラ】の牙は俺の左肺を貫通し、噛みしめた齲歯はいくつかの内蔵を破壊した。
 そのショックで俺の心臓は停止した。

「げぼあっ」

 口から盛大に血を吐いて咥えられるがままになる俺。

 ペッ!!ドスン!!

 吐き出され地面に叩き付けられた。

 【キメラ】は前足でちょんちょんと俺を触ると死亡したことを確認した。

 最悪の中で、僅かに幸運だったのは先ほど老婆と孫を食べたことで魔獣の腹が膨れていたこと。そのため俺の肉体が喰われなかった事だった。


 俺の死体は下水道のゴミ捨て場に捨てられた。

 水位が上がればゴミごと流されてスタジアムの外へと運ばれる。
 だがこの時はまだ水位が低かった。

 ズドンッ!!

「ゴボッ!!ゴボゴボ!!」

 高所から落下した衝撃で俺の心臓が僅かに動き出した。
 これは奇跡でもなんでも無く、現実でも心停止して医者の死亡確認がされた死体が何らかの条件で蘇生した事例はある。火葬場で突然動き出したとかいうあれである。

 ただ数十分、脳への血流が停まっていたため、ほぼ脳死に近い状態である。重要な臓器も破損したままであるため、再びの死を待つだけであった。

 キィ、キィキィ!!

 そんな時、瞳孔の開き切った俺の瞳に【ウルフアメイバ】が映った。この下水は地下牢の側にあるため、同じようにはぐれた個体が迷い出てきたのだろう。
 
 損傷した脳は本能的に直近の記憶にある行動を繰り返した。
 【ウルフアメイバ】を掴むとバクりと食べたのだ。

 フィィィィィィィィィィィィィィィン!!

 するとどうだろう。俺は淡い光に包まれ、段々と損傷した臓器が回復していった。
 外からは見えないが、脳も再生し血流がめぐってきた。そして意識を取り戻す。

「ガハッ!!ガハッ!!ゴベッ!!」

 口の中の強烈な下水臭にたまらず吐き出す。

「どう、なったんだ?俺は死んだはずでは」

 この時の俺には自覚は無かったのだが、これはこの世界で起こる【位階上がり】と呼ばれる現象だった。
 【白き茫洋たる神の信徒】たる人間が【黒き虚ろなる神の使徒】たる魔物を一定数狩った時に傷や病気が回復して肉体が強化される。


 俺は訳が分からずきょろきょろと周りを見渡すと、足首までしか水がない下水を歩いて進み始めた。

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――――6年後。

「こいつですか?」

 隣のフードをかぶった小柄な人物が話しかけてくる。

「ああ。見覚えがある」

 アルサハンの地下。俺たちの前にはデカい檻に閉じ込められた【キメラ】がいた。
 こいつは俺を見るとひどく怯えた様子を見せた。失礼なやっちゃ。

 俺は檻を素手で捻じ曲げて隙間を作ると中にいる魔獣を引きづり出した。

「おい、あの魔術を使え。お前が女を拷問する時に使う、感度が数百倍になるやつ。痛覚も数百倍になるだろ?」

「貴方も使っているでしょうに。私だけ残酷みたいに言わないでください」

 フードの人物はそういうと【キメラ】に魔術を使った。

「ま、あの老婆と孫の敵は取ってやらんとな」

 俺は持ってきていた鉄串を魔術で高温に熱すると【キメラ】の爪と指の間に突き刺した。

「「ギナアァアァッァァァッァァアァァッァァァッァァア」」
 
 獅子の顔とヤギの顔が同時に悲鳴を上げる。めちゃくちゃに暴れて俺を引きはがそうとするが微動だにしない。
 蛇の尻尾が喰いつこうとしてきたので引きちぎった。

 あれだけ凶悪だった魔獣が子猫の様だな。

 俺は2本目の鉄串を突き刺した。

「「アアアアアアアアアアアアアアアアアアア」」

 【キメラ】の絶望した悲鳴が弱弱しく響く。

 その声は、魔獣が力尽きるまでか細く続いていた。
 

「あのハンスっていうのはどうするんです?中途半端に生かしておいて」

「あの方が死ぬより辛いだろう」

 それに今、アルサハンは地上の地獄になっている。

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