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《短編小説》僕と警官と暗黒の宇宙

父が交差点で事故を起こした。

父が運転する車が赤信号を無視して、走行中の車と側面から衝突したのだ。幸いなことに、助手席に座っていた僕も含め、怪我人は一人も出なかった。また、この事故が起こった交差点には警察署があったため、警察官に全てを目撃されたことも不幸中の幸いと言える。

父は現在、事情聴取を受けている。そして僕は警察署の前のベンチに座り、破損した車を見つめていた。

「少し話してもいいか?」

隣にスーツ姿の男が立っていた。その男は手早く警察手帳を見せ、武田と名乗った。

「身分証みせてくれるか?」

高圧的な態度だった。不愉快だが、ここでごねても仕方がない。僕は財布から保険証を取り出し、武田に手渡した。武田は保険証の表側を見た後、裏側を見て、眉をひそめた。

…しまった。

うっかりしていた。保険証の裏側のメモ書き欄に『暗黒の宇宙に…』から始まる自作の詩を書いていたことをすっかり忘れていたのだ。武田は鼻で笑いながら、指先で保険証をはさみ、ぴらぴらと動かした。

「なんというか…愚かだな」

僕は武田から保険証をぶんどって、「人間はみんな愚かですよ」とすぐに反論した。

「そうかなあ」と武田はいやらしく口角を歪めた。

「僕は暗黒や宇宙といった言葉を、なんとなく、かっこいいからという理由で書いたわけじゃありませんから」

「へえ?」

「宗教、哲学、天文学、量子力学などを勉強し、言葉の意味を自分なりに明確にした上でこの詩を書いたんです。そして、この詩は、いつか読み返したときに自分の愚かさを再認識するために書いたものなんです。きっとあなたは、僕が思春期特有の思想をそのまま保険証の裏側に書き綴ったものだと見て、愚かだと嘲笑したのでしょうが、それは甚だしい偏見です。あ、僕があえてこのような反論をしているのは、今後、もしあなたに調査されるようなことがあったとき、そのような偏見を持たれたままだと事が不利に進みそうだと思ったからです。ちなみに、人間はみな愚かですよと僕が言ったのは、現にあなたも、僕に『愚か者』というレッテルを張って見下した『愚か者』だからです。でも、もしかするとあなたは、僕を侮辱したうえで、僕がどう反応するのかを伺っていたのかもしれないですね。だとすると、あなたは僕に愚か者だと言い返されたことがあまり響いていないかもしれない。でもね、それでもやっぱりあなたは愚か者に変わりないですよ」

「どうしてだ?」武田は依然として小馬鹿にするような口調だったが、それが見せかけだということはすぐに分かった。武田は動揺しているのだ。それを隠すために、あえて強気な態度をとっているのだ。

「あなたは、自分がなぜ愚か者なのか分からない時点で愚か者なのです。もしかして自分だけは愚か者ではないとでも思っているのですか?」

「はあ?」

「ほら図星だから動揺しているんですよね。あなたは人を即断的に偏見でしか見られない愚か者ですよ。あなたは今まで他人の評価を不当に下げることでその地位を築いてきたんじゃないですか?ああ!もしそうだとするとあなたは僕以上の愚か者ですね。警察官にこんな愚か者がいただなんて!」

「はあ、もういいよ」武田は呆れ顔で立ち上がり「それじゃあ」と言って、そのまま身をひるがえして行ってしまった。

ふん、警察の人間もあっけないもんだ。まあでも、少しは刺激的で楽しかったな?社会的な地位に踏ん反りかえって、自分が偉いと勘違いしている奴を根本から否定するのは実に痛快だ。

やれやれ、なんて愚かなんだ。

2019.8.7 夢日記

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