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《短編ホラー小説》トイレの絆創膏

夜間学校の授業が終わり、帰宅してすぐ、トイレに入った。ふ、と横を見ると、トイレの壁に絆創膏が貼ってあった。

思考が一瞬停止した。

上京したてのこの家に、無断で上がり込むような知り合いは一人もいない。

空き巣を疑ったが、部屋は荒れていないし、何も盗まれていなかった。そもそも空き巣なら、わざわざこんな貧乏学生の部屋に来ないだろうし、証拠を残すようなこともしないだろう。それではやはり誰かの悪戯か。だとしても流石に度が過ぎている。

居ても立っても居られなくなり、母に電話した。

「もしもし、僕だけど」
「あら、どしたん?」
「さっき帰ったらトイレの扉に絆創膏が貼ってあって、…僕貼ってないのに、誰かが貼ったんだと思うんだけど、僕まだ友達おらんし、ていうか友達だとしてもそれは不法侵入だし…」
「あんた自分で貼って忘れたんじゃない?」
「そんなわけないじゃん、絆創膏なんて持ってないし」
「でもあんたよく絆創膏してたじゃん」
「あれは婆ちゃんに付けてもらってたやつだから」
「あ、そうよ。婆ちゃんと言えば、今日婆ちゃんの命日よ。婆ちゃん会いに来たんじゃない?まあ、本当に誰か入ってきたんなら警察呼びんさい。ごめんちょっと切るわ、じゃあね」

電話が切れた。

そうだ、すっかり忘れていた。今日はお婆ちゃんの命日だ。もしかするとお婆ちゃんが会いに来たのかもしれない。そう考えると不思議と腑に落ちる。さっきまで混乱していた頭は冷静になっていた。

ふたたびトイレの壁を見た。

「お婆ちゃん…」

と、呟きながら、絆創膏を剥がした。絆創膏のガーゼの部分に、死んだアリが潰れていた。

違う。お婆ちゃんじゃない。

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