ボルボを買った女
高校時代の吹奏楽部同級生で、自らのことを「四天王」と称する仲間たちがいる。
みんな彼氏なしで30歳を目前に控えた頃は、婚活パーティーに揃って参戦したものだ。
それから数年が経ち、今では既婚者を輩出するなど、四天王は多様性を深めた。
その中でも、夜田(仮名)はここ数年で大きな人生の転換期を迎えた。
あの頃の夜田は、昼は保険会社営業、夜はスナックのバイト。
恋愛に奔放。
ふくらはぎにタトゥーあり。
それが今では、夜のスナックは辞め、保険会社営業で日中は稼ぎつつ、社会人サークルのようなものの幹部としても活動している。
そして、女手一つで息子を育てている。
2歳の餅々さん(仮名)は、我々四天王の子として育てたいほど可愛い。
先日、四天王が久しぶりに集結した際、夜田から車を買ったと報告があった。
四天王初のマイカー保有者。
子供連れでは、公共交通機関で移動するよりも、車の方が荷物も多く積み込めて便利だ。
また、行動範囲を広げて、餅々さんに色んな経験を積ませてあげたいという母の愛情だ。
夜田が買ったのは、VOLVO(ボルボ)の車。
ボルボはスウェーデンの自動車メーカーで、高級車だ。
あまり詳しくない我々のために、夜田はボルボのマークを体全体を使って表現してくれた。
四天王「なんぼしたん?」
夜田「いやぁ〜、そりゃぁ〜、まぁ〜。
ろっ、、」
四天王「ろっ、、?!」
キャッシュで買える金額ではなく、ローンを組んだため、かなり苦しいらしい。
生活費を切り詰めているそうだ。
四天王「夜田ってそんなに車好きやったっけ?」
夜田「いや、車のことは全然知らんよ。ほぼペーパードライバーやし」
それならなぜそんな高級車を?
夜田「餅々さんのためにも、やっぱり安全な車がいいなと思って。先輩に聞いたらボルボが一番安全って聞いたから」
そうと決めたら、それしか目に留まらない。
夜田「ドカーンと衝撃があったとしても、構造上こうでこうだから、、」
とにかく人の安全が守られるということを次々に解説する。
慣れない運転に四苦八苦しながらも、餅々さんを色んな場所に連れて行っているらしい。
駐車するにも車幅がかなりあるため、ぶつけそうになっているのを見かねて、見知らぬおっちゃんが「オーライオーライ」と誘導してくれたらしい。
車種とドライバーの運転技術が乖離しすぎている。
おとなしく軽にでもしていれば、小回りがきくので駐めやすくて安全だったが、ボルボは大きいので、初心者には危険だ。
安全性を求めたがゆえに、安全性を損なっている。
さっきからずっと高級車の話ばかり聞かされているが、夜田からは自慢や嫌味は一切感じない。
我々は旧知の仲であるし、夜田の人柄もあるのだろう。
夜田「それでさ〜、うちは注文と同時にローンの審査を通したから、その時点でクーリングオフが出来ひんようになってて」
クーリングオフ。
四天王「ちょっと待って、夜田。何でクーリングオフの話が出てくる?」
四天王「クーリングオフしたかったん?買ったこと後悔してるやん」
ディーラーで試乗し、車種を決め、注文する際、一覧表を見せられたそう。
シリーズの中でもバージョン違いなどで数台ラインナップがあるが、在庫や入荷状況が異なる。
一覧表にはそれぞれの車に英数字が記されている。
尋ねると「当方の管理番号のようなものなのでお気になさらないでください」とのこと。
いずれもランダムな英数字だったが、一覧表の一番上に記載された車には「LOVE」との記載があった。
よく分からないスペックを比較するよりも、直感を大事にする夜田は「ラブ!可愛い名前。これにします」と即決した。
家に帰って調べてみると、契約したのは最高級ランクの車。
少しバージョンが違えば、1〜2割安いお値段のものもあったのだ。
慌てて問い合わせた夜田は、非情にもクーリングオフ不可の宣告を受けた。
夜田「そら、ディーラーからしたらLOVEやんな。最高級ランクの車なんやから」
他人事だからとケラケラ笑う四天王たち。
四天王「わたし、人生の中でクーリングオフしたいと思ったことないわ」
四天王「わたしもないわ〜」
四天王「さすが夜田やな」
夜田から自慢や嫌味を一切感じなかったのは当然だ。
自慢する気はなかったからだ。
自分がした選択が正しかったと自分自身に思い込ませるために、さっきから必死にボルボの話ばかりしている。
夜田が組んだのは残価設定ローン。
ローン終了時にボルボを返却するか、残価を支払ってボルボを買い取るか、新しいボルボに乗り換えるか、選択を迫られる。
3年後、もっと高級なクラスに乗り換えて、新たなボルボ話を聞かせてほしい。
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さて、次回の #クセスゴエッセイ は
「一心不乱のホットサンド」
をお届けします
お楽しみに〜
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