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おれの誕生日に、おれたちは地下水脈となって、明日に流れていく思想になる

今年中に読書社会に本を投じることを決意した十人の人々への手紙
読書社会に本を投じる十人の人々をサポートする百人の人々への手紙

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 水野がマンションから飛び下りて、すでに八年の月日がたっている。麗奈は水野のことなどきれいに忘れ去っていると思っていた。しかし村松が麗奈に会って、クラス会を開きたいと伝えると、彼女はこう言った。
「ああ、それいいね。あの先生にすごくいじめられてさ、すごいトラウマになってるから。あの先生に言いたいことがいっぱいあるのよ。そのクラス会で、あの先生を吊し上げようよ。いい気になって、いまは校長なんてやってるけど、あんたに傷つけられた子供がいっぱいいるんだよってさ」
 村松は麗奈の家もまた早朝から張り込む。彼女が外出すると、どこまでも執拗に尾行していく。そうした張り込みと尾行で、彼女の生活のサイクルというものをすでにつかんでいた。麗奈は慶応大学に通っていた。午前中はまじめな大学生の生活だった。毎朝、日吉にあるキャンパスに登校して履修した授業を受ける。しかし午後になると都心に出かけていく。そこから彼女の行動は、ひどく怪しいものになる。青山に出没するかと思うと、音羽にある護国寺を見下ろすマンションに出入りしたりする。そして夜になると、赤坂か六本木界隈を徘徊する。

 そんなときの彼女はいつも男と一緒だった。それも若い男ではなく、いかにも金回りのよさそうな、脂ぎった中年の男たちだった。ときには六十を越えたような男の腕に、手をまわして歩いていたりする。そしてその男と外車に乗って、何処かに立ち去っていった。そんな彼女の生活をのぞくとき、この女の全身がすでに骨の髄まで腐っているのだと思った。
 彼女はすでに中学生のときから、援助交際をしているという噂が、村松の耳にも入っていた。健康食品の会社を創業した麗奈の父親は、毎年高額納税者の番付にその名前が載るほどだった。等々力に広大な敷地を購入して、ラブホテルのような豪邸をたてている。彼女の家には金があり余っているというのに、援助交際をはやくも中学生のときからはじめていたのである。

 畠山を呼んで、彼の思想を告げたカラオケ・ボックスが気に入った村松は、麗奈もまたそこに呼び出した。麗奈は村松を警戒していない。麗奈も村松がストーカーとなって、執拗に尾行していることを知っていた。しかし彼女は、何かそのことを楽しんでいるかのようだった。おそらくそういうことに慣れているのだ。彼女に夢中になった何人もの男たちに、もっと悪質なストーカー行為をされてきたのだろう。そういう男たちから比べたら村松のストーカー行為は可愛く、礼儀正しく、安全だと思っているのかもしれない。
 二人は同級生らしい会話を弾ませていたが、彼女にも思想を伝え、彼の計画を予告しなければならない。脇腹に吊したホルダーから拳銃を抜き出した。すると麗奈は手を叩いて、
「何よ、それって、あんたおかしいよ」と言って笑い転げた。
「そんなにおかしい?」
「おかしいよ」
「こいつはモデルガンじゃないんだ。LAで買ってきた本物だよ」

 麗奈の顔面にリヴォルバーを突きつけても、その笑いは止まらない。何か爆笑コメディを見ているといった笑い方だった。椅子をけりつけると、麗奈は床に転がった。その麗奈にのしかかり、彼女の両手を膝で押さえつけ、銃口を口に差し込もうとした。
「こいを喰わえろよ。喰えてみろよ」
 銃口が麗奈の口をこじあけようとする。彼女はそのときはじめて、この男の異常さに気づいたようだ。彼女の目に恐怖の色が宿っていた。
「止めてよ、止めて!」
「喰わえろ、喰わえこめよ。こんなもの喰わえこむなんて、吉岡にはわけないことだろう。男をたっぷりと喰えこんできたんだ。喰わえこまなければ、こいつでお前の鼻を叩きつぶす!」

 ついに銃口が彼女の口をこじあけ、その銃身がすっぽりと女の口のなかに差しこまれた。そのとき村松に不思議議な、まったく思いもよらぬ現象が起こった。ぞくりとするばかりの性欲が噴き上げてきて、彼のペニスが勃起したのだ。
 村松の性は複雑だった。どんな刺激的なポルノビデオをみても勃起しない。そんな歪んだ性を矯正しようと、何度かへルスショップやソープランドに通ってみた。女たちは面白そうに彼の性を立たそうとした。しかし女たちの懸命な努力にも、ついに彼の性は立つことはなかった。そんな女の一人が村松をいたわるように言ったものだ。
(最近、あんたみたいな男って多いのよね、ママに小さい頃からしゃぶられて育ってさ、ママじゃなければ立たないって男がさ)

 その性が立っているのだ。彼はそのことに衝撃をうけてたじろいでいた。しかしそんなことでたじろいではならなかった。彼が麗奈に放つのは精液ではなく、彼の思想だった。
「おれが開くクラス会は、吉岡の頭を吹き飛ばすことだ。おれの誕生日は十月十六日だよ。その日にお前も生命を閉じる。もうお前はたっぷりと腐敗している。いまだに援助交際やってるんだろう。お前もまたこれ以上生きていく必要がないんだ。要するに、おれたちは選ばれた人間なんだよ。おれたちは地下水脈となって、明日に流れていく思想になる。それしかおれたちが存在する意味はないんだ」
 村松は予行演習の引き金を引いた。

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