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おにぎりはただのしょっぱいご飯じゃない

※文学フリマ東京38に際しまして、noteで皆さんに当出店者を知ってもらうために「文学フリマ東京38の暇つぶしにどうぞ」として公開していました。
表のタイトルは上に変えましたが内容は変わっていません。

文学フリマ参加者の皆さんの中には、当日、簡単に食べられるのでおにぎりを食べている方も結構いらっしゃるのではと思います。という訳で、おにぎりで文章を一つ。よければどこかの暇つぶしに読んでね。


 「ただのしょっぱいご飯じゃないのよ、おにぎりは」



祖母は私によくおにぎりを握ってくれた。と言っても、最初からおにぎりで出てくるわけではなくて、大体朝食のお茶碗によそったご飯を私が残そうとしていると、祖母が「おにんこにすっか?」と聞いてきて、私はいつも、うん、というので、お茶碗の残りのご飯を使って、小さい塩むすびを作ってくれるのである。
私は必ずそれを食べた。客観的にはおいしい時もあったしおいしくない時もあった。祖母は手に塩をつけてそれで握ってくれるのだけど、ご飯が少ないのに、塩はたくさんつけて、おにぎりが塩でじょりじょりの時もあった。でも私がおにぎりを食べている時、祖母に「うめぇか?」と聞かれると必ず頷いていた気がする。その頃のことはもうぼんやりとしか思い出せないのだけれど、おにぎりおいしい!って元気に頷いていたというより、何か祖母のその場を埋め尽くすかのような大きな愛の重さによって自然私の首は縦に揺れたような気もする。今思うとああいうのを胸いっぱいって言うんだろう。なぜだかあの時のじょりじょりのおにぎりは素直に「しょっぱーい」とは言わせない力があった。分かる人には分かると思うのだが、別に怖くて「しょっぱーい」と言えなかった訳ではない。でも、あの時の私の感情をじゃあなんだとははっきりと言えない。ただ言えることは、私は確かにその時祖母から何かを享受していたと思う。
祖母のことを思い出すと、この喉を塞ぐような胸に迫る感覚を今も感じる。そして、とても懐かしく思う。祖母はもう30年近く前に亡くなってしまったけれど、この感覚は、祖母がいなくなってからも私の胸の中に残って、愛がもたらす作用の一つとして、私の記憶に残り続けている。今でも私はこの感覚が恋しい。「しょっぱい」愛だな、と思うけれど。
思うにある種の大きすぎる愛は、側(はた)からみると「しょっぱい」愛だと思う。おいしいご飯を毎日作る愛なら見映えもして、他人からも羨ましがられるだろうけれど、しょっぱいおにぎりはややもすると笑い話だ。でも、当人だった私からすれば、それは大きな愛なのだ。母じゃなくて、祖母が作ってくれたしょっぱいおにぎり。
大人になっていろいろあって、いろんな人を第三者の視点で見ていると、もっと素直に喜べる愛だけを感じて、しあわせに浸かりきっていられたらよかったと思うことがある。この手の懐かしさを疎ましく思うことがある。この懐かしさは大抵目に見えるしあわせとは遠いところに存在している。
不器用な愛なんて陳腐な言葉、その影に怠惰が見え隠れしていることがあって蹴り飛ばしてやりたいと思うことが何度もある。でも不思議と、この祖母のしょっぱいおにぎりは、本当に祖母の愛だったと思う。それは、このおにぎりの記憶を、私がしあわせな思い出として思い出せるからなのかもしれない。そして私も、また祖母を愛していたからなんだろう。
目に見えるしあわせとは遠いところにもちゃんと存在して人を生かしてくれるこの愛は、どこからやってきて、どうやって人をしあわせにしてくれるのか分からない。その答えを人間が出してはいけない気がする。
あるってことが、こんなにも希望で、こんなにも絶望なものはないって書こうと思ったけど、まあそんな矛盾はこの世界にたくさん存在しているか。まあ「しょっぱい」愛はそんなものの一つだと思う。探して見つかるものじゃないけれど、どこかにはきっとあると思うと生きていける。
おにぎりなら自分でも握れるしね。自分で握ってもちゃんとおいしいしね。
因みに私はおにぎりの握り方を誰にも教わらなかったけど、NHKの教育テレビ、今で言うEテレの番組で「ひとりでできるもん!」という番組があってそれを見てちゃんと三角のおにぎりを作れるようになった。(歳がバレる)愛ってのはいろんな形で、いろんな場所にあるものだ。
それにしても、祖母を思い出したら、涙が出るほどやっぱり会いたくてたまらなくなった。涙が出るほどっていうのは比喩じゃない。本当にいくらでも涙が出る。今、祖母はこの世界のどこにもいないけれど、祖母の愛は確かに、私の中に祖母への愛として、残っている。それはちょっとしょっぱくて、やっぱりしあわせなことだ。


文学フリマ東京38(2024/5/19)では当日第一展示場Eー09におります。
よければ遊びに来てください。
以下にも情報が載ってます。

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