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「唯一の存在」を作ることにこだわる。商品にかかわる多くの人たちが誇りと喜びを感じるデザインを。 ―— 牛島デザイン 牛島 志津子さんインタビュー

箔を使いパッケージを創作するクリエイターのまなざしから、箔の魅力や新たな表現、デザインを生み出す源泉に迫るインタビュー企画。
 
今回、登場してくださるのは、牛島 志津子さんです。1980年から2017年まで、サントリー株式会社 デザイン部において、「サントリーウーロン茶」、「サントリーウイスキー響」、「ザ・プレミアム・モルツ」など日本で誰もが目にしたことのある、サントリーを代表する飲料のパッケージデザインを制作されました。インハウスデザイナーだからこそ作り出すことができるパッケージデザインの魅力、そして独立後の地域に根ざしたデザイン制作の面白さについて、お話しいただきました。

牛島 志津子 さま/1957年、長野県生まれ。1980年に京都市立芸術大学卒業後、サントリー株式会社デザイン室に勤務。JPDAの活動にも積極的に参加し、表現の幅を広げる。2014年-2022年 公益社団法人 日本パッケージデザイン協会理事。2017年、 サントリー株式会社を退社。山梨県北杜市に牛島デザインを設立。


他にはない魅力を発見して表現する。デザインのスタートは、商品のルーツを知ることから

ーこれまでで一番印象に残っているパッケージはなんですか?

サントリー株式会社に入社して2年目に携わった「サントリー烏龍茶」です。私と新入社員とのふたりでデザインを担当しました。

1981年発売当初の烏龍茶

1980年代当時は、中国との交流が少なく「烏龍茶」が中国のお茶という認識があまり無く、また、お茶を缶やペットボトルで販売することが珍しい時代でした。そんな時代にパッケージデザインを通して、烏龍茶を知らない人、はじめて飲む人に中国の烏龍茶が受け入れられ、次第にサントリーの烏龍茶として定着しました。ブランドが成長し、確立していくことが嬉しかったのを覚えています。

ーパッケージをデザインする際、大切にしていることはなんですか?

まずはその商品の中身や佇まい、商品自体が「何者であるか」を表現することです。商品のルーツを深く遡ってみることで、商品の立ち位置、他にはない魅力が見えてきます。事前に商品の原点を知っておかないと、デザインを作ることはできませんから。
 
「サントリー烏龍茶」の場合、烏龍茶が中国にルーツを持つという認識が世の中に浸透していなかったので、まず中国のお茶であることを伝えたいと思っていました。
 
ルーツを遡っていく中で、中国を起源として日本文化に古くから影響を与えてきた「漢詩をパッケージに入れたい!」というアイデアに辿り着いたんです。また「烏龍茶」と漢字表記にしたことで、世界観を示すことができました。

そして、「他にない記号性を持つ」デザインにすることも心がけています。ひと目見るだけで商品がどういうものなのか認識できるような、アイコンやマークをデザインしたいですね。

「烏龍茶」では、味わいや健康に良いという機能性を表現するために、中身の味が伝わるような色使いを工夫しました。そのカラーと製品名を入れた短冊、中国の唐草模様が、商品のコアな価値を記号化しています。
 
その記号性に触れると、特定のジャンルを思い出すことができる。そんなデザインが市場を広げていきますし、そこには、「作り出したデザインの強さ」があります。


ブランドが長く時を刻んでいくために、「唯一の存在になること」が、パッケージに物語を生み出す

もう一つ記憶に強く残っている商品が、「サントリーウイスキー響」です。「響」は創業90周年を記念して1989年に誕生しました。デザイン制作を始めた当初から退職まで、ブランドを担当者としてリニューアルに関わり続けた印象深い仕事になりました。

1989年発売当初の響

ーブランドを作っていく上で、大切にしていることはなんですか?

そのブランドを魅力的にしっかりと世の中に残すために、「唯一のものを作っていくこと」そして「そのために何をするべきか」ということを常に意識しています。
 
どんな商品にも、一番最初に作ろうとしたオーナーがいます。どうして、この商品を作ろうと思ったのか。販売や生産を担当する人は何を考えていたのか、ということに立ち返ると、日本にはなかったウイスキーという文化を、日本で作ろうとする意思が「響」にはあることが見えてきます。
 
デザイナーだけで考えるのではなく、過去にそのブランドを作ってきた人の意見を聞き、現在携わっている自分たちがやっていることを共有するんです。時間はかかりますが、そのやり取り、過去と現在との行き来を繰り返すことで、商品に物語が生まれ、ブランドに芯ができていきます。
 
そして、私たちが立っているこの場所から、ブランドが未来に続いていくことを理解すると、自分たちも物語をつくる一員となることができるんです。
 
「響」は、他にはないストーリーを持つ「唯一の存在」となり、「響」に関わるあらゆる方が、自分の仕事を誇りに思える商品になりました。売れるから売るというのではなく、商品やデザインに含まれているストーリーを愛しているから売りたくなるのです。いいブランドが作れたなと思いますね。

2017年の響ラインナップ

ー歴史ある商品をリニューアルする際には、どんなことを心がけていますか?

時代の流れの中で、リブランディングするタイミングは必ずやってくるものです。
 
ブランドとして顔が知られている商品のリニューアルでは、ブランドのイメージを壊すことなく新たなステージに向かって行く必要があります。
 
そこで、一番大事なのは、ブランドの今の姿を適切に見極めることです。以前、「響」が、海外の消費者にどう見えているのかを調査したことがありました。
 
すると、ウイスキーだとは認識されていても、「響」という名前も、ブランドの姿も全く伝わっていないことが見えてきたんです。
 
日本でできた最高峰のウィスキーである「サントリーウイスキー響」という立ち位置をしっかりと印象づけるようなデザインがしたい。その立ち位置をしっかりと伝えていけるように、ロゴタイプやデザインを考案していきました。
 
どのブランドでも、何年かに一度、原点から見直します。そして、商品のリニューアルに関わる社員・関係者みんなで長い時間をかけて、ブランドの歴史とこれからたどるべき道を共有することが、長く愛されるブランドを作る上で大事なんじゃないかと思います。
 

箔は紙の質感を活かし、そこはかとなく侘び寂びを感じさせるもの

ーどのようなシーンを表現したいときに箔を活用しますか?

蒔絵の世界は金箔がすごくきれいですよね。ワインの頒布会「日本の伝統美コース」のデザインでは、箔を何種類も使ってラベルに蒔絵の世界を表現することで、頒布会の良さである季節感とうまくリンクしました。
 
そして、友禅を取り入れたラベルを作った時は、カラフルな色の中に、ほんの少し金箔を入れ、ホットスタンプを使うことで奥行きや華やかさといった魅力を出しました。

ワイン頒布会 1991年「日本の伝統美コース」
1992年発売「日本風情のワイン達コース」

蒔絵や友禅などの伝統工芸は、日常生活であまり使われなくなりましたよね。それをラベルに落とし込み、手元にお届けし、伝統の世界を身近に感じてもらうことができました。古来から続く世界観を現代につないでいく仕事には、文化的に重要な意味があると思っています。

ーこの箔が好きだな、という「推し箔」はありますか?

「響」のパッケージにも使用した、スミ箔のような「黒く光沢のある箔」は、そこはかとなく侘び寂びを感じさせる佇まいを備えていて好きですね。金箔も綺麗でいいのですが、パッケージのマットな紙質に、黒の光沢のある箔押しが奥行きを生み出しています。

2010年響17年 意匠ボトル「四季花鳥」

また「響」は和紙のラベルにこだわり、和紙の質感をできるだけ残しながら格調高いラベルにするために、エンボスの出る箔のホットスタンプなどの印刷技術を駆使しています。

箔は、和紙や洋紙の色合いや紙質にあったものを使用することで、奥ゆかしさや品質感を表現することができます。通常の印刷で出せないものを生み出す可能性が豊富にあると感じますね。


多様な声を大切に「唯一のもの」をデザインし続けたい

ー長年勤められていたサントリーを退社後、牛島デザイン設立。企業から独立した環境で見える景色は変わりましたか?

環境は変わりましたが、デザイナーとしての考え方は、変わらない気がしています。以前から、実際に生産に関わっている人、マーケッターやオーナー、お客さまなど、商品に関わる様々な人の話を聞くことを大切にしてきました。
 
はじめから「絶対にこのパッケージがいい。イチオシ!」とデザインが決まることはありません。私たちデザイナーの表現したものの中から、そのブランドに関わる様々な方たちがブランドの方向性に合ったものを見出し、引っ張り上げてくれることで、だんだんと精度が上がり、エッジの効いたパッケージに仕上がっていくのだと感じています。
 
独立後は、家族経営のお店や中小企業の方々と一緒に、企業にいた時には経験したことのない関わり方で、楽しくデザインの仕事をしています。
 
現在関わっているのは、信玄餅の老舗、金精軒のデザインです。受け継がれてきたブランドの価値や歴史を、現代に合わせて小さくしてしまうのではなく、「歴史のある建物がとても貴重で、魅力的です」とお話ししながら、建物のアイコンを新たに作り、パッケージにしっかりと入れました。金精軒のみなさまの意見を丁寧に聞きながら取り入れ、パッケージをリニューアルしています。

2022年 金精軒「生信玄餅」


―これから、パッケージデザインはどんな風に変化すると思いますか?

私が企業に入社したころは、発想を大切にしてくれる人たちに囲まれていたので、自由に、時にはとんでもないことを考えながら、たくさんのブランドデザインを展開し実現するチャンスをいただきました。時には経験のあるデザイナーの上司が「これ面白そうだね」とアイデアの中でキラキラ光っている部分を拾いあげ、魅力を広げてくださいました。

今、企業のデザイナーに求められることは、コンセプトメイキングやブランディング。それらも、とても大事なことなのですが、自由な発想から出てくる「とんでもないもの」や「見たことがない」ものを発想できる場所を、若い人たちに作ってあげることができたらと思います。

そして、日本の製品は、今後さらにグローバルに打ち出してゆく伸びしろを持っていると感じます。日本の精神性を探り、魅力を意識してブランドを作っていく中で、パッケージデザインもさらに広がりを持つことができるのではないでしょうか。
 
デザイナーとしてその芽をきっちりと見極め、「唯一のもの」を表現することにこだわっていきたいですね。


ーー
牛島さんのお話の中で、「デザインをする上で大切にしていることのひとつとして、その商品のことがひと目で分かる、商品のコアな価値を他にはない『記号性』を持たせることで表現する」というところがとても印象に残っています。箔は、『記号性』を持たせる際の表現方法の一部にもなっているんだなぁ、とちょっと嬉しくなりました。
パッケージに込められたデザインの本質を、今回お聞きすることができました。貴重なお話をありがとうございました!


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