「プロの読者」の目で編集する。豊かさが日常にいっぱいあったらいいなと思うから — グラフィック社代表取締役社長 津田 淳子さんインタビュー
こんにちは。クルツジャパンのタナカです。
箔を使い創作するクリエイターのまなざしが捉える、箔の魅力や新たな表現、そしてデザインを生み出す源泉に迫るインタビュー企画。今回は、グラフィック社代表取締役社長、『デザインのひきだし』編集長の津田 淳子さんにお話を伺います。編集術と仕事への向き合い方、津田さんが考える紙の書籍や箔の持つ可能性について深堀りします。
「自分で全部やる=良い本になる」とは限らない
ー 現在、『デザインのひきだし』の編集にはどのように関わっていますか?
2024年6月にグラフィック社の代表に就任し、『デザインのひきだし』の編集長も続けています。企画や特集をどう進めるかは、全部私の脳内会議で決めていますね。
その際、「こういう方針でまずリサーチしよう」という骨組みは決めるんですけど、一人でリサーチするのは無理なので、信頼しているフリーランスの編集にもお願いしています。
その後は、リサーチした内容を元に「じゃあ、ここをより深掘りをお願いします!」と私から再度伝えます。ほかにも、取材は外部のライターさんにお願いするなど、作業はいろんな方に頼んでいます。
自分で100%やり切りたい気持ちは当然あるんですけど、以前いた会社で、本の骨子を決めた上で任せられるところを別の方にお願いしたら、想像以上に良いものができあがったことがありました。
「そうか。人にお願いすることで成果が上がる企画は任せたほうがいいんだ」、「自分で全部やること=すべて良い本になる」というわけではないと20代の後半で気づいたんです。
ただし一番核になる部分は、やっぱり自分でやりたいんですよね。そこを押さえて、認識を共有できる人に「この部分をお願いします」という風にすると、さらにいい誌面が生まれると思います。
ー 『デザインのひきだし』の編集でこだわっているポイントは何ですか?
本自体が印刷サンプルになるようにと思って作っています。紙や印刷加工を写真に撮って本にしても良さは伝わらないので、サンプルを挟み込んで読者の方々にお届けするしか方法がないと思ったんです。
「とにかく、みんな一緒に使おう!」と、製造元や印刷会社の連絡先も必ず載せるようにしています。素材や機械メーカーがなくなると、未来の人たちは、動かない機械を博物館で見るだけになってしまいます。一度途絶えたものを復活させるのって至難の業だと思うんです。
それから、広告はひとつも入っていません。本当に紹介したいと思ったもの以外を載せるのは、『デザインのひきだし』に関しては得策ではないし、読者の信頼感が下がってしまうと思っています。あくまでもいいものを紹介したい、読者に嘘をつくのは良くないという気持ちが強いので。
グラフィック社に入社して企画書を出したとき、当時の代表が「そういうのは、ばーんとやってみたらいいんだよ」と言ってオッケーしてくれたんです。「1万部ぐらい刷って、どんどーんとやるんだよ」といきなり部数も増やしてくれて。創刊以来、ありがたいことにずっと採算分岐点を超え、作り続けることができています。
ー 現在の編集とくらし、時間の使い方を教えてください。
代表取締役になってから、以前とは時間の使い方は変わりましたが、今でも仕事の時間の半分は編集にあてています。勤務後は、20時までに夫と一緒にご飯を食べると決めているので、19時前には会社を出ます。
仕事をしているのは年間250日くらいです。仕事以外にも、人とご飯を食べに行くのも大好きだし、家で本を読む時間も大切にしています。それに、基本的に8時間ぐらいしか集中力も持たなくて効率も落ちるので、働くのは長くても9時~18時の9時間が限度です。時間の制約なしに「いくらでも残業できるな」と思うと、昼間に集中できなくなるので。
きっちりお尻の時間を決めて、そこまでに「グワッとやるぞ」っていうのが、自分に合っていると気づいてからは、いかに効率良く仕事をするかを追求するようになりました。割と小さいことでも効率化するのが好きですね。
キラキラしたホログラム箔もいい! 箔はたのしさや豊かさを増幅させる
ー 箔や箔押しに出会ったタイミングは、どのようなときですか?
20代のころ、東野 圭吾さんの小説『白夜行』が出版されて、神保町の書店にたくさん積まれていたんです。黄色のカバーに、タイトルが白箔のゴシックで入っていたのを鮮明に覚えています。
働き出したころは年収の半分を書店に費やすくらい、本を読むのが好きでした。ブックデザインが気になって、ジャケ買いすることもよくあって。『白夜行』も、ジャケットに惹かれたんです。だから金銀の箔よりも前に、私が意識したのは白箔でした。「同じ白でも、箔が押してあるものと印刷とは大分違うんだ」って思ったのが、最初の印象ですね。
ー 『デザインのひきだし』で箔の特集をすることに至ったのはなぜですか?
「ピカピカしているものってみんな好きだよね」と思うんです。最初に勤めた編集プロダクションでは、「箔押しは特別なときに使うキラキラしたものなんだ」って、先輩たちを見て感じていました。
前職の出版社では、自分でも加工会社にお願いして雑誌の記念号に箔押しをしてもらうことがあったんですが、当時は箔の情報がネット上にもあまりなくて、知識を得るのがなかなか大変でした。印刷会社の人に聞いても、そんなに詳しく教えてはくれなくて。なので「うちの会社の雑誌と、他社の本に押してある金色とは違うな。何でこの色なんだろう」とか、基本的なこともよく分かっていませんでした。
グラフィック社に入社し『デザインのひきだし』を企画して目指したのは、加工や素材について知らなければ使うことも難しい、そういった使いたい人と、印刷加工現場をつなぐ細いかもしれないですが『道』になることです。本を読んで、ちょっとでも加工に詳しくなったり、問い合わせ先に電話して聞くことができれば、デザインの可能性が広がると思ったんです。
箔のことを調べれば調べるほど、金と銀以外にも、光沢のない金やホログラム箔もあるなどと分かってきて、「じゃあそれをもっと知りたいし、知らせたいから特集にしよう」と特集することにしました。
ー この箔が好きだな、使ってみたいなという「推し箔」はありますか?
断トツに、ホログラム箔ですね。印刷加工を抑えて素朴にしたいときもあるんですが「キラキラしたホログラム箔もいいじゃん!」と、ここ1、2年はとにかく気に入っています。タイミングが合えば、絶対に使おうと思っています。
ー 『箔』、『箔・加飾』の魅力はどこにあると感じていますか?
箔があることで「すごくきれい、この画集自体がいいもので楽しい」と豊かさを増幅してくれるものだと感じます。
ヒグチユウコさんの画集には、書店フェアを開催していただき、そこで箔押しした特典カードをプレゼントしました。箔に詳しくない人でも、「よく見ると銀の印刷じゃないぞ!」と発見があって、「これ素敵だな。もらって嬉しい。ちょっと飾っておこう」と感じられると、豊かさがすごく生まれると思います。
景気が悪いなど厳しい話を聞くことも多いんですけど、もうちょっと余裕を持って生活できるように寄与していきたいと願いながら、本を作っています。
紙の本の良さを活かす編集は、泥臭く経験値を増やすことから
ー 書籍の変化をどのように感じていらっしゃいますか?
コンテンツとしての情報を得るだけが目的の場合は、デジタル媒体でもいいと思っています。私も、漫画や文学を電子書籍で読むこともよくあります。だけど、紙の良さっていうのがやっぱりあって、それを享受したいときは紙の本を買います。
特に画集は、著者や制作している側が「この色で見せたいんだ」と考えたものが、紙の上に固定できるんですよね。でも、電子書籍をモニターで見ると、「あなたのiPhoneと私のMac、あのデジタルサイネージでは、全然色が違う」といったことが起こります。
それにモニターはRGBの三原色だけで表現されているから、たとえば銀の金属感も結局は錯覚で脳がそう捉えているだけ。実際に光の反射によって目に飛び込んでくる金属感とは、受け取り方が違います。
紙の本でも、オフセット印刷されている写真を観て「この写真、網点で構成されているんだな」なんて、誰も思わないはずです。だけど、網点ではなく実際にインキを混ぜて刷っているグラデーションを見たときに網点が有る・ないという差を実感し、「網点って人の目に、無意識にもこんなに見えているんだ」と感じたことがあったんですね。
無意識のうちに人の目は網点も拾っているし、「金色に見えている表現」と「本物の金色を表現したもの」との差も高性能で拾っています。だから、紙媒体がアドバンテージを持つものはたくさんあると思うんです。
紙の本の良さは、質感や装飾、素材感があることです。その機能が活きる場合は、今後も紙媒体の方が絶対に強いと思いますね。
ー 編集者に今、どのような力が求められていると思いますか?
コンテンツ力は、紙の本にも電子書籍にも必要になります。その上で、紙媒体にするかどうかを判断するためには、印刷物のストロングポイントを知っておく必要があると思うんですよね。
受け取り手に伝わるよう、印刷の良さを一番よく活かすには、知識と経験は欠かせません。頭で想像しても、実際に印刷会社や加工会社に頼んでみると「印象が違ったな。物理的に想像どおりにはいかないんだな」と分かることもあります。私も未だに、色校を見て変更することや、逆に「こうなるの面白いな。想定と違うけどこれでいこう」というシーンも多いので。
少し時間はかかるんですけど、一個ずつやってみることを繰り返してデータや経験値を積んでいく。そういう泥臭い方法しかないんじゃないかなと思います。
私はよく自分の名刺でいろんな加工を試すんです。経験値を増やすために、チャンスがあれば、どんどん個人的にでもいろいろなものを作ったり、オフセットの印刷会社に頼んで刷ってもらったりしています。
「プロの読者の目」が、読み手の印象を左右する印刷・紙・加工をつきつめて。「印刷眼」が面白さを見出す
ー 書籍の制作、編集をする上で大切にしていることは何ですか?
実用書に関しては、とことん役立ててくれる本を作って世に送り出すことですね。読むよりも使ってほしいと思っているんです。「仕事がひとつ解決して楽になる。趣味ができて楽しいな」など、買ってくださった方の役に立つにはどうすればいいのかを常に考えています。
すごく難しいんですけど、本を作る側として常に読み手の立場に立つ「素人のプロ」でありたいんです。
たとえば読んでくださる方の立場に立つと、参照先のページのノンブル(ページ番号)があると便利だなと感じることもあって。手間がかかる作業なので一瞬、面倒くさくなるんですけど、そんなときも「やるか」と決心して取りかかる感じですね。
あとは、例えばアプリケーションの使い方の手順を紹介するにしても、「このスクリーンショットと説明でストレスなく最後まで作業できるかな」と考えてみます。操作法を知らなかったころの自分を読者に見立てて、初心を忘れないようにしています。
ー 編集者として情報をどのようにインプットしていますか?
取材で人に会ったり、お話を伺ったりは日常的にしていますが、仕事以外でインプットになっているのは、友だちと喋ることぐらいです。意識的にどこかに勉強に行くことはできていないんですよね。「これは絶対に行かねば!」と思う展覧会の最終日5分前に滑り込むタイプなので。
生まれてからこれまで13本しか映画を見ていないし、持っているCDも1枚だけです。のめり込むところと、そうじゃないところがかなり偏っているんです。
ただ、印刷や紙、加工にすごく興味があることはずっと変わりません。「印刷眼」と私は呼んでいるんですけど、目にするものを印刷の視点から見つめて「ここ面白いな」と日常的に発見し続けています。
ー 今後、チャレンジしていきたいことは何ですか?
私自身は「紙の本だからこそ、こういうことができるんだ」というものを作るのが、楽しいし面白いですね。『デザインのひきだし』だけじゃなくて、画集にしてもレシピ本にしても、紙の本ならではの良さを活かして、世界観のあるものを作っていく。グラフィック社としてもそこが一番の強みだと思っています。
もちろん電子書籍もやるんですけれど、今後も紙で作る本をメインにして、私たちが作れる一番いいものは何だろうと考えていきたいですね。
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箔の魅力についてお話いただいた中で、「パーっと華やかな方が楽しいですよね✨」、とキラキラした目でおっしゃっていた津田さん。目にするものを印刷の視点から見つめて追及していく、津田さんの『印刷眼』から紡ぎだされる特集、この先も楽しみにしております。
貴重なお時間、お話をありがとうございました!
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