見出し画像

【創作大賞2024応募作恋愛小説部門】リスト (7)

7.

<平成二十六年十月上旬>

 このところの木下家について一頻ひとしきり。

「どう? 調査は進んでる? ほら例のお義母さんの初恋の相手は分かった?」
 大輔は夕食をりながら、亜希子に尋ねた。亜由美はさっさと食べ終わって部屋に戻っている。中間テストが近いのだそうだ。
「もう、父には冗談でもそんなこと言わないでよね。あの人、まったく融通の利かない人なんだから」
「分かってるよ。でも最初にそう言い出したのは、お前だぞ。初恋の人かもって。お前だって気になってるんだろう?」

 亜希子が嫌な顔をしても一向に意に介さない様子に、それ以上言っても無駄だと悟った。亜希子は、精一が夫を苦手にしているのを知っている。それなのに、よく結婚を許してくれたものだと、今更ながらに不思議に思う。

「木村妙子さんは、空振りだった。でも山下浩三さんから、杉本隆さんの小学校の同級生だった人を紹介してもらって、色々あったけど十月十八日に会うことになってるわ」
「お義父さん、ドタキャンしたんだって?」
「ほんと、自分勝手なんだから」
「そうかも知れないが、昔気質かたぎで、義理堅いんだよ。俺、そんなお義父さん、好きだよ」

「あなたが、そんなこと言うなんて珍しいわね」
 亜希子の頬が緩む。
「私ももらおうかな」
 亜希子はビールをもう一本取り出した。

-------------------------

 亜由美にはこの頃気になっていることがあった。父と母のことである。
 ――今日こそ、聞いてみよう。
 亜由美が塾から戻るや否や、夕食の準備をしていた亜希子を捕まえた。
「ねえ、この頃、二人でこそこそ何か話しているでしょう?」
「そんなことないわよ」
「ウソ。私の顔見ると、途端に話、止めるじゃない」
「そうだった。そんなことないと思うけど。気になる?」
「うん。気になる、気になる。教えて」
「だめ、大人同士の話よ」

-------------------------

 帰宅した大輔を迎えながら、
「お母さんのこと、亜由美に内緒で話してるの、気になっているみたい」
「そろそろ亜由美にも、教えておいた方がいいんじゃないか?」
「そうね。極力私が付いて行くけど、どうしても都合がつかない時もあるしね。その時は亜由美にも手伝ってもらわなくちゃいけないしね」

-------------------------

 亜希子は塾から帰宅した亜由美を捕まえた。
「ねぇ、亜由美。ちょっと大人の話があるんだけど……」
「大人の話? 何?」
 亜由美は警戒する
「この間、私達がこそこそ話してるって言ってたじゃない。あのことよ」
「それで……」

「実はね、おばあちゃんが亡くなって一ヶ月ほどして、ある人から手紙が届いたの。おばあちゃん宛てに。どうもおばあちゃん、男の人を捜していたみたいなの」
「……」
「それで、おばあちゃんの願いを叶えたいと思って、おばあちゃんの手帳に書いてあった人達に会って話を聞いているの。ここまでは、いい?」
「うん」

「それに亜由美も協力してほしいの。土日のどちらかでいいから。ねっ、お願い」
「何で?」
「ほら、おじいいちゃん、あんなかおでしょう」
「亜由美のお友達だって、最初は怖がっていたじゃない。おじいちゃんもそのことは自覚していて、初対面の人はとても苦手なのよ。すごく緊張するらしいの。そうなると尚更顔がこわばって、より怖い印象を与えてしまうの」

 亜由美は、友人の千景が初めて祖父を見た時のことを思い出して、笑った。
「でもね、これから先、おじいちゃんは色んな人と会わなきゃならないの。その時に一緒に付いていってほしいのよ。私や亜由美が一緒だと、相手も少しは安心するでしょう。基本、私が付いていくつもりだけど、夜勤や当直もあるし」
「……」

「ほら、スマートフォンがほしいって言ってたわね。おばあちゃんのお下がりのガラケーじゃなくて。ここで点数稼いでおくと、願いが早く叶うかもよ」
「そんなあ。ずるいよ」
「それに、おじいちゃんから、お小遣いをもらえるかもよ」
「本当?」
 この一言が決め手になった。

「分かった。私、やる」
「じゃあ、これ見て」
 亜希子は美枝子の手帳から書き写したリストを広げた。亜由美はその中にあった杉本隆の名前に思わず小さく声を上げた。
「どうかしたの?」
「ううん、何でもない」
――これがお祖母ちゃんが言ってた「そのうち」ね。
「おばあちゃんは、どうもこの杉本隆って人を捜していたみたいなの」
「……」

亜由美は動揺を悟られないよう、黙ってうなづいた。
「多分もっとちゃんとしたリストを残すつもりだったと思うんだけど、事故で亡くなったでしょう。だから中途半端なままなの。だからその手掛かりを捜している所なのよ」

-------------------------

 亜由美は部屋に戻って、祖母から預かった封書を眺めていた。そこに足音が聞こえて来たので、亜由美は慌てて封書を机に引き出しに仕舞い込み教科書を広げた。
「亜由美、ちょっといい?」
「どうぞ」
「ふーん、勉強していたんだ」
「そうよ。悪い」
「悪くはないわよ。勉強は学生の本分だから、しっかりやって下さい。それはそうとね……」
「何?」

「あなた、杉本隆って名前に心当たりがあるんじゃないの? おばあちゃんから何か聞いていない?」
 こういう時の母の勘はばかにできない。亜由美はどきっとしたが、祖母との約束を思い出してしらばくれることにした。
「そんなの、あるわけないじゃない。おじいちゃんやお母さんも知らないのに」
 ふーん。母が亜由美の顔をじっと見る。
「何よ」

「あなたが、急にやる気を出したから。何かあるのかなって勘ぐったのよ」
「それは、おじいちゃんも早くすっきりしたいだろうし、私だってテスト勉強もあるから、いつまでもだらだら付き合ってられないからよ」
「そう。それならいいけど。でもね、おじいちゃん、あれで結構勘が鋭いのよ。おじいちゃんと二人きりの時は、ぼろを出さないように注意してね」
「ぼろって何よ?」
 亜希子はそれに答えず、「じゃあね、頼んだわよ」と笑って部屋を出て行った。

 数日後。
 精一宛から亜希子に電話があった。
「俺だ。石井さんから電話があった。十八日はどうしても断れない仕事が入って、十九日に変更してほしいそうだ。承知しておいた」
「えーっ。私、その日は夜勤が入っているから、一緒に行けないわよ」
「いいよ。俺一人で会うから」
「待って。亜由美に頼んでみるかわ。あの子は、あれでしっかりしているから」
「いいよ。あいつは苦手だ」


 十九日の朝。
 七時前に、亜由美が玄関から精一を呼ぶ。
「おじいちゃん、行くよ」
「お前は来なくていいよ」
 精一は亜由美を無視して一人で出掛けようとする。

「まだ、分かってないな」
 亜由美は精一の腕を取って引き留め、バックから手鏡を取り出して顔の前に突き出した。精一は思わずのけぞる。
「何だ」
「おじいちゃん、そのサングラス、外して」
 精一は、何だか分からないが亜由美には逆らえない。

「おじいちゃん、その傷、気にしてサングラスで隠そうとしてるんだろうけど、逆効果だからね。そうでなくても、おじいちゃんの顔って、いかついの。みんな怖がっちゃうよ。だから私が一緒に行った方がいいよ」
 もうわかってないんだから。亜由美はため息を吐きながら、
「ほらまた、そんなしかめっ面。すごく人相が悪くなるからね。私たちは慣れてるからいいけど、知らない人だったら、びびっちゃうよ」

 気にしていることを面と向かって指摘されると、精一も少なからず傷つく。
「お前と一緒だと、俺が誘拐犯か何かに間違われないか」
「もう止めてよ、そんな面白くも無い冗談。そこまで卑下しなくてもいいわよ。さあ、行こ」
 亜由美さっさと歩いて行く。後を追う精一の足取りは重かった。


 待ち合わせの喫茶店で二人が待っていると、少し遅れて石井雅子が現れた。
「すみません。出掛けに会社から電話がありまして……」
「大丈夫だったんですか?」
「はい。ただの確認だけの電話でしたから」
 精一は挨拶の後、亜由美を紹介した。一緒に来た理由は、亜由美が説明してくれたので、精一は気が楽だった。

 石井雅子は、何せ退屈な田舎のことですからと前置きして、
「当時は、立て続けに二人も転校して行ったから、事実がどうと言うより、とにかく面白おかしく話の種にされていたみたいです。私達の耳に入るのは、そんな尾ひれがいっぱい付いた噂話だけでした。先日、山下先生の仏前では、大野美枝子さんの実家が事業に失敗したから、連帯保証人だった杉本君の父親も破産したって聞いてた人が多かったですね。その反対だって言う人もいて……。でも結局誰も本当の所は分からなかったみたいです」

 更に大野美枝子さんが美枝子さんだと思うと石井雅子が言う。
「はい。それは私も戸籍謄本で確認しました」
 実際は美枝子の母親が再婚したので、結婚前は高松姓を名乗っていた。

「山下先生のクラスに杉本君と美枝子さんがいたのは確かです。しかし、もう三十年以上前の話です。誰も杉本君の下の名前を思い出せませんでしたが、お尋ねの杉本隆という人は、この杉本君で間違いないのではないでしょうか。しかも二学期の半ばに転校して卒業アルバムにも載っていないので、写真といってもこれしかありません。お力になれなくて、本当にすみません」

 差し出された写真を見る。遠足でのスナップらしい。少しピンボケで、坊主頭の少年が笑っている。これでは顔が小さすぎて参考にならないと思ったが、精一はお礼を述べて預からせてもらうことにした。

 これで山下浩三から杉本隆を追うという線はなくなった。

 十月末のこと。一旦は途切れたと諦めていた線が繋がった。

 木村妙子から手紙が届いた。
『あの後、当時の日誌を見返していたら、気になる項目を見つけた。交通事故で入院した患者のことを聞きに来た女性がいた。受付では断られたが、妙子が引き留めて世間話をした。彼女は自分の連絡先を書いたメモを置いていった。そのメモは美枝子に渡した。
 三十年以上経って、美枝子さんが私の名を出した理由はそれぐらいしか思いつかない。メモの内容は分からない。美枝子さんが持っているはずだから捜してみてはどうか』
 とつづられていた。

「お父さん、メモだって。手帳に入ってる?」
 メモは直ぐに見つかった。手帳カバーの差し込みに挟んであった。
 そこには『小塚奈津美 04**ー**-****』とある。
「小塚奈津美ってリストにあった人よ。この女性が、お父さんを探しに来た人みたいね」

 電話番号に掛けてみると、現在は使われていないことがわかった。
「もう三十年も前だもの、無理ないわね」
 亜希子は肩を落とすが、亜由美は諦めない。
「川崎の局番ね。もしかしたら川崎私立図書館に旧い電話帳があるかも」
 何せスマホが掛かっている。

「明日、図書館に行くわよ」
 この頃、亜由美がいやに積極的た。亜由美は中間テストを終えて、自己採点でまあまあの手応えを感じていた。
 ――ここで更にポイントを稼いでおけば、スマホがぐっと近づくわね。
 亜由美の皮算用に振り回される精一は、渋い顔をしている。


 次の日。
 二人は川崎市立図書館を訪れた。そこには、横浜市・川崎市の昭和六十一年版職業別電話番号簿と昭和六十二年版五十音別電話番号簿が収蔵されていた。
 精一は分厚い冊子を見て、
「この中から番号を頼りに探すのか……」
 と深いため息を吐いた。だが亜由美は、
「三十年前でしょう。若い女性が個人で電話を引いているとは思えないわ。多分あの電話はアパートの管理人のものよ」
 と楽観的だ。本当か。精一の顔が期待で綻ぶ。
「でも私の勘が外れたら、おじいちゃんの言うように力業ちからわざになるわね」
 亜由美はあっけらかんと言う。精一がにらむが、亜由美は意に介さない様子だ。
 
 アパート・マンションのページを探すこと、小一時間。
「あったぞーっ」
「しーっ。静かに。ここは図書館よ」
「ほら、ここだ」
 メゾン・トキワという名前だった。川崎市多摩区**。亜由美はその住所を手帳に控える。
「次、この住所に行くわよ」
「少し、休ませろ」


 その場所にはコンビニが建っていた。
「私に任せて」
 亜由美は缶コーヒーを買いながら、若い店員に、
「ここにメゾン・トキワというアパートがあったはずなんですが、ご存じありませんか?」
 と尋ねてみた。彼は「さあ」と首をひねる。

「どなたか知ってそうな方、いらっしゃいませんか?」
 亜由美が食い下がると、彼は奥に向かって「店長!」と叫んだ。
 すると年配の、精一と同年代と思われる男性が顔を出した。今度は精一が経緯いきさつを説明して先程の質問を繰り返した。
「事情は分かりました。コンビニにする前はアパートでしたから、多分父に聞けば分かると思います。ちょと待ってもらえますか。確認を取ってみます」
 了解が得られたと、店長は父親の住所を教えてくれた。

 二人は店長の父親を訪ねた。
「私も年だから、そろそろ処分しようと、片付け始めていたんですよ。終活と言うんですか」
 彼はそう笑った。数日後には破棄される運命だった当時の入居記録が、奇跡的に残っていた。
 美枝子の執念が導いてたみたいで、精一は背筋がぞくっとした。

 彼は個人情報だからと一旦は断ったが、
「おじいちゃん思いのお嬢ちゃんに免じて、教えてあげるとしますか」
 呉々も悪用だけはしないで下さいよと念押ししながら、小塚奈津美の実家の住所と電話番号を教えてくれた。それは山形のものだった。

「明るくて気持ちの優しい、良い娘さんでしたよ。それがある時から沈みがちになって。そうでしたか、あなたがねえ……。人生、何が起こるか分からんものですね」
 帰り際、「田舎に帰って、親が勧める縁談を受けると言ってたましたよ」と更に思い出してくれた。

「私が付いて行ったから、あのお爺さんも安心した教えてくれたのよ。おじいちゃんだけだったら、絶対無理だったわ。私のお陰だからね」
 亜由美はやたらと恩着せがましい。

 帰宅後、精一は教えてもらった奈津美の実家に電話を入れた。
 これまでの経緯を説明し小塚奈津美と会いたい旨伝えた。電話に出た人は、奈津美の義姉だった。彼女は、本人に確認して折り返すと応えた。
 十数分後、返信があり、十一月十一日に山形の実家を訪問する約束を取り付けた。


 ただ今回は一度も杉本隆の名前が出ていない。この訪問は徒労に終わるかも知れないが、リストに小塚奈津美の名前があった以上通らなくてはならない道筋だと、精一は思った。

<続く>


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

よろしければサポートお願いします。また読んで頂けるよう、引き続き頑張ります。