見出し画像

カフェで聞く光る男の話

noteでの発表をきっかけに小説家デビューしたコスモ・オナン(稲田万里)さん。その経歴はデザイナー、占い師、スナックのママなど多種多様。3月に2本のエッセイを公開します。今回は目映まばゆいほどの「開放的な恋」をつづってくれました。この光に彩りを添えるのは、イラストレーターの小林ランさんです。

21歳、上京2年目の学生時代。
東京の暮らしにも慣れ、どんどん昔の自分を超えることに快感を得ていた頃、猛烈に好きな男がいた。その人に恋をした。一人暮らしの最高さ、誰も見張ってない、全く新しい自分になれる権利を得たようで開放的に恋をした。

出会いは渋谷109の前。ナンパした人だ。実のところ、ナンパするのはこれが初めてではない。この時の私はナンパすることが楽しくて仕方なかった。断られても、はい次という調子でゲーム性を感じていた。

そしていつもどおり、ピンと来た人に声をかけることにした。その日はどしゃ降りの雨で、109の入り口で携帯も触らず門番のようにジッとして流れる景色を見つめながら雨宿りをしている男を見つけた。彼の傘の持ち手はゴツゴツした木で出来ていた。若者が持つ傘ではない。背負ってるリュックもどこで売ってるのか分からないくらい渋い。そしてボロい。それでも駆け引きが通用しなさそうな真面目な顔に惹かれた。その男の他にもたくさん人はいたけれど、みんな伏し目がちで携帯を触っていてどうしようもない。

「雨すごいっすね。お兄さん、こんなに人がいる中で、なんか光って見えました!」と、怪しく声をかけたら堅物そうな門番は笑ってくれた。笑うこと、出来たんだ。ナンパは無事成功し、私がいつも行っている好きなカフェに連れて行った。

昔から、大事な話は家でしないようにしている。
それは恋愛の時もそうで、大事な話を大事な相手と密室で行うことに息苦しさを感じる。そんな時、カフェはうってつけの場所だ。コーヒーを2人分頼んで、雨が上がったばかりの湿度が高いテラス席に座り、目の前の流れる景色を見ながら、言葉を吐き出そう。人と話をする時、必ずしも目は合わせなくていいと私は思っている。

そこは正論のない、ラフな会話がはぐくまれる場所だ。

「ここ、よく来るんですか? 俺、渋谷のカフェって、初めて来ました」と言う彼に「そう。コーヒーって、人に淹れてもらうと美味しく感じるんですよ」と教えた。
ナンパって、マッチングアプリよりも友人の紹介よりも相手の情報がない恋愛のはじめ方なんだけれど、一気に運命的になる感じが好き。ナンパされるのを待つよりも、小粋にナンパした方が脳内に花が咲く。脳内でもなんでもお花畑って、自分で苗を植えるところからはじめなきゃ。SNSを見て他者の意見に流されそうになる中で、かなり本能を使ってる気がする。恋愛は賭け要素強めでいきたい。

「さっきの俺が光って見えた、ってナンパの仕方なんなの?」
「なんだろう、光ってた気がしたんですよ。あと笑うとどんな顔なんだろうと、気になったのもあります」
「オーラみたいなやつ? 確かに、笑顔には自信あるから。一昨日、北海道から東京に出てきたばかりなんだけど、東京っていろんな人がいるね。ナンパされるなんて、俺、思ってなかったよ。ボーッと雨がやむのを待っていたし。東京の人はやばいな」
「いや、私は福岡人なんすよ」
「東京人じゃないの?」
「東京って、いろんなところから集まってるんですよ」
「まじか、いま、かなり俺の東京像が揺らいできている」
「揺らぎもたまには必要ですよ」
「“1/fゆらぎ”以外にも、いい揺らぎあるんだな」
この男に声をかけてよかった。テンポのいい会話が続いていくうちに、コーヒーは2杯目にうつった。熱々のスープを飲む時よりも、急いでひと口目を飲みたい。美味うまいと熱いが同時にくる感じ、って癖になる。カップが温かいうちに、両手で覆ってこの熱さを移していくのも好き。

「大人になったな〜と思った瞬間って、あった?」
彼が私に質問した。
「え、分かんないです。あなたは?」
「今かもしれない。縁もゆかりもない人と、なぜかこうやってくつろいで話しているし。俺の今までの人生の、固定された人間関係の輪から、がっつり出ている。こういうことって、交通事故みたいな確率じゃない?」
「そりゃ大袈裟おおげさじゃないですか。あなたみたいな人はこれからも色んな人に声かけられて、好かれていきますよ」
お世辞じゃなく、本当にそう思った。
「だといいな。これから新生活だし」

気づけば、1時間半が過ぎていた。彼の田舎のこと。実家で飼っている懐かない犬のこと。昨日、浅草寺で大凶を引いたこと。東京の就職先を適当に選んでしまったこと。誰も知り合いがいない街で、働きながらうまく生活できるか不安なこと。

「今日はこの辺で」
彼は使い古しているほつれたリュックを背負って、立ち上がった。
私も立ち上がり、店を一緒に出た。

「それ、なんすか」
彼のリュックについた御守りを指差した。
「あ、これ。上京前に地元の、北海道の友達がくれたんだ」
「友達。あなたと離れて寂しいでしょうね」
「そんなしめっぽく言わないでよ。俺の東京はここからなんだから」
「そうでした」

別れ際、笑顔でLINEのQRコードを見せてきた彼に、すぐにこたえた。ナンパしたのは私だし、かっこつけて色々と東京を教えようとしたのに、なんだか彼の方がしっかりしている。

「また連絡しますね。突然のナンパにこたえてもらってありがとうございます」
「東京の耐性ついたわ。これからなにも怖くない、多分」

それから、我々は、定期的にカフェで顔を合わせた。コーヒーを飲もうぜ、という軽やかな誘いのメッセージをやりとりし、彼があたらしく経験している東京の話を、東京のカフェで聞いた。

これまでもカフェではじまり、カフェで終わる恋愛を、いくつかしてきた。
彼との時間がずっと続けばいいな。両手で包んだカップの温かさを何度も感じた。まだこの手のぬくもりは、冷めるまで、時間がかかった。


光って見えた彼はちゃんとした人だった



【エッセイ】
コスモ・オナン(稲田万里) https://lit.link/cosmoonan
福岡県生まれ。占い師、作家。2022年10月、note連載より書籍化した短編集『全部を賭けない恋がはじまれば』で小説家デビュー。デザイン学校卒業後、デザイナー、不動産会社、編集プロダクションなどに勤務し、スナックのママも経験する。不思議なものと巨大なものに惹かれやすい。好きな食べ物はじゃがいもとラム肉。

【イラスト】
小林ラン https://www.ranwonder.net
神奈川県横浜市生まれ。広告制作会社のグラフィックデザイナー等を経てイラストレーターへ。書籍装画から企業広告まで幅広く手がける。イラストレーションの専門誌における誌上コンペ「ザ・チョイス」に、2019年に2度入賞。かわいいゲームとビール、怪談と神話が好物。


Supported by くるくるカンカン

この記事が参加している募集

私のコーヒー時間

忘れられない恋物語