『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第7話 ハムスター・ザ・シャーマン
『ハム。またの名をイルハム。彼こそは、数奇なる運命をたどる地上最強――いや、宇宙最強の孤高の戦士――』
カナダの景色に浸るのもつかの間、蒼仁のPCで勝手に映画『ハムハム物語』が始まってしまった。二時間ものの映画だったら困る。
「うざいナレーションいらないから、どうしても見せたいなら二倍速にして。俺、スマホで塾の宿題やってるから」
『倍速で映画流しながらスマホいじるとかッ! いまどきの若者みたいなことをッ!』
「塾の配信授業もいつも一・五倍速だから、慣れてるんだよ」
『くすん、わかりましたぁ……』
観念したように、画面が早送りでキュルキュル進んでゆく。どうやら本当に二時間映画だったらしい。
早送りが止まると、そこに映るは短い体毛を海風にたなびかせたハムだった。
ちなみにこのハム、頭の毛が丸くハゲてる。ハゲの上にも等しく、冷たい潮風がそよいでゆく。
『はるか遠き昔――まだ、人類が自然の一部として地上に産声を上げたころ――なんちゃって、ちょっと盛りました。はるか遠くない、つい一年ほど前の話です。
僕、今でこそこんなプリティなハムハムをやってますが、実は人間だったんです。しかも、地球をどうにかできるほどの、史上最強の能力者でした』
「さっきから最強最強って……俺、別にラノベとか好きなわけじゃないからね?」
『ラノベ受けしたくて最強言ってるんじゃないですぅ!
重力と反重力を自在に操る――すみません、また盛りました。自在じゃなくて、操れたり操れなかったりでした。とにかく、年を取るにつれてただでさえ怪しかった最強能力の制御が、ますます効かなくなってきまして。このままでは大切な地球が滅んでしまう……そう思って、自分が何をすべきか、答えを探すために旅に出たんです。
山越え谷越え、七つの海を越えて、気がつくと極北のどこかの山にいました。白い頂の上、美しいオーロラが僕を迎え入れるように七色に光り輝いていました――』
モニターでは、本当にオーロラが七色にブレイクアップしている。
本物かCGかわからないが、この美しさと迫力には息をのまざるを得ない。
『そこで僕は、この地球に生きる魂と死せる魂、すべてのものたちの鼓動を感じました。
知ってますか? オーロラの向こうには、死せる魂が暮らす場所があって、ときどきオーロラを通ってこの地上に現れることがあるんです。
命の神秘に感動している僕の耳に、あらゆる精霊を統べる大いなる精霊、「グレート・スピリット」の声が届きました。
かの大精霊は、そのものに相応しい姿へと変化させる力を持つ、と言われています。その声に耳を傾けるうちに、僕は、自分の体が急激に変化してゆくのを感じました……。
要するに、人間だった僕は、大精霊の力で、ハムスターに変化したのです!』
ジャジャーン! と音楽が鳴り響き、モニターでは、人間が光に包まれてハムスターへと変化する、感動的だかコミカルだかわからないCG映像が展開されている。
蒼仁の計算アプリのノルマが終わった。次は漢字熟語アプリだ。
『僕は大精霊から授かったこの姿こそ、僕に与えられた使命を遂げるに相応しい姿だと感じました――あ、ハムスターなのは、名前がイルハムで、ハムハム呼ばれることが多かったからです、たぶん。
僕はこの姿になってから、生き物たちの声を、精霊たちの意志を聞いたり感じたりできるようになりました。制御が難しかった僕の最強能力も、やっと落ち着きを取り戻しました。
僕は、最強能力者から精霊の声を聞く者、すなわちシャーマンへと覚醒したのです! どうぞ遠慮なく、『ハム・ザ・シャーマン』とお呼びくださいぃ!』
またまたジャジャーン!
何やら仰々しい、腰ミノとマントをずるずる引きずってハゲ頭に鹿の角をはやした「ハム・ザ・仮装大賞」がモニターでふんぞり返っている。ハムが考えるシャーマン像はこんなものらしい。
そのマントのすみっこに、ぴょこぴょこと可愛らしい白い仔狼が出てきた。
蒼仁のことわざアプリの回答にも熱が入る。
『シェディスちゃんも同じです! 彼女は大精霊の力で狼犬から人の姿へと変化しました。僕は大精霊の声に従い、彼女が人らしく生きるための手助けをしているんです。人間の作法――特に食事と、は、排せつを教えたのは僕の功績ですっ! だって、日本まで来て狼流でやられたら大変でしょっ?』
「……なんで」
地理学習アプリのノルマを終わらせた蒼仁が、ようやくスマホから顔を上げた。
「なんで、シェディスは日本へ?」
『僕の話、ちゃんと聞いててくれたんですねぇ! よかったあぁぁ』
感激のあまり滂沱したシャーマンが、自身の涙でできた海に溺れかけた。
◇ ◇ ◇
『ヒッヒッフゥー、生身じゃないのに死にかけました。シェディスちゃんは、ズバリきみを助けるために来たんです!』
「俺を? まさか、あの狼から……」
『オーロラの向こう、あらゆる精霊たちが行き着く場所を、人々は「煌界」と呼んでいます。狼たちは、そこから来ました。霊狼と呼ばれるものたちです』
「霊狼……」
『なぜ霊狼の群れが蒼仁くんを狙うのかは、まだはっきりしていません。おそらく、きみが得た特殊能力に関係があると思われます。氷と光から、シェディスちゃんの武器を生成したでしょ? あれですよ、あれ』
蒼仁の脳裏に、切り裂かれそうなほどの鋭さを持つ氷、視界を奪うほどのまぶしさを放つ光のイメージがよみがえる。
あのときは無我夢中だった。あまりに多くの情報が一気に降りてきて、生成した武器を手に取る自分が自分じゃないような気がした。
何か、中二病的なセリフまで吐いた気がする。
(『天空』の狼! 煌の空への道を示せ!)
思い出してしまったーー。
なぜあんなセリフを吐いたのか。羞恥にさいなまれ、思わず額に手を当てると、ハムが『ひゃあぁ』と声を上げた。
『十一時過ぎちゃいました! お子様はもう寝る時間です! 調子に乗ってしゃべりまくってすみませぇん!』
「別に、いつもこのくらい起きてるし……」
『勉強熱心なのはいいですけど、まだお疲れみたいですので。もう寝た方がいいですよー。なんなら添い寝役を召喚します!』
すちゃっと細長い何かを取り出し、真っ赤な顔でフスー! と息を吹き込むハム。
数秒後、ドアが勢いよく叩かれ、開けるとモコモコパジャマのシェディスが召喚されていた。吹いたのは犬笛だったらしい。
「来たよー! アオト、一緒に寝るー?」
「いっ、いいっ! あ、いらないって意味! ひとりで寝るし!」
「じゃあ、アオトが寝るまでよしよししてあげるー」
頭をなでなでされてしまっては、もう勉強どころじゃないのでおとなしく寝るしかない。
観念した蒼仁を、「うりゃっ」とおなじみの馬鹿力でベッドに押し込み、自分も機嫌よくそばに座る。
見た目は静謐な印象の、雪のように白い肌。美少年にも見える美少女なのに、戦う姿はあんなにきりっと凛々しかったのに、こうして見るとぽやっとしたご家庭内ペットみたいだ。
「……シェディス」
布団をかけてもらいながら、蒼仁はそばにいるシェディスに語りかけた。
「覚えてる? カナダで、初めて逢ったときのこと」
「私が覚えてるのは、誰かがぎゅっと抱きしめて、助けてくれたこと。あとで、それがアオトだったってわかった。また逢えて、嬉しかったよ。だから、今度はいつでも私がアオトを抱きしめてあげるね!」
言いながら頬をすり寄せてくるので、慌てて寝返りして離れる。犬としてのくせだろうか。
背中を向けたまま、蒼仁の口から小さな言葉が漏れた。
「……僕のお父さんがどうなったかは、知ってる……?」
「ごめん、わからない……」
「じゃあ、ヴィティ……シェディスのお母さんは?」
「それも、わからない……」
「……そう」
まだまだ、わからないことばかりだ。
わかっているのは、明日もまた、わからないことがたくさん起きるだろうということ。
暖かい、優しい手が頭をぽんぽんしてくれる。
母のような、新しく姉ができたような、不思議な感覚。
シェディスの方がずっと年下なのに、まるで何年も前から知っているような、家族のような、安心できる場所。
心地良さを感じながら、蒼仁の意識は、すうっと静かに落ちていった。
***
画面の中のハム
『あ、カナダ生まれのシェディスちゃんが日本語を話せるのは、グレート・スピリットの大いなる力によるものです! 僕はちゃんと自力で日本語覚えましたけどねっ☆』
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