見出し画像

短編小説「にわとり」

 私たちは初め、十羽だった。それが一羽減り、また一羽減りした理由など、嘆くつもりは毛頭ない。なぜなら、私たちは家畜だった。与えられた配合餌を食べ、卵を産み、産まなくなればつぶされる——つまり、肉として人間の食べ物となる。それが家畜というものだ。しかし、そうではない場合も存在する——否、大抵の家畜はそうなるのだと、私は聞かされたことがある。彼女たちは養鶏場からの途中入舎組だった。そこでは古い家畜が定期的に燃やされるのだという。まだ卵が産めようが産めまいが、関係なくその時期はやってくる。廃鶏、そこで古い家畜はそう呼ばれ、あるとき突然いなくなる。そこには代わりに若い鶏がやってくる。若鶏は毎日きれいな卵を産む。古い家畜が産むような、殻の弱いものではなく、つるんと真っ白なきれいな卵を。家畜の価値はそこにある。毎日、きれいな卵を産むこと。だから、そうできなくなった、あるいはそうなりかけた廃鶏は用済みだというわけだろう。もちろん、彼女たちもその例外ではなかったのだが、どういうわけか私たちの主である人間の手に引き渡されたというわけだった。おそらく、肉にするために。

 もっとも彼女たちがそれらの事情を語ったのは、入舎から大分後のことだった。最初、彼女たちは口がきけないのじゃないかというくらい大人しく、鶏舎から黄色い足の先っぽすら出そうとしなかった。後々よく聞けば、それは孵ってこの方、鶏舎の外に出たことがなく、広くて明るい場所を恐ろしく感じていたからだった。養鶏場では自由に歩くことはおろか、枠にぎゅうぎゅうに詰められているために、彼女たちはそもそも歩くということをしたことがなかった。だから、私たちが鶏舎を出入りし、さらには太陽が顔を出す前から外をうろつくのを見て、頭がおかしいんじゃないかと戦慄さえしたそうだ。主に配合餌を与えてもらい、それをつついているというのに、まだ私たちが地面をつつくことも、初めは何を血迷っているのかと思ったのだという。食べられるもの、毒になるもの、食べられるが、食べるとお腹の調子が悪くなる長い虫、彼女たちはそのどれも判別できず、彼女たちが外に出られるようになると、私たちは手本を見せてやらねばならず、苦労した。

 しかし、その努力の甲斐あってか、結局は彼女たちも私たちと同じく、自由に外を歩き、草や虫をつつき、温かく乾いた土の上でうとうとすることを「幸せ」と呼ぶようになった。だから、その外への恐怖に怯えた日々は、彼女たちの貴重な時間をただ浪費しただけだと言っても過言ではなかった。入舎した当時からガリガリに痩せ細っていた彼女たちは、緑が枯れ、虫が地中深くに潜り込むようになると一羽、また一羽と、眠りから覚めなくなってしまったのだ。もちろん、私たちの主はそうなる前に彼女たちを肉にする予定だったのだろうが、暖かい時期にも彼女たちが肥らないので、時期を逃してしまったのだろう。そうして途中入舎組がすっかりいなくなってしまったとき、私は嫌でもこんなことを考えざるを得なかった——こうして覚めない眠りに落ちるのと、つぶされるのと、燃やされるのでは、一体何か違うのだろうか。

 私たちの主が私たちの中から一羽を選び、肉にするところを、私は何度も見たことがある。主はまず、丹念にその一羽の首をまさぐる。そうして何かを見つけたと思うと、そこにぴかりと光るものを差し込む。あっと、一瞬、その一羽は鳴く。それだけだ。主は頭を逆さまに桶に突っ込むと、しばらくそれを放っておく。それから再びやってきて羽をむしる。そのときには、一羽は肉になっている。自由に歩き回ることもなく、虫をつつくこともない、小さな肉の塊に。

 そう考えれば、覚めない眠りに落ちた彼女たちは、肉になることはなかったのだった。では一体、何になったのだろう。否、その塊は犬に与えられ、食われたので、それも肉になったと言うべきだろうか。では燃やされるのはどうだろう。話に聞いただけの私は、それがどんなふうなのか想像もつかないのだが、その想像はいつも私の気持ちを暗くすることになった。

 ともかく、彼女たちが犬の肉になった後も、私たちは主の肉となって一羽減り、また一羽減りながら、再び地中から虫が湧き出す季節を迎えた。そのとき、私たちは五羽になっていた。主は残った私たちに配合餌を与えようともしなかった。そもそも配合餌は卵を産むための餌だ。だから産まない私たちに啄ませても無駄ではあるし、私たちも草や虫を突っつく方が好きで、また生きるにはそれで十分だった。さらに言うなれば、主は鶏舎の扉を開けっぱなしにするようになったので、私たちは何も不自由がなかった。好きなときに好きなものをついばみ、土にお腹をくっつけて温まり、鶏舎からずいぶんと奥まで冒険をし、眠るときさえ外で眠ることさえあった。自由というものは、とても自由だった。そこに欠点があるとすれば——尻が汚れることだった。他の四羽の話ではない。あくまで私の話だ。思い当たるような毒や虫はつついていないというのに、配合餌をつつかなくなっただけでどうしたことか、私の糞は水分が増え、常に尻の羽毛を汚すようになった。まあ、しかし些細なことだ。私はそう思っていたし、他の四羽も同じだっただろう。けれど、それは結果的に間違いだった。草が伸び、虫が肥え出したころ、一羽が煙のように消えたのだ。

 彼女が消えた原因を、私たちが真面目に取り合うことなどもちろんなかった。何度でも言うが、私たちは家畜だ。最近は姿を見せない主が肉にしたのだろう——何か思ったとしてもそれくらいのものだった。しかし、異変は迫っていた。またしばらく後、一羽が消えた。土砂降りの日だった。私たちは少し不安になった。けれど、不安になったとしても、家畜の身ではどうすることもできなかった。否、そのとき初めて、私の頭に「私たちは自分たちがどうするべきなのか、ということを考えることすらできないのではないか」という考えが頭をよぎった。それはきっと大雨の中、縁側の下で身を寄せ合い、雨宿りしていた私たちの姿が、例の、入舎したばかりの彼女たちの姿と僅かながら重なったからだった。太陽の降り注ぐ鶏舎の外に出ようともせず、暗い隅っこで身を寄せ合い、震えていた彼女たち。家畜とは、まさに彼女たちのことだった。ぎゅうぎゅうの檻の中で配合餌で育ち、産み、燃やされるもの。私たちは家畜だったが、彼女たちの方がより家畜であることは間違いなかった。自分の足で歩くこともできず、虫をつつくこともできず、ましてや自由というものを知らない家畜。私たちはそれを笑ったけれど、私たちだって実は同じじゃないのか。彼女たちが自由をなくしていたように、配合餌をついばみ、鶏舎で暮らすうちに、私たちもまた何か大切なものをなくしてしまったんじゃないか。私たち自身では気づくことのできない、何かとても重要なものを。

 しかし、初めから無いものを探そうとしても無駄なだけだ。私はその考えをすぐに捨てた。その間も雨は降り続き、それはしばらく続いた。私たちはそのうち、雨の中を歩き、地面をつつくようになった。私の尻の汚れは落ちなかった。それは羽毛に固くこびりつき、その上に新たな糞が層を成した。黒い虫が常に私の周りを飛ぶようになり、その汚らしさが嫌われ、私は一羽で行動するようになっていた。だから気がつくのが遅れたのだろうか。ある日私は、私の他は一羽きり——とうとう二羽になっていることを知った。ああ、もう一羽の彼女はどこへ消えてしまったのだろう。雨のせいか、それとも水っぽい糞のせいか、暖かい時期だというのに私は痩せ、足もふらつくようになった。一羽、また一羽。次の一羽は私だろうか。私を燃やす養鶏場の人間はおらず、かといって肉にするはずの主はどこかへ行ってしまった。ならば、私は覚めない眠りに落ちるのか。そしてその後、犬に食われるのか。それとも、まだ他に道があるのか。消えてしまった彼女たちは、その道を歩んだのか。ならば、一羽きりの私はどうなってしまうのか。

 まどろむような思考を、そのとき警戒心が遮った。聞き慣れない音。私は首をもたげ、辺りを見回した。何か、いる。それも複数。心臓がぎゅっと掴まれたように、私は体中の羽毛が逆立ち、筋肉は強張った。動いちゃいけない。絶対にここから動いちゃいけない。

 こんな感覚は初めてのことだった。なぜ、どういう理由で私はこんな風に感じるのか。分からないまま、私は石のように動きを止めた。何かが草むらから近づいてくる。あの彼女たちを食べた犬よりも強烈な匂いが鼻をつき——それらは私の真横を風のように駆けていった。その後ろ姿を見て、私はようやく身震いをした。犬、ではない。枯れ草色の毛皮と大きな尻尾を持った獣が三頭。一頭は大きく、他の二頭は子供だ。あれが私たちを減らした原因だ——誰に教わらずとも、私にはそれが理解できた。と同時に、私は以前考えたことを思い出した。家畜である私たちがなくしてしまった大事なもの。それはこの初めての感覚に関係があるのではないか、そんな気がしたのだ。私のものではない、けれどけたたましい悲鳴が響き渡ったのはそのときだった。ばたばたと激しく羽ばたく音。喉が詰まったようなうめき声。ああ、そういうことか。震える足を無理矢理前に進め、そちらを覗くと、最後の一羽——私以外の一羽が獣に喉笛を噛みちぎられ、血と羽をまき散らしながら、狂ったように暴れていた。それをまるで楽しむかのように、獣たちは彼女を追いかけ、噛み、それを何度も何度も繰り返した。

 燃やされるのでもなく、主に肉にされるのでもなく、覚めない眠りに落ち、犬の肉になるのでもない道。それはこうして、いたぶられた末、獣の肉になることだったのだ。一羽、また一羽と消えた彼女たちのことを、私は思った。彼女たちもきっと、こうして獣の肉になった。そして最後の彼女も同じように、もうすぐ獣の肉となる。そうして獣の肉になることは、もしかしたら私たちがなくしてしまったもの——家畜ではない、鶏舎の外だけに存在する道なのかもしれない。

 私はその場にへたり込んだ。恐ろしさのためばかりではない、私はすでに立つこともできないほど弱っていたのだ。どうにも重たいまぶたを下から上へとゆっくり閉じると、覚めない眠りがすぐそこまで迫っていることすら感じられた。燃やされる道、主に肉にされる道、覚めない眠りから犬の肉になる道、そして獣にいたぶられ、その肉となる道。しかし、私が行こうとする道は、そのどれにも当てはまらないようだった。私が覚めない眠りに落ちても、主も犬も、あの獣たちも、私を肉にすることはない。

 安堵し、力が抜けると、肛門から水っぽい糞が滴った。私は笑った。なぜ、私がそんな道を歩むことになったのか、なぜ、獣たちは先に見つけた私をいたぶらなかったのか。それはこの幾重にも層になり、堆積した尻の糞のせいだと気づいたからだった。私たちが毒をついばまぬように、あの食べられてもお腹の調子を崩す長い虫を避けるように、私もまたあの獣たちに避けられ、肉にされることなく、その後も誰の腹を満たすことなく、草むらで腐りゆくのだろう。それは廃鶏として燃やされる道と似ているか。それとも——。

 いたぶられる彼女の悲鳴が、頭の中に聞こえている。主にも犬にも獣にも必要とされなかった、そんなもの悲しさが胸をつく。どうやら私の方が先に覚めない眠りにつくらしい——そう思うと、羽毛の中がもぞもぞとした。ブン、虫の羽音がやけに近い。その音は悲鳴を消して大きくなり、私の体を真っ黒い点描で包んでいく。ああそうか——そうなのか。最後の、精一杯の力でまぶたを開き、その様を目に映すと、私はゆっくりまぶたを閉じた。私は燃やされるわけではない。私の肉を求める彼女たちが、眠りを嗅ぎつけ、我先にと集まっている。私は一体どうなるのか——私はようやく知りたかったその答えを知ることができ、安堵した。すると、私を縛るものがなくなったかのように、全身の力がすうっと抜けた。同時に水っぽい糞がぬるりと落ち、地面の上に流れていった。

読んでいただき、ありがとうございました。
よかったら『スキ』も押していただけると嬉しいです。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?