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小説「走る、繋ぐ、生きる」第4話

【John @ Brooklyn NYC】

「じゃぁ、行ってきまーす。」

ジョンは、買ってもらったばかりの真新しいランニングシューズを履いて、階段を駆け下りた。
1つしかないエレベーターを待つより、階段を使った方が断然早いし、なんてったって、ランニングのいいトレーニングになる。

一人で、ゆっくりとジョグをしながら、プロスペクトパークに向かう。
ジョンは、13歳になり、ようやく、親の付き添いなしで、外出できるようになった。

今年のNYCマラソンも面白かった。先週末、応援した時のシーンが次々と頭の中に浮かんだ。

フランス人グループのエッフェル塔の仮装は、5人がかりの山車並の迫力だった。

アジア人中年男性が、ミニーちゃんの仮装で、サブスリーペースで爆走する姿には呆気にとられ、その後、家族で大笑いした。

でも、やっぱり、ジョンの心捉えるのは、盲人ランナーや、障害者ランナー達の奮闘ぶりであり、そして、それを支える伴走ランナー達だった。

去年のNYCマラソンの後、父親のジムは、ジョンの為に、伴走ランナーの事を調べ、障害者ランナーサポート団体アキレスの存在を知った。

アキレスに連絡を取り、ブルックリンのプロスペクトパークで、平日火曜日夕方と毎週土曜日の朝に、練習会が開催される情報を得たジムは、ジョンに聞いた。

「ジョン、NYCマラソンで伴走ランナーになりたいって言っていたけど、気持ちは変わらないか?」

真剣な顔で頷くジョンに、ジムは続けた。

「今週の土曜日の朝、アキレスの練習会見学してみるか? 伴走ランナーになる為には、まずはそれがどんなものかを知らないと始まらない。かっこいいから、やってみたい、ってだけで出来る役割じゃないかもしれないぞ。

そういうパパだって、盲人ランナーの伴走のこと、アキレスという存在があることを全く知らなかった。でも、知らないことは恥ずかしいことじゃない。
知らないからこそ、これから沢山の事を知り、覚え、成長できるんだ。ジョン、パパもジョンのお陰で、新しい知識を得て、世界が広がったよ。ありがとう、ジョン。これからも、ジョンを応援させてくれ。そして、一緒に成長していこう。」

あの日から、1年、ジョンはほぼ欠かさず、土曜日の練習会に参加した。
その間、彼は沢山の事を学んだ。最初、ペーサーとは、自分たちが行くべき方向に引っ張って行ってあげるものだと思っていた。

違う。ペーサーとは、ランナーに、本人が進むべき方向を知らせ、サポートする役目。ランナーは自分の脳で判断し、自分の脚で前に進む。ペーサーの言葉を信頼し、一歩を踏み出す。

それはものすごい勇気のいる事だ。ジョンは、盲人ランナーの気持ちを理解しようと、目隠しをして、ジムの誘導で走ってみようとした。

だけど、一歩を踏み出すのが怖い。身体のバランスがうまく取れない。歩くだけで精一杯だ。この状態で、26マイル(42.195キロ)を走るなんて、想像できない。

ジョンは、初めて知った。盲人ランナーのすごさと、そして、それを支える伴走ランナーの役目の重要さを。

僕は、まず、自分が信頼されるランナーにならないといけない。
どんなスピードにも対処できる為には、やっぱり速く、長く走れる様にならないといけない。でも、それだけじゃダメだ。信頼される為には、、、、良くわからない。でも、分かるのは、僕にはまだ、無理だってことだ。

「パパ、僕は、信頼される伴走ランナーになれるかな?」

練習会後、少し気弱になったジョンの問いに、ジムは答えた。

「ああ、もちろんなれるとも。ジョン、盲人ランナーたちも、最初から、走れるわけじゃないと思うよ。きっと、ちょっとづつ、勇気を育んだ結果だと思う。信頼も一緒だ。ちょっとづつ育むもんだ。一気に信頼を勝ち取るなんて無理な話さ。

ジョン、焦る必要なんてないんだ。相手の声に耳を傾け、自分ができる事をやればいいんだよ。それを続けていたら、気がついた時には、お前は誰よりも信頼される伴走ランナーになっているよ。」

パパは、僕を信頼してくれてる。ジムの言葉は、ジョンに自分を信じる強さを与えてくれた。

プロスペクトパークが見えてきた。
黄色いアキレスのTシャツを着て、白い杖をついている人が前を歩いている。
誰だろう? 見覚えがないな。新しい参加者かな?

公園の入り口の前に交差点がある。
ジョンは、彼に追いつこうと、スピードを上げた。


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