見出し画像

「未来のために」第6話


第6話 「伊折」


 コロニーに戻ると伊折は自分の部屋に閉じこもったままで、昼食の時間になっても食堂に来なかった。心配したレオはママに頼んでおにぎりを作ってもらい、それを持って伊折の部屋へ向かった。
「伊折? 入るよ」
 ドアをノックしてからレオは部屋の中に入った。ベッドで仰向けになって寝転がっている伊折の横に座った。
「お腹すいたでしょ? あとで食べてね」
 レオはおにぎりをテーブルの上に置いた。
 黙ったまま天井を見つめている伊折を見て、レオも伊折の隣に並ぶように寝転んだ。二人はしばらく天井を見つめていた。
「……ねえ伊折、もしかして弟がいた?」
 先に口を開いたのはレオだった。
「ああ……二人、いた。一人はお前と同じ歳で、下の弟はまだ十歳だった」
「ヴラドウィルスで?」
「うん」
 レオはそれ以上のことは聞こうとしなかった。また二人はしばらくの間、天井を見つめていた。
「悪かったなレオ。人それぞれ考え方も違うし恐がってるって言ったの俺なのにさ。あの子どもたちの将来を思うと、頭ではわかってるんだけどさ、ついカッとなって」
「うん」
 伊折は静かに話し出した。
「俺は……俺はダメな兄貴だったんだ。まともに学校にも行かず遊び歩いてさ。でも弟たちは違ったんだ。上の弟は頭もよくて、将来は医者になるって必死に勉強してた。下の弟は、じゃあ自分は動物のお医者さんになるとか言い出してさ。よく犬や猫を拾ってきてはお袋に怒られてたよ。はは、懐かしいな……」
 レオは横を向いて伊折の顔を見た。天井を見つめる伊折の目からは涙がこぼれていた。
「それでもあいつらは……兄貴、兄貴って、お兄ちゃん、って、いつもこんな俺のことを頼りにしてくれて……あいつらには夢も希望も、ちゃんとした未来もあったのに。なんであいつらが死んで、なんで何のとりえもない俺だけが生き残ってんだよっ……うっ」
 伊折は泣いていた。レオは起き上がってそんな伊折の頭を優しく撫でた。
「辛かったね伊折……でももう自分を責めないで」
 いつも明るくて元気な伊折が自分に見せた姿。伊折は今まで哀しみを押し殺して、生き残った自分に罰をあたえるかのように必死で明るく元気に振る舞っていたのかもしれない。そう感じたレオは泣いている伊折に優しく声をかけた。
「ねえ伊折? 伊折が生きていてくれてよかった。僕のことを見つけてくれて声をかけてくれてよかった。あの時、伊折に出会わなかったら僕はとっくに捕まって死んでいたと思う。本当に感謝してるよ。伊折、生きていてくれて、ありがとう」
「……うっ……ひっ……」
 伊折は声を出して泣いていた。本当はどれだけの悲しみを抱えていたのだろうか。今までたった一人で、泣くこともできなかったのかもしれない。
「もう一人じゃないよ?」
 レオはそう言ってから、ただ黙って伊折の隣に座っていた。
「……グスッ……」
 しばらくして鼻をすすりながら伊折がゆっくりと起き上がった。
「……あー、悪い。変なとこ見せちまったな」
 レオは伊折を見た。
「べつに変じゃないよ」
「ふっ」
 伊折は照れくさそうにして微笑んだ。
「あのさ、伊折にも夢があるじゃん。ここをいっぱいにして未来を作っていくって夢がさ。二人でその夢、叶えようよ」
「……ああ……そうだな……」
「未来は僕たちにかかってるんでしょ?」
「ふふ……ああ、そうだ」
 伊折は笑いながら両手で涙をふいてレオを見た。
「悪いな、レオ」
「あは、また伊折が謝った!」
「な、なんだよ」
「だっていつも伊折は強がってるでしょ? 今日は素直だなって思って。なんか嬉しいね」
「はあ? 強がってねえよ!」
「あははっ」
 レオが笑うと伊折も笑っていた。
「あー、なんか腹へったな」
「食堂行ってきなよ。僕が先にその辺を探索しておくからさ」
「おう。すぐ合流する」
「うん。じゃあ後でね」
「ああ」
 レオはベッドから出て部屋のドアを開けた。
「レオ、サンキューな」
 伊折がレオの背中に向かって言った。
「うん」
 レオは返事をすると、そのまま振り返らずに部屋を出た。



この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

私をサポートしてくださるかた、ぜひよろしくお願いいたします(//∇//) 🐆