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「未来のために」第5話


第5話 「ジン」


 ジンの後ろをついていく一行は、グレイスホテルの一階のレストランの中に入ると足をとめた。ちょうど朝食の時間だったらしく焼きたてのパンのいい香りがただよっていた。
「生存者はこれだけだ」
 ジンは振り向いて、立てた親指を後ろへと向けた。伊折とレオがジンの前に行きレストランを覗き込んだ。
 一つのテーブルに四人の人間が座っていた。大人が二人とまだ幼い子どもが二人だ。
「あの四人と俺たち三人。全部で七人だ。そっちは?」
「こっちも七人だ。教授とドクター、キッチンの夫婦、そして俺たち」
「クロスが二人も……か」
「ん? ああ」
 ジンはテーブルに座っている四人を見ていた。
「……悪いがそっちには行けないな」
「はぁ? なんでだよ。子どもがいるんだったらなおさら、医者がいた方が安心だろ?」
「それはそうだが、クロスと一緒にいるのはあまりにも危険すぎる。いずれドラクレア軍に見つかってしまう」
「なんだよ、俺たちのせいなのかよ」
「せっかく来てくれたのにすまない」
「いや、ちょっと待てよ。じゃあなんだ? 一生ここでこそこそと隠れて生きていくつもりかよ。子どもたちの夢も将来も何もナシかよ。ドラクレア軍が恐いなら皆で力をあわせて戦おうと思わねぇのかよオッサン」
 伊折は少し怒っているようだった。
「何も知らないくせに知ったような口をきくな」
 ジンも、そんな伊折に苛立っている様子だった。
「あの子らを見てみろ。あの子らの両親はドラクレア軍にさらわれたんだ。両親は目の前で殴られ痛めつけられてな。半年経ってようやくまともに食事ができるようになったばかりなんだ。それなのにまた危険な場所に連れていけって言うのか? また目の前で人がさらわれるところを見せろって言うのか? 俺にはそんな残酷なことはできない」
「はあ? 何勝手に決めつけてんだよ! 何で俺たちがさらわれるって勝手に思ってんだよ!」
 伊折はジンの胸ぐらをつかんだ。
「伊折! やめろよ……」
 レオは伊折の手を押さえた。
「じゃあお前たちはドラクレア軍の恐ろしさを知っているのか?」
 ジンが伊折に聞いた。
「んなもん知らねえよ! 知らねえけど少なくとも俺たちはこそこそ隠れて暮らす気はこれっぽっちもねえ!」
 レオは伊折の手をジンから引き離した。
「伊折、落ち着いて、ね?」
 伊折の前に立つと、レオはジンを見た。
「あの、ドラクレア軍の恐ろしさってどういうことですか?」
「……その様子じゃ本当に何も知らないみたいだな」
「人をさらったり、クロスの生き血を飲んでいるとしか」
「ああ、ドラクレア軍の隊長はそのせいで化け物になっちまったんだ。一度クロスの血を飲むとその血に飢えてしまう。次々と血が欲しくなって禁断症状が出る。クロスの血を大量に飲みまくってる隊長はとうとう見た目まですっかり変わっちまった」
「あの、ジンさんは見たのですか?」
「ああ、この目で見た。あれはもう人間ではなかった。痩せ細って髪の毛は無くなり目は真っ赤に充血して皮膚の色は青白いんだ。それが日中歩き回ってクロスを探しているんだぞ。お前たちがあいつに見つかるのも時間の問題だろうな」
 レオにはどこかジンが悲しんでいるように見えた。
「もしかして、ジンさんはその隊長とお知り合いなのですか?」
「……こうなる前、同じ陸軍であいつと俺はバディだった」
「そうでしたか」
「とにかく、あの四人くらいなら元陸軍の俺たち三人でなんとか守ってみせるさ。でも七人も増えてみろ。全員は守れなくなる。あの子たちを守るので精一杯になっちまう。誘ってもらったのはありがたいが、俺たちはここでひっそり身を隠しているよ」
「はぁ? オッサンいい加減カッコつけるのやめろよ! 誰が守れって言った? 誰もそんなこと頼んでねえよ! 俺たちは自分の身ぐらい自分で守れんだよ! まだわかんねえのか? ここで一生暮らすことなんてできないんだよ。だったら戦うしかないだろ! 戦って、未来のために進んでいくんだよ!」
「伊折、もういいよ、ね? 今日のところは帰ろう?」
 レオはまたジンに飛びかかろうとする伊折を押さえた。
「……クソッ」
 伊折は振り返り、レストランの壁を叩くと玄関ロビーの方へ歩き出した。
「すみません、お邪魔しました」
「いや……」
 レオはジンに頭を下げると急いで伊折のあとを追った。
 入り口の自動ドアの横にはさっき銃をかまえていた男の人がまだ立っていた。男の前を通りすぎようとした時だった。
「あの……」
 男が声をかけてきた。
「はい」
 レオは立ち止まり男を見た。
「これを」
 男がポケットから取り出したのは小型の無線機だった。レオはそれを受け取った。
「何かあった時にこれを押してもらえれば私の無線に繋がります。もちろんこちらからも連絡がとれます」
 レオは不思議そうな顔をして男を見つめた。
「リーダーは、ジンは本当にたくさん辛い想いをしてきたんです。多くの仲間を失いました」
 前を歩いていた伊折が振り向いて男を見た。
「そんなの誰だって同じじゃねえか!」
「ええ、それはもちろんわかってます。でもジンは……あいつはあまりにも多くのものを失った」
「ジンさんに、何があったのですか?」
 レオが聞くと男は悲しそうな顔をした。
「こんな世の中になってからバラバラになった私たちは一年前、ジンと再会しました。その時すでにあいつはボロボロでした。愛する家族を失って多くの仲間も失っていたのです。目の前で愛する家族が死んでいくのをただ黙って見ていることしかできなかった。一緒にいた仲間も次々に死んでいった。誰も助けてあげることができなかった。そして追い討ちをかけるように知ったドラクレア軍の隊長、ジンの親友です。自分の親友がクロスの血を飲み恐ろしい化け物になって、さらに人をさらっていた。最初はただの噂だと思っていましたが、私とジンは偶然その現場を見てしまったのです。夜に探索している時です。ドラクレア軍があるコロニーを襲っていました。奴らは生存者を見つけるや否や一人残らず無理矢理トラックに押し込みました。その中に一人、クロスがいたようでした。隊長であるマリウスはクロスの頭をつかみ、首もとに噛みつきました。そして血を吸っていたのです。あまりの光景にとっさにジンはマリウスの前に飛びだしました。こんなことはやめてくれと泣きながらマリウスに言いましたが、彼はもう昔のマリウスではありませんでした。ジンのことすらもわからなくなってしまっていたのです。そのすきに私たちは子どもを二人抱えて逃げました。それがあの子たちです。それからです。ただ必死にクロスの血を飲んでいる変わり果てたマリウスを見てからジンはさらに自分のことを責めるようになってしまったのです。また自分は目の前の人間を助けてあげられなかったと」
 伊折とレオとツバサはレストランのほうを見た。そこには小さな子どもたちと笑顔で話しをしている優しそうなジンの姿があった。
「ジンの気持ちは私にも少しだけわかります。もう目の前で人が死んだり苦しんだりしている姿を見たくないと。あ、あの、もしあの子たちが病気になったりケガをした時は連絡してもよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ。いつでも連絡して下さい」
 レオがこころよく返事をした。
「君たちも助けが必要な時はいつでも連絡して下さい。あ、私は水島といいます」
「水島さん、ありがとうございました。じゃあまたいつか、どうかお元気で」
「はい」
 三人は水島に頭を下げるとホテルをあとにした。




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