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「未来のために」第9話



第9話 「ケツを叩け」


 病院のガレージについた伊折は救急車に乗り込んだ。この星では珍しいガソリンで走る自動車だった。刺さったままのキーを回すとガッガッガッと音をたててエンジンがかかった。燃料計の矢印は充分な場所をさしていた。
「レオ、もう少し待ってろよ」
 救急車を発進させてから伊折はポケットの無線機を取り出してボタンを押した。
「水島さん、水島さん、俺です、伊折です」
 無線機からはすぐに返事があった。
『伊折くん? 水島です』
「レオとツバサがマリウスにさらわれたんだ。今から俺はガルサ山に向かう。うちのコロニーも危険なんだ。四人がそっちに向かってるからかくまってくれ。頼む」
『わかりました。任せて下さい』
「助かるよ。ありがとう水島さん」
『伊折くん、まさか君は一人で?』
「ああ」
『いくらなんでもそれは……』
「心配いらねえよ。チャチャっと行ってレオを連れて帰ってくるだけだ」
『そんな無茶な……』
「水島さん、もしもの時は皆をよろしくお願いします」
『伊折くん……』
 伊折は無線を切った。

「伊折くん? 伊折くん……?」
 グレイスホテルの入り口で見張りをしていた水島は切れてしまった無線機を見つめていた。
「こうなると思ってたよ」
 背後から声がして振り向くと、ジンが立っていた。
「ジン……」
 ジンは深いため息をついた。
「一人で乗り込むなんて無謀だ。死にに行くようなもんだよ」
「だったら俺たちも助けに……」
「やめておけ。どっちみち俺たちは夜にならなければ外に出られないんだ。その頃にはもう手遅れだろう」
「でも……」
「水島、俺たちはここを守らなければいけないんだ。伊折くんたちのコロニーが見つかったのならここも時間の問題かもしれない」
「そうだけど、このまま何もしないで黙って見捨てろって言うのか? あんな少年がたった一人で立ち向かっているのに、お前は何もしないでなんとも思わないのか? 恥ずかしくないのか? ジン、いい加減前に進めよ! いつまでも逃げてんじゃな……」
 ――ボッ
 ジンは水島の顔を殴った。
「言いたいことはそれだけか?」
 水島は頬を押さえながらジンを睨んだ。
「ジン、お前はただ見ていることしかできないんだな。目の前の人間を助けることができなかったって言ってるけど、何もしなければ助けられる命も助けることなんかできないさ。俺は行くよ。夜になろうが助けに行く。お前みたいにただ見ているだけなんてごめんだからな」
 水島がそう言うと、ジンは少し悲しそうな顔をした。
「……勝手にしろ」
 ジンは振り返った。するとそこにはまだ幼い子どもが立っていた。
「おう、ユキト、お前か。どうしたんだ? こんな所で」
 ジンは優しい笑顔でしゃがみこみユキトの頭を撫でた。
「ジン、あいつらのところに行くの?」
 ユキトは今の水島との会話を聞いていたのか、ジンにそう聞いてきた。
「ん? 大丈夫だ。どこにも行かないよ」
 ユキトはうつむいていた。
「どうした? ユキト」
「ボクも行くよ」
 ユキトは顔を上げてジンを見た。
「は? 行くってどこに?」
「あいつらのところにボクも行く」
 ジンは振り返って水島を見た。水島も驚いた顔をしていた。
「ユキトくん。どうしてあいつらのところに行きたいんだい?」
 水島もジンの横にしゃがみこんでユキトに聞いた。
「誰かを助けに行くんでしょう? ボクもパパとママを助けに行く」
「ユキト……」
「パパとママがいつも言ってた。困っている人がいたら助けてあげなさいって。それにパパとママはボクたちがいなくて寂しがってると思うから迎えに行かなきゃいけないんだ」
「ユキト……」
 ジンはユキトを抱きしめた。ジンと水島の目には涙があふれていた。
「朝ここに来たお兄ちゃんたちも困ってるんでしょう? ジンも助けに行くんでしょう? だからボクも助けに行ってあげるよ」
「そうか……そうか……ユキトの言うとおりだな」
 ジンは泣きながらユキトの肩に手を置いた。
「ユキト、大丈夫だよ。俺たちが助けに行ってくるからユキトはここで待っててくれ」
 ユキトはジンを見た。
「ここで?」
「ああ、ユキトの助けを必要としてるのは妹のエナだ。エナのそばにいてエナを守ってあげてくれ」
 ユキトはやっと笑顔になった。
「わかった。じゃあボクはエナを守るね」
「ああ、頼んだぞ」
「……ねえジン」
 ユキトはまだ何か言いたそうにしていた。
「どうした? ユキト」
「ジンはあいつらをやっつけに行って。ボク、怖くないよ? あいつらが来たらボクも戦うから」
 そう言うとユキトは走って行った。
「ユキト……」
 ジンは走って行く小さなユキトの背中を見ていた。
「……ジン」
 水島はジンの肩に手をおいた。ジンは涙をぬぐいながら立ち上がった。
 その時、来客を告げるランプが点灯した。
「お、着いたか」
 水島は玄関ドアの鍵を開けた。
 すぐに教授たちが中に入ってきた。
「お邪魔します……えっと、ジンさんは?」
「俺だ」
 教授の問いにジンが答えた。
「僕は神山です。教授と呼ばれています。こちらが麗子先……」
 教授の話が終わらないうちに麗子先生はジンと水島の目の前に立った。
「早くこの薬を飲んでちょうだい」
 麗子先生は錠剤をジンと水島に渡した。
「は?」
「これは?」
 麗子先生は得意気な顔で言った。
「抗体よ。ただし、まだ治験も何もしていないからどれくらいの効果があるかはわからないわ。一日効くのか一時間で切れるのか。とりあえず一時間おきに飲んでちょうだい。ほら、さっさと飲んで伊折たちを助けに行きなさい!」
 そう言うと麗子先生は同じ錠剤の入った小ビンをジンの胸ポケットに押し込んだ。
「今朝、伊折を通してあなたたちの話しは全部聞いていたわ。助けられなかった命があるのなら、その何倍もの命を救えばいいだけ、これから助け合えばいいだけの話しじゃない。それともなあに? 救える命も救わないつもりなの? そんなウジウジした男なんて最低なだけよ! さあ早く飲んで!」
 麗子先生の圧に負けたのか、ジンと水島は顔を見合わせてから薬を口に入れた。
「伊折にも渡してあるけど、万が一のためにこれ、解毒剤よ。マリウスに射てばクロスの血が分解されるわ。これであなたの親友を取り戻しなさい」
 麗子先生はジンに注射器を渡した。ジンと水島はただあぜんとして麗子先生を見ていた。
「何ボサッとしてるのよ! 表のジェットワゴンを貸してあげるからさっさと行って!」
「あ、ありがとうございます」
「行ってきます」
 二人は逃げるように外へ向かった。
「ちょっと二人とも、武器は持ったの? 手ぶらで行く気?」
 ジンと水島はまた顔を見合わせてから恥ずかしそうに戻ってきて武器をとりに行った。
「はあ、まったく。男のケツは女が叩くのが一番ね」
 麗子先生はそう言うとフフっと笑った。



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