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彼女の春巻き(1)
この小説は、過去にTwitterで上げた140字短編小説を書き直したものです。
彼女の春巻き(1)
付き合い始めた頃、僕は彼女に得意な料理は何かと聞いた事がある。
「ん〜? 春巻きかな」
天井を軽く睨んだ後、彼女はそう言って小さく手を叩いた。
「どうだ!」と言わんばかりの視線から、彼女の並々ならぬ自信が見て取れる。ーーが、正直、僕としてはガッカリの一言だ。
(春巻きって……あの、茹でて盛り付けるだけのヤツ?)
色の抜けたパスタみたいのに野菜を混ぜただけの地味なサラダ。
それが彼女の得意な料理だと言う。
ハンバーグやコロッケなどを想像していた僕としては期待外れも良いとこだ。
ーーそう、その時何故か僕の頭に浮かんでいたのは、『春巻き』では無く『春雨サラダ』だったのだ。
「ふーん、他には無いの?」
僕の素っ気ない態度が不満だったのか、彼女は頬を膨らませ僕に詰め寄った。
「あー、私の作った春巻き、ほんとに美味しいんだから! 決めた、今日の晩御飯は春巻きにします!」
彼女はそう僕に宣言した後、直ぐにキッチンへと向かい冷蔵庫の中身を物色し始めた。
「アレもない、コレもない」とメモ紙にペンを走らせるその後ろ姿を見ながら、僕は彼女に聞こえないように小さく溜息を吐く。
単なる思い付きで聞いた事だったのに……。
僕のくだらない質問の所為で今日の夕食がサラダになってしまった。
夕食がサラダって、僕は思春期の乙女か?
「……君んちの冷蔵庫って何も入って無いんだね? ーーうん、私、ちょっと買い物に行ってくるから!」
物色を終えた彼女はそう言うと、僕の返事を待たずにパタパタとスリッパを鳴らして部屋から出て行ってしまった。
ーーバタンッ
遠くで玄関の扉が閉まる音を聞きながら、僕は今度は大きく溜息を吐く。
「……はぁ、変な事、聞かなきゃ良かった」
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