占いブーム流されないこころ,ヤロウとワームウッドの花 魔女暮らし日記 8.10.2021
不謹慎だが、雨が降ってほっとしている。
この地域ではもうずっと雨が降っておらず、毎日1時間以上かけて水やりをしていた。
野菜もハーブたちもまたぐんぐん伸びることを期待。
しかしこれから一週間ずっと雨というのはいけない。根腐れする。
しとしとと可愛らしく降るならまだいいのだが、いちばん精度が高いと思われるNHKデータ放送の天気予報も、台風の進路によっては変わるので、先の見通しが立たない。
わかったところでなにもできないんだけど。
とりあえず鉢植えは風除室に避難。
ぎゅうぎゅう。
丈夫そうなやつはまだ外の軒下にいるが、風が強いので雨はあたっている。おそらく今日がいちばん酷いので、我慢しておくれよ。
きみはお呼びじゃない。ごめんね。
殻をつかんで外へ出す。うじゃうじゃの虫よりも軟体動物のほうが苦手である。
しかしカタツムリは土属性の象徴。
タロットでは、ペンタクルの小アルカナカードに登場している。
なので丁寧に扱いたい。
大地の産物(つまり全てのものになってしまうのだが)は、なんでも丁寧に、ロスなく使いたい。お米の一粒であってもね。
◆
占いといえば。
最近はブームなのか、様々な人が占いに興味を持っているように思う。
プロであれ、趣味であれ、占いが広く知られるようになったのはいいこと。
しかし一方で占いの本来の意味からかけ離れたものも多い気がする。
セオリーとかマニュアルとか言い出したら、歴史も夢もぶち壊しになるジャンルではないか?そう危惧しているのはわたしだけ?
わたしは2014年から黒猫魔術店をやっているが、当時はまだオカルトや魔女が物珍しく、占いも今ほどブームではなかった。
なのでテレビ番組や雑誌など、色々出演もした。
でもそのたびに「これじゃない感」があった。
テレビや雑誌は、面白おかしいものか、不安を煽るものしか、番組として成立しないようだ。
わたしの場合は、(この日記でもわかるように)普通の生活だと思って取り組んでいる魔女の暮らしと、それによって生まれる恵みと、感謝する儀式を行っているだけで、面白くも怖くもない。
「もっと面白いことないですか?」「怖く撮っていいですか?」などと言われたこともある。
有名になりたいだけなら、ばんばん不安を煽って、鋭い言葉「あんたこのままじゃタヒぬよ」を連発すればいいのだろう。
以前まではそうだったが、今は、占い番組や雑誌がそうであるように、ちょっと変わった珍しい占法や、サルでもわかる的なノリで、ある種パフォーマンス化している。
メディアに出る人はそのジレンマを感じ、理解しつつ出るわけで、わたしはそれを感じてメディアは断っていて。
理解してメディアに出る人々は結局なにがしたいんだと観察したところ、やっぱりお金のことしか考えてないのかなって思う。
まあそんな人たちはほっといて。
↑ここにも書いてるが、占いをやっていくと高慢になる。こころが伴わないとね。
それよりも、浅い知識で広まってしまったオカルトは、もうオカルトではないのでは、という危惧。
(オカルトは、隠されたもの、の意)
タロットひとつとっても、電子書籍があるから誰でも本を出版できるようになったし、たしかに気軽な知識のほうがとっつきやすくて需要もある。
だから中身も簡易になる。わかる。
でも!
その裏で本当のオカルトはちゃんと隠されている。オカルトとして。
そこまでやろうと、扉をたたく人を待っている。
この二極化問題(ライト層とヘビー層)は、わたしもずっと悩んでいることで。
そもそも黒猫魔術店が、生徒弟子を募集し、1対1という非効率なやり方で授業をしているのは、オカルトが隠された知識であることに敬意を持つからだ。
今後も、本当のオカルトは隠されるべきだと思っている。
でもブームによって、初学者が学ぶような知識が伝播され、中には「それちょっとどうなの(あり得ない)」「それは真意から離れすぎている(惜しい)」というようなものがあったりする。
じゃあ黒猫魔術店が研究し編纂した基本的知識を公開するほうがいいのでは?となってくる。
そんな思いが強くなり、公開したんだけど。
仮にタロットがもっとブームになって同じ現象が起きたら、わたしはタロットも公開セミナーをするんだろうか?
時代の流れが速すぎて、もはや1対1ができなくなるのだろうか?
生徒弟子というのは、古い考えなのだろうか?
もっとライトに、基本しか教えないなんて、あの著名人もセミナーでそうやっているじゃない。
こう思えてくるわけだ。
最終的には時代の変化に合わせていくことしかできないのだが。
ひとつだけわかりきったことは、魔術の勉強はセミナーだけでは完ぺきではないってこと。
何人も同じ授業を受けて、闇落ちしていく人も大勢いて、だいじなのはやっぱり魔術以外の知識と経験とこころなのだ。
たぶんわたしがちゃんと教えたいな、と思うやり方は、1か月くらい一緒に山で生活しながら、魔女の暮らしを体感していただくようなことかな。
それはまた非効率なやり方だけど、ちゃんと教えるにはもうそれしないと思っている。
山はあるので(笑)、今はその夢の途中。ハーブの勉強中。
今できることをやるしかない。
きっと皆さんもそう思っていて。
だから隙間時間でも知識の糧となるような、ちゃんとしたものをお届けしたいという気持ちが高まったのよね。
テレビやSNS、前までは「情報がありすぎて」と言っていたのに、今はもう「嘘や洗脳ばかりで」と思っている。
真相はどこにあるのか。
海王星の言っている、こころの中、のような気がする。
◆
ところで、台風がくる前にやっていた、オルダーの剪定と雑草と化したレモンバームの除去。
そのときに見つけた小さな出会い。
黄色いヤロウの花が咲いていた。
暑いのにあまり水やりもせず、セージの木の陰でがんばっていた彼。
これは小さな花が集合しているのだが、まるで太陽のよう。
ヤロウは雑草。ノコギリソウという。これでもハーブだ。
ふつうなら道端に生えているような草でも、昔の人はハーブを大切に育てていた。
小手先の技術ではなく、その真意を知って、大切にした。
わたしもそういうものを大切にしていきたい。
道端の草花でも喜びを感じることができるこころでいたい。
そして、見たことあるだろうか?
これがワームウッドの花。めちゃくちゃ可愛い。
ミモザのようなシルエット。
リースやスワッグにしたらぜったいかわいい。
でもスキルがなさすぎてまとめられない。
こういうとき、ササっとリースを作れる技術がほしい。
フラワーアレンジメント?になるのだろうか。習いに行きたい。
庭の花を摘んで花瓶にいけたり、リースやスワッグにして飾るなど、そんなことをしたい。
今のところ花瓶にいけることしかできないのだけど。
しかも夏はうちの庭には花がないので、夏に花期を迎える耐暑性のハーブを植えたい。
ハイビスカスのように一日花でなく、長持ちするやつ。
秋は種まきもできるし、涼しくなってハーブが元気になる。
冬はヒイラギや南天があるから、それも風情があっていい。
問題は夏だな。お花がなくて、毎日のお世話もパッとしないんだよなぁ。
虫駆除と水やりだけだもん。
長雨にならないことを祈って。
今日も善い一日を。
一時的サイコパス(社会性とコミュ力を備えたサイコパス)に似ている思想がブッダらしい。(メンタリストDaigoさんが言ってた)
感情に流されず、客観視をする(合理的に考える)訓練は、魔術の修行にもある。
魔女の暮らしの中でも気を付けるように言われる。
多様性がさけばれる今、反応しない訓練は必要かもしれない。
サポートして頂けたら、魔術研究の支援に使わせて頂きます。皆様により良い情報とデータを開示することで生き生きとした魔女活・魔術ライフになるよう願っています。