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魔女の思考を追う。チェス盤を返して矛盾に気付けるか

今日は早朝から店で仕事。
と言っても、魔女しごとではなく、お店の仕事。
今日は主に写真と動画の撮影だ。

実は昨夜、久しぶりに長南浩氏と電話でおしゃべりをした。

話題は、きたる9月23日の秋分図と11月19日の月食図のホロスコープについて。
「またえぐいの来るので引きこもります」と両者は結論づけたのであった。

ホロスコープでは2025年あたりまでをすでに見ていて、コロナが収まりそうな時期もわかっているのだが、どう伝えるべきかと(書いていいものかどうかと)思案している。
とりあえずえぐそうな今〜11月のことは書こうと思う。

わたしの日々の瞑想の中で、「もっとシンプルに」というキーワードが多くでてくる。
そこでYouTube動画をもっとシンプルにしようと思っていたとき。
ホロスコープからの流れで今後の予測を立てていると。

長南氏「むしろ動画3分くらいがいいと思います」

蜜猫「さ、さんぷんですか? なら全て撮りなおしたい…」

そこでわたしの積み上げたタワーを壊したい衝動が発動したが、ぐっとこらえる。(さ、削除はいつでもできるもん…)

内容をよく考えてみる。
たしかに使い方とかやり方動画だけでよくて、商品の紹介などはいらない気がする。
おすすめしたいとしても、生放送でもいいのでは?と思える始末。

蜜猫「え、やっぱり撮りなおしたいorz でも我慢、我慢。。」

他にも幾つか考えていることがあって、徐々に試してみている。
前回のメルマガ進化もそういうわけだ。

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やろうとしていることは本当に大丈夫か?と聞くと、「大丈夫だ、問題ない」と言われる。
わたしのカード、ワンドクイーンも中央に登場する。(また会ったな!いつも出るね!)

今動き出すことはできないが、慎重にやるならいいよ。
それはスローペースだが、技術もあるし、斬新なアイディアもある。
トリックスターにもなれる。

ここでは軽くしか掲載できないのだが、読むとそんな感じ。

わたしの占いは、深層心理を視覚化するツール。
ふだんから深層も表面も流れを整えているから、他人を無理やり動かそうとか自然に抗おうとしなければ正位置ででることが多い。

なのでふだんからフラットな思考で、自然にフィットして生きることを心掛けている。
占い師の友達は占い師だろうから、そんなわたしのことを仮に占ったとき、嘘をついていればバレるじゃん。なのになぜ偽る必要が?とも思う。
魔女とはだいたいそんなもの。

しかし昨日の日記にも書いたように。

世の中みんなこうしているし、不平等だし、騙されるより騙すほうがいいといった考えもあるだろう。
結局、資本主義では競争社会になるのだから、自分が出し抜き、誰かを蹴落とさなければならない、と。
また、誰かを直接傷つけはしないが、自分だって必死に生きて行かねばならないので、占いの技術や経験が未熟でもやっちゃいます、ストレスフルなので遊びに行っちゃいます、というのもあるだろう。(これはそれが悪いという意味ではない)

功利主義の昨日の例でいえば、会社を存続するために人手を3割カットしなければならない。
でもそれをすることで、7割の人間は幸せになるのだから、行うべきだという。
これは間違いではない。最大幸福というやつだ。

しかし、よく考えてみてほしい。
その3割の人間はどうやって選ぶのか。
そしてもし自分が3割のなかに含まれるのだとしたら。

だれも進んで首を切られたくはない。
そして最大幸福を唱えるとき、だいたい「自分は少数派にはならない」と思い込んでいて、「皆が幸せなほうがいいに決まっている」と言う。
皆の幸せを優先させるのが功利主義だから、「じゃあ、そう主張するあなたはリストラね」と決まると怒るのだ。矛盾している。

では、もしその人選を公平にくじ引きで決めるとしたら?
功利主義は幸せ(あるいは苦痛)を平等に等分するのがいいところだけど、おそらくそれに納得いかない人が数名でてくる。
そのような人々は、自分のほうが他者よりも能力が優れており、会社に貢献するから残すべきだと主張するだろう。

(ちなみに、ほんとうのコミュ力を備えた一時サイコパスっていうのは、3割のほうを楽しんで選ぶやつだとわたしは思う。
未練がなく、いつでもすべてを捨てられて、新しいチャレンジにワクワクするタイプ。)

能力が高いものが生き残る。
はたしてその主張は通るのだろうか?
ほんとうに能力が高いのであれば会社を辞めて、起業するなりして独立できるのでは?
むしろ3割のほうでは?
会社の最大幸福のために考えることは、能力の高低ではないのでは?

ということをわたしは言いたい。
つまり皆のため、と主張しておきながら危機が及べば利己的になる。
それが今の日本でしょ。

昔から多数決が嫌いで。
そんなに大勢でやりたいなら、やりたい人だけやればいいじゃんと思っていた。
わたしはいつも少数派だったが、幸福ではないと思っていない。
とにかく外部から見て、幸福ではなさそうと思うことでも、本人たちの気持ちを憶測で話してはいけない。

もうひとつ考えてみてほしい。

たとえば、真面目に自粛している人がいる。
かたや立ち飲み屋でマスクもせずに騒ぐ人がいる。
仮にどちらも病気し、医療を受けるとき。あるいは死が訪れようとするとき、両者は公平か?

死は、万人に訪れるので公平だ。
しかしそれまでの経緯が、倫理的(利他的)か利己的かの差がある。
もちろんそれをジャッジするのはわたしではなく、閻魔様やイスラフィールの天使様だ。けれどこれだけは言える。

カルマの精算は必ず行われるし、因果はある。

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スピった表現だからあまり好きではないのだけど。

カルマ(イギリス英語の発音だとカーマと言うけど)は、なにも前世のバチだけじゃない。
カルマが働くのは過去すべてだ。
つまり現世でも、自分が過去やったことの精算は行われる。

べつに脅すわけじゃない。
それってなんとなく昔から教えられてきたことだし。
自分だけは大丈夫、と思っている人々が実際は大丈夫じゃなくても「それは自己責任だよね?」というのと同じだ。

つまり過去の行いが今を作る。
嘘つき少年が「オオカミきた」という嘘をついていたから、ほんとうにオオカミがきても信じてもらえないのと同じ。

身勝手なこと、自分だけは大丈夫、などを考えるのがいかに浅はかなことなのか知ってほしい。

占いは、そういう思考の滞りを解消するために行うもの。
カードに誠実に向き合うことがたいせつだ。

自分自身の心の滞りに無関心な人もいるだろう。
滞ったままだと体に不具合が生じてくるのに、日本人はそれでも仕事をしたりする。鈍感はある意味すごい。

自然な流れに戻すには、やはり自然と共生したり感謝することではないか。
自然というのがわかりにくかったら、ご先祖や家族などでもいい。

サバトではない日、たまにわたしもこのように飾り付けて、隣人と楽しむことがある。

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自然のものたちは甘い香りが大好きだから、パンやケーキやクッキーを焼いたら、ミルクと一緒にお供えする。
それは庭に撒かなきゃいけない(食べられない)ので少しだけね。

このときは、悲しみを忘れるマジカルパウダー「Forget tears」を使っている。

このハーブたちはとても甘い香りなので、きっと満足してくれると思う。
わたしの心も悲しみや辛さを忘れて、ニュートラル。

そのあいたスペースで、人に優しくできたり、感謝することができるでしょう?
そうすれば、利己的な人々のことでいちいち悩むより、誠実に生きようと思えるのだ。
魔女は、こうして涙を乾かす。

誰かに拭いてもらうとか、話を聞いてもらうとか、無理やり愛してもらうとかじゃなく、自分でよく考え、心を整理する。
孤独なのだが、カードや植物や隣人や先祖と話ができるので、不安がない。

「他を害することなかれ」という魔女の教えを誠実に守りたい。


今宵も善い夜を。


ちょっと難しい本だが、功利主義と倫理主義(義務論)の対立の話。
このように功利(ビジネス)と倫理(神秘主義含む)は相反するわけよ。
難しいので漫画のほうがわかりやすいよ。



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