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我々はいつまで使う側でいれるのか?

「#初めてのインターネット」

noteの企画を見て、僕はいつからネットというものに触れたのだろうということを思い出していました。

初めてパソコンに触れたのはいつだったでしょうか?

僕は記憶を遡ると、約20年前。5〜6才くらいまで遡ります。

僕は子供の頃、隣のお姉さんの家に妹と二人でピアノを習っていました。帰りに母が迎えにきてくれて、妹と三人で帰ったのを今でも覚えています。

その時、母を待つ間、僕はお姉さんから勧められたPCゲームに夢中でした。実際、ピアノ教室よりもゲームの方が楽しくてどっちを習いに行っていたのかわからないくらいです笑

今でこそ、振り返ると当時の自分には呆れますし、もっとピアノをやっていればよかったなあと思うのですが、当時のお姉さん方もきっと呆れていたでしょうね。

例えゲームができなくても、PCを使った作業ができるというのはとても楽しいことでした。

小学校の高学年で、コンピュータ室に行く授業はとても楽しかったです。さらに中学校に上がるくらいになると家にもネット環境が繋げられて、いろいろと課題の内容を検索したり、当時は歌の歌詞を調べて、タイピングの練習でWordに写したりもしていました。

高校生に上がるとさらに活動が広がり、部活の先輩とネカフェに行って、「メイプルストーリー」というゲームで盛り上がったのを覚えています。


そして今、SNSやブログで地球のあらゆる人々と繋がったり、ニュースを知ることができます。また、音楽や文章、絵を書いたりなどの芸術活動だって全部、ネット環境があればすごいものが作れてしまいます。

子供の頃に見た「ロックマンエグゼ」というアニメでは、近未来の世界がテーマのアニメなのですが、AIプログラムが生活の補助や天候制御などの事象まであらゆるものを運営してくれます。そんな世界が幼い自分は夢のようだと思っていましたが、これからはその夢もすぐそこまで迫っているのではないかと考えるほどです。

これほどまでにインターネットが活性化され、様々な電子機器が繋がって僕たちの生活はここ数十年で画期的に進歩しました。

これで誰もが幸せになれるはず!!

そうみんなが思っていたはずでした。


しかし、ネット環境は人々の精神を満たすどころが蝕む原因となっていることが多々あります。

AIは格段に進歩を続けていますが、果たして彼らは僕らの永劫のパートナーとなってくれるのでしょうか?

フェイクニュースが溢れ、嘘の情報が拡散する中、人々は逆に今、パソコンで表示されている情報の真偽に混乱させられながら、過ごさなくてはなりません。


さらに今日見つけたニュースでは、決済パターンが増えすぎて、店員すらも追いつけない恐れがあるというニュースを見ました。様々なサービスが増えるということは便利になって良いことですが、果たして僕らはその膨大なサービスの中でちゃんとした取捨選択ができているのでしょうか?


これほどまでに発達して、幼い頃から夢を与えてくれたインターネットは、常にもう我々のそばにあり、手放すことができません。

しかし、そのインターネットで膨らんできたものはいつまでも、あるいはいつでも僕らの味方でいてくれるのでしょうか?

もうすでにネットを完全に使いこなせている人はごく少数なのではないでしょうか?

技術の進歩は格段に早くても、人間がそれに追いつけていると言える気がしないのが現代の状況だと思うことが多々あります。

僕らのネットワークとの関わり方は初めての頃のようにわくわくすることだけではもうありません。

情報に溺れることなく、どのように関わったらいいのかを一人一人考えて、上手に付き合うことを探すことがこれからは大事になってきている気がします。



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