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子宮の詩が聴こえない2-⑩

第1章から読む) (⑨を読む

■| 第2章 弥生の大祭
⑩「霧散」


「誠二くんへ」

たくさん迷惑をかけました。本当にごめんなさい。

私はこれから華襟島へ行きます。
でもそれは子宮の詩を詠む会と離れるためです。

弥生祭のことを自分で確かめ、番長あきちゃんと話し合います。
移住は止めて、それで終わりにします。

誠二くんやお姉ちゃんには全て内情を伝えるつもりです。
どうか信じて待っていてください。

たくさんお金を使えると考えて、自由に生きているように思って一時的にいい気分になっても、いつも誠二くんとマコの顔が思い浮かびました。

子宮からの詩だなんて言って、自分をごまかすしかありませんでした。
本当はずいぶん前に分かっていたけれど、満たされていると嘘を重ねて、後戻りができませんでした。

私にはやっぱり、子宮の詩が聴こえない。

そんなものより心配してくれる人、怒ってくれる人、信じてくれる人がいます。
それが分かって良かった。
ありがとう。

まさみ


弥生祭を2日後に控えた晩。
子宮宮殿の最上階スイートルームで、番長あきとまさみは向かい合っていた。

「……今さら何を言ってるの?」

ソファーのひじかけに頬杖をつき、いら立つ番長あき。
テーブルを挟んで立つまさみは、真っ直ぐな目線を向けている。
「もう分かりました。この宮殿も、弥生祭も本当にデタラメでした」

番長は呆れたように薄ら笑いを浮かべて返した。
「説明してもらおうじゃないの」

震える声ながら、まさみの返答は熱を帯びていく。
「祭に参加するお客さんがたくさん入ってきて、部屋が足りないんです。みんなセミナールームに雑魚寝。信じられない」
「それが何か問題? まさかステージのある広場で野宿だなんてトチ狂った馬鹿げたことをやっているわけじゃないし、布団も提供してるわ」

タバコをくわえ、足を組み替える番長。
これまでまさみに向けられていた期待の眼差しとは一変し、蛇のように鋭い目になっている。

それに対するまさみは精いっぱいの抗議を示す。
「募集ページに宮殿に泊まれるって書いてあった。私だってそうしたかも。みんなこんな状況だとは思わなかったはずよ」
「ふん、嫌なら自分でホテルなり旅館なり予約すればよかったでしょう。島の宿泊施設が足りないのは私たちのせいじゃないわ」

番長は煙を上にふかすと、頭を上下に動かして首の骨を鳴らした。
まさみの抗議は続く。
「弥生祭のスケジュールもむちゃくちゃよ。地元と話し合って深夜までにはならないって決めたはずなのに」
「……」
「急に『柑橘系女子なっちゅう』のトークショーが組み込まれた。これ誰? ぎんさんが連れてきたって聞いたけど」

ソファーに座り直し、冷たい目線はやめない番長。
「全部ショウちゃんが決めたことよ。でも、それが何? 私たちのイベントをどう動かそうが勝手だと思うけど?」
まさみは核心をつく。
「そんなてきとうな……。ただでさえ素人の集団がてきとうに踊るのに」

番長がうなだれるように上半身を倒して大きくため息をついた。
「……私たちに色々と因縁をつけて、ケンカを売っているわけね」
「……」
「分かったわ。出て行って。あんたの部屋も出番も没収よ。もういい」
「あきちゃん……子宮の詩を詠む会は本当にこれでいいの?」

ドンと地面を蹴る音。
立ち上がった番長は、その手からタバコと灰皿を投げつけた。

「うるさい! あんたは黙って私達に従っていればよかったんだ!」

慌てて顔を守りながら、しゃがみ込むまさみ。
それを見下しながら、番長はさらに叫び続ける。
「あんたの代わりなんていくらでもいる! 何を調子に乗ってんの!? 出て行け!」

するとその大声に反応したように、隣の部屋からラッキー祝い子が入ってきた。
「あきちゃん、どしたん?」

まさみは震え、泣き出しそうな顔。
「ラッキーちゃん……、この祭りは何のためにやるの? ラッキー劇団のスタートがこんなものでいいの?」
まさみを見たラッキーは一瞬ぎょっとしながらも、すぐに半笑いになった。
「そのへんは大いなる宇宙の意志だからさー。何でもできるし、何でもうまくいくってインスピレーションも来てるわけじゃん? 何か問題あんの?」
「……」

番長が冷たく言い放つ。
「ラッキーちゃん、その女追い出して。もういらないわ」

唇を噛むまさみの顔をラッキーが覗き込む。
「あらー、あきちゃんを怒らせたの? 本番前にナーバスになった? 素人はこれだから困るなあ。巻き込んじゃってすみませんねえ。きゃははは」
「……」
「億を稼ぐ女になりたくないん? あきちゃんに逆らったらもうダメだね。あーあ、黙って従っていたら簡単にシンデレラになれたのに。貧乏人マインドのせいで台無し。ベー!」
長い舌を出して幼稚に挑発するラッキー。

まさみは二人に幻滅し、完全に目を覚ました。
今までのことが全て馬鹿らしくなる。

誠二に手紙を書いてから、ほとんど無くなっていた子宮の詩を詠む会への興味は、ここで霧散した。

何か一つでも真摯な受け答えがあればよかった。
いや、始めからそんなことはできないに決まっていた。
誠二や未久も指摘していた子宮の詩を詠む会の愚かさを確認するために、番長の部屋を訪ねたのだ。

こうして罵倒されることも、まさみにとって必要な体験だった。
無念の表情で部屋を出ると、その背に向けられたラッキーの頭の悪そうな声が響いた。

「せっかく稼げるキャラだと思ったのにねえ。バーカ、バーカ!」


宮殿を出るために部屋を片付け始めていると、若田ショウから着信。
「もしもし、まさみさん? 困るよ。あきちゃんから聞いた。何を言ったの?」
「……おかしいって伝えました。この宮殿も、弥生祭も、色々と。若田さんは何とも思わないんですか。こんな手抜きのてきとうなイベントで」

電話越しに若田の表情が変わったのが分かった。
「……誰かに何か言われたの?」
「いえ、自分で考えました。もう私は弥生祭には出ません」
「まさみさん、ちょっと待ってよ。今ちょっとお客さん来てるから後で。部屋に行くからね!」

若田は電話を切り、大きなシャンデリアを見上げるようにため息をつく。
明るい宮殿のロビーだ。
大げさに頭を左右に振り、再び来客に向き合った。

「前田さん失礼しました。いやあ、問題だらけだ。スピ好きな人っていうのはワガママばかりで」
「女性ブロガーのプロデュースって大変なんですねえ」
「お恥ずかしい限り。あれ? まさみが女性ブロガーって言いましたっけ?」
「ええ。それよりすみません。イベント前のお忙しいところに突然お邪魔してしまって」

早口で申し訳なさそうに言うその女性に、若田は「いや、とんでもない!」と嬉しそうに返した。

若田にとっては絶好のチャンスだ。
電話のやりとりを聞かせたのも自身の多忙ぶりをアピールするため。
「島の活性化のために我慢強くやっています。数年前から根回しをしてきましたからね」

このミジンコブログ社のプロジェクトの失敗は許されない。

数年前から華襟島に目をつけ、かつて自分が所属していた豊島区連合の仲間を移住者として早池が始めた手作り村に送り込んできた。
操りやすそうな早池を町長にまで祀り上げ、莫大な資金もつぎ込んだ施設も完成した。

島にスピ好き女子を集め、海外からの客に体を売るなどして稼がせて、さらに番長らのセミナーなどで吸い上げる理想の永久機関。
その完成に向けた土台は整った。

メディアには好意的な記事を書かせ、島のスピリチュアル要素をアピールして巧妙な隠れ蓑を作りたいのだ。

「こうして取材をしていただけるのは有り難いです。初めてだけど……、なぜか前田さんとは初めて会った気がしませんよ。どこかでお会いしませんでした?」
「いいえ、初めてだと思いますよ」
「似ている人と間違えたかな……。ええっと、首都新聞の、前田……」
若田が名刺を確認すると、女性記者はにっこりと微笑んだ。

「はい。首都新聞社会部の前田未久です。さっそくですが、取材を」


― 第3章に続く ―

(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)

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