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僕は無視で行く

こんばんはのようなこんにちは、くろだです。

今日のnoteも読んでいってくださいな。


早速だが、「表現者を抹殺するには”無視”するのが一番である」という話をしていきたい。

最近、芸能人同士のいざこざがニュースになった。

個人的にこの件はものすごくどうでもいい話だ。

だってどちらにも興味が無いんだもん。

しかし世間は違うようで「前から嫌いだと思ってた」とか「これで消えてくれ」なんてコメントが散見される。

なんとも古い時代を生きてる人達だなと思う。

現代で表現者を消すのなら、存在を認識しない「無視」が一番である


わかりやすく例えるなら、Xの「インプレゾンビ」と言われる人達だろうか。

有名人のポストやバズっている投稿に対して、とってつけたような空っぽのリプを飛ばす輩。

こいつらの目的は自分の意見を表明することではなく、インプレッションを増やしてお金を稼ぐことである。

肯定だろうが否定だろうが「見られること」が目的だから内容は何でもいいのだ。


これは表現者も同じである。

好意であれ悪意であれ「見られること」が目的だ。

視線が集まれば視聴数に繋がるし、注目されれば数に群がるメディアにチヤホヤされる。

まぁ敵が多いと瞬発力はあるけれど持続力が無いので、できれば好意で視線を集めたいところだが人は完璧じゃない。

粗を探せばいくらでも見つかるだろう。

粗がバレて落ち込む人もいれば、逆に「これを活用したろ」という人もいて、それが炎上商法だったりする。

とにかく表現者は、どんな手を使っても「見られること」を意識する。

そして表現者の目論見をくじくために僕ら視聴者は「見ない=無視」をするのが一番いい。


と、僕は思うのだが、やはり世間は違うようで彼女たちを批判する。

暴言を吐いた方に批判が集まるのはまぁわかるのだが、暴言を吐かれた方にも「芸人なら笑いにしろ」と批判されてるのを見た時は笑ったね。

この人のメンタルは鋼なのだろう。


何と言うか「多数がこの世を動かす」っていう現代の原理がわかってない。

良くも悪くも注目されることが力を持つのだ。

で、その人が力を持つことをよく思わないのなら見なきゃいいのである。

「自分一人が見ないだけじゃ世界は変わらない」

別に変わんなくていいじゃん。

自分が嫌でも世界がそれを受け入れている事例はこの世にいくらでもある。

大事なのは「世界を変えること」ではなく「自分を変えること」。

自分を変え、そこで楽しむことにより、選択の正当性をアピールする。

いや、なんならアピールすらもいらない。

世界が混乱している中、自分だけは穏やかに楽しんでいて、それを見て賛同してくれる人達が豊かに過ごしていて、それだけでいい。


ニュースを見て、批判されてるのを見て「なんでこんなことにいちいち目くじらを立ててんだろ」と、僕も思ったよ。

だけど「やめろよ」と言っても誰も聞かない。

退屈な日常の憂さ晴らしとして有名な人を叩きたいのは、ヒトの醜い心理だから。

だからこのnoteは「無視しろよ」という指令じゃ無い。

「僕は無視する」という宣言だ。

これに対するあなたの反応は「勝手にしろよ」で構わない。

別々の世界でお互い楽しみましょうや。


以上!くろだでした。

読んでくれてありがとうございました。

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ではまた👋


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