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【心得帖SS】●●支店の「魔法使い」

「同行商談、ですか?」
「ああ、先方からのご指名だよ」
首を傾げる四条畷紗季に、京田辺一登は応える。
「▲▲支店はベテラン社員が多いから、なかなか若手交流の機会が少ないようでね」
「今月は割と落ち着いている時期なので構いませんが、何故わたしなのですか?」
「それが…気を悪くしないで聞いて欲しいのだが…」
「なんですか、わたしは大丈夫ですよ」
珍しく奥歯にものが挟まったような言い方になっている京田辺に、彼女は続きを促す。
「その…なんだ、どうもウワサが広まっているようでね」
何とも言えない表情を浮かべて、京田辺は言った。
「【●●支店の魔法使い】に魔法を教わりたい、ってね」


「ねえ、わたし魔女なの?魔女なんですか?」
「わわっ、いきなり何ですか紗季先輩!」
突然後ろから紗季に羽交締めにされた藤阪綾音は、驚いて声を上げた。

前髪をだらんと垂らしているので本当に魔女っぽい雰囲気になっている紗季が話を続ける。
「こないだの【入社3年目迄会】で、わたしが魔法を使ったとか話題になっていたの?」
「あ、飲み会の話ですか?」
ようやく合点がいった綾音は、パアッと表情を綻ばせて話し始めた。
「支店の先輩がどうかという話になったので、この間同行させていただいた新商品プレゼンの話をしたんですよ。紗季さん、強面のバイヤー相手でも堂々と立ち振る舞って、最後には全店採用の確約まで取ってしまって…まるで相手に魔法を掛けたみたいでした」

(あ、このコか)

うっとりとした表情を浮かべた綾音を見て、噂の発端が彼女であることを確信した紗季は、はあと溜め息を吐いた。
「藤阪さん、営業は魔法じゃないの。キチンとした事前準備と地に足がついた対応力が成果を手繰り寄せるものなのよ」
「はい、先日京田辺課長(先生)にレクチャーいただきました。それでも紗季先輩は私から見て神がかって見えたのです」
彼女の瞳から純粋な思いを感じた紗季は、暫く目を閉じてから応えた。


「それは、相手をその気にさせることね」

「その気にさせる、ですか?」
いまひとつピンときていない綾音に、紗季は言葉を続ける。
「少し心理学に近くなるけれど、相手が心を開くためのテクニックがあるのよ。例えば聞く姿勢だったり傾聴の姿勢、喜怒哀楽をハッキリ見せるなどが挙げられるわ」
「傾聴力…聞いたことあります」
「相手が心を開いたら、アレを引き出すのよ」
「あ、夢の実現と問題解決ですか?」
「正解。売場や本部、バイヤー自身の困りごとや理想の姿を引き出していくと同時に、当社で出来ることを重ね合わせていく」
紗季は、胸の前で手のひらをピタリと合わせた。
「今回はたまたまウチの新商品が相手のニーズにマッチしただけ。商談テクニックは使ったけれど、魔法使いなんてとんでもない」
「それでも…」
紗季の言葉を途中で遮って、綾音は言った。
「あのバイヤーさんを動かしたのは、紗季先輩の強いハートだったと思います」

その瞬間
(どくんっ!)
紗季の心臓が大きく高鳴った。


「…嬉しいこと言ってくれるじゃない」
口元に笑みを浮かべて、彼女は綾音に向き直った。
「再来週、▲▲支店から藤阪さんの同期の西木津沙織さんと同行を予定しているの」
「はい、彼女から聞いています」
「彼女には魔法じゃなくて、強いハートを見せれば良いのね?」
「ハイ、宜しくお願いいたします!」
紗季の問い掛けに、綾音はニコッと微笑って応えた。

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