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【心得帖SS】心から「シアワセ」を願う(前編)

「以上、本プロジェクトの総括となりまス。皆さん本当にお疲れ様でしタ!」

プロジェクトマネージャーの忍ヶ丘麗子が最後の挨拶を行い、【●●支店スケジュール共有システム】の開発プロジェクトは解散の運びとなった。

「打ち上げは18時から『あじしろ』です。参加される方は入口で会費をお支払いください」
ザワザワしているメンバーに、プロジェクトリーダーの長尾圭司がこの後実施される慰労会の案内を行っている。


四条畷紗季は、プロジェクトが無事終了したことの達成感を手元の炭酸飲料と共に流し込んでいた。
「紗季チャン、お疲れ様」
彼女の元にやって来た麗子が労りの言葉を掛ける。
「お疲れ様です。正直何度かヤバかったですが、何とか乗り越えられて良かったです」
当時最悪だった時の状況を思い出した紗季は、身震いを覚える。
「それでも最初の信念を貫いて、冷静に物事を進めた紗季チャンは立派だったわ」
裏に何かを含めたかのような言い方をした麗子は、優しい瞳で紗季を眺めながら話を続けた。
「ウン…文句無しで合格ヨ」
「え、何がですか?」
紗季の質問に、麗子はフフフンと上機嫌になって言葉を返した。
「ワタシが言えるのはここまデ。続きは一登クンに聞いてちょうだいネ」


紗季が上司である京田辺一登から夕食の誘いを受けたのは、それからちょうど2日後であった。

「プロジェクト無事終了、お疲れ様」
「有難うございます」
乾杯用のグラスビールをカチンと合わせる。
普段利用しているお店とは明らかに異なる雰囲気の焼肉店にて、紗季はファーストビールを堪能していた。
「それで聞いてくださいよ課長、本当に大変だったのですから…」
暫くの間、彼女の苦労話が続いていく。
その様子を、京田辺は穏やかな笑顔で見守っていた。

やがて、一通りの愚痴を言い終えた紗季は、彼の雰囲気を察したのか、居住まいを正して言った。
「今日お食事に誘っていただいたのは、プロジェクトの慰労だけでは無いですよね?」
「…察しの良い部下を持って、本当に幸せだよ」
ある程度予想していたのか、京田辺は表情を変えずに鞄から手帳を取り出した。
「本来は内々示の出し方としては間違っていると思うけれど、四条畷さんだからこのタイミングで伝えておくね」
「…はい」


「4月1日付で、本社マーケティング部への異動が内定した」


京田辺は淡々とした口調で必要な項目を通達していく。
「これは、四条畷さんの持っている能力を本社が最大限評価した結果だ。私は今回何も動いていない」
「そう…なのですね」
ここまで言葉を発していなかった紗季が、ようやく反応をみせる。
「とても名誉なことだと思います。行こうと思って行ける場所ではありませんし、私をどう評価していただいたのか分かりませんが、精一杯期待に応えたい気持ちはあります」
彼女はここで口をつぐんだ。

暫く目を閉じて思考を整理したあと、話を続ける。
「ここまでは仕事を軸にした私の考えです。これ以後は、四条畷紗季という1人の女性としてお話をさせていただきます」
深く息を吸った彼女は、意を決して口を開いた。


「私は、京田辺一登課長のことを、1人の男性として、心から愛しています。貴方の傍を離れたくありません。私の異動が決定事項であれば、結婚を前提にお付き合いしてください!」

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