見出し画像

【心得帖SS】「レジリエンス」困難を楽しむことができますか?

「えっ、工場のトラブルですか?」
金曜日の夕方、そろそろ週末に向けた準備を始めている時間に不穏なニュースが飛び込んできた。


「トラブルの詳細は現在確認中だ」
生産部課長の磐船徹が、営業二課課長の京田辺一登に話し掛けている。
「取引先への影響は?」
冷静に話を聞いていた京田辺は一番気になることを尋ねる。
「在庫の状況から、明日の朝迄に復旧すればギリギリ欠品無く繋がる見立てかな。チラシ特売のようなよほど大きな販促が入っていない限りはね」
「そうですか」
「…あのぉ、京田辺課長」
隣で話を聞いていた四条畷紗季が、おずおずと手を上げた。
「よほど大きな販促…私の担当取引先でガッツリ入っちゃってます」

「ほう、面白くなってきたな」
京田辺は口元を軽く緩めてニヤリと笑った。
「課長、トラブルが発生したのにどうして楽しそうにしているのですか?」
注文数量の確認を始めた紗季が、その様子を見て不思議そうに尋ねる。
「うん?笑ってたか、悪い悪い」
彼も無意識で微笑んでいたので、自分の感情を確かめるように話し始めた。
「昔から、トラブルになると何だか燃えて来るんだよなぁ。平穏な日常では物足りない。困難も楽しむことが出来れば、最後にはきっと上手く行くってね」


改めて受払(商品在庫の入出庫や移動等)を確認したところ、支店内でトラブルの影響を受けるリスクがあるのは紗季の取引先のみと判明した。
磐船の部下、徳庵義雄主任が既に工場に入ってトラブルの対処に当たっているとのことで、目下連絡待ちの状態である。

影響が限定的であることが判明したので、該当者以外は有事の際に連絡が取れることを前提として待機解除とした。
営業二課は京田辺と、該当取引先の担当である紗季が残っている。
その彼女は、奥のブースで向こうをむいて肩を落としているように見えた。

(週末のイベント企画、気合い入れていたからな。気を落とすのも仕方ない)

上職として声を掛けるべきタイミングと判断した彼は、紗季の方に歩いて行く。
「四条畷さん」
「ふわいっ!」
京田辺が話し掛けた瞬間、彼女はビクッと飛び上がった。振り返った彼女の両頬はパンパンに膨れており、手には大きなおにぎり(具が3種類くらい入っているもの)を持っている。

「わ、あ、あのっこれは、腹が減っては戦はできぬと申しますか、お昼食べ損ねていたのでついつい下のコンビニまで行ってしまい…あ、課長の分もありますので…」
あたふたと手を彷徨わせている紗季の表情が可笑しくて、京田辺は思わず爆笑していた。
「まったく君は、思ったより【レジリエンス】が高いんだな」
「えっ【レジリエンス】ですか?」

「レジリエンスとは【回復力】【弾力性】【強靭性】などに言い換えられている。困難な問題や危機的な状況、過度なストレス等に遭遇しても、すぐに立ち直って対処できる精神的な強さの指標として使われているんだ」
「ストレス耐性…あまり自覚はありませんが、レジリエンスが高いと言われたら何だかカッコ良いですね」

(そう言う切り返しも含めて、私が君を評価しているところだからな)
穏やかな瞳で彼女を見ていた京田辺に、遠くの席から磐船が「工場のラインが復旧した。もう大丈夫だ」との声が届いてきた。


「はうー良かったぁ。週末のイベントが出来なくなるところでしたよぉ」
ブース備え付けの椅子にズルズルと倒れ込みながら、紗季はホッと息を吐いた。

「確か、他社との新商品マネキン販売対決だっけ?仮に欠品していたらどうするつもりだったのだ?」
リスク対応に関して確認を入れた京田辺に、紗季は得意気に人差し指を上げて言った。
「その時は、私と(競合メーカー名)の美月ちゃんとでカラオケ対決をする予定でした。日向ちゃんも結構ノリノリで…あれ、京田辺課長、何故私を説教部屋(小会議室A)に引っ張って行こうとするのですかっ⁈」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?