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幼少期の居住体験と大人になっても変わらない”家”に対する価値|住宅への価値観の変遷 1

一児の父となり家族が安心して健康に暮らせる環境を求め、いくつかの選択肢の中から注文住宅を選ぶことになった。その結論に行き着いた考えを整理する。


価値観の基準となる居住体験と記憶を辿る

指で擦ればザラザラと削れる砂壁に、忍び足でも軋む薄暗い階段。
木製枠の掃き出し窓からは隙間風が漏れ、強い風が吹けばガラスがガタガタと音をたてる。
くみ取り式トイレは悪臭を放つバキュームカーを定期的に呼び寄せ、母が毎晩マッチで火を焚くガス風呂釜は老朽化により煙突から火の粉を吹いていた。

35年以上も前になるが、物心ついたころに住み始めた住居とそこでの出来事が僕の住まいに対する原体験となる。

最寄駅から徒歩20分、木造二階建ての3DK。横浜市の西端に位置し築20年以上は経つその新居は、会社員の父が30代前半で購入した中古の戸建住宅だった。
それまでの一家は同区内の集合住宅住まいで、兄の誕生とともに始まったその暮らしは、5人目の家族を迎える頃には手狭になってしまっていた。
僕の3つ下の弟が生まれた直後に新居への引っ越しが行われた事を思い返すと、3人の男児の出産と戸建ての購入は、父と母の人生設計に予め組み込まれていた計画だったのだろう。当時の父と同じ立場になった今の僕であれば容易に想像はできる。
祖父の他界後に近所の父の実家へ移り住む事も含めて、両親の想定通りの人生だったのだろうけど、その結果僕はこの人生で新築住宅に住むという機会を得ることなく今にいたっている。

それを良い悪いと評したいわけではないが、ただそれが僕の人生だったということ。
地域にもよるのだろうけど、そもそも新築住宅に住む体験ができた人自体が稀で、僕だけが特別なわけではないはずだ。
当時を思い返してみれば新築住宅に住む友人はわずかで、その多くが公営団地に住んでいたり古く大きな家に祖父母と暮らしていた。
子供の時分は家の新しさはどうでもよく、探検や隠れんぼができるほどの敷地の広さこそに価値があり、なによりも「個人の部屋」を与えられた友人に羨望の眼差しを向けていた。故に新築住宅なんてものは一部の大人だけが欲しがるものなのであろうと今はそう思う。

一方の当時の我が家はというと、兄弟それぞれの進級に合わせた変化はあったものの、冒頭の住居の2階にある2つの居室が3人の兄弟に割り当てられた世界になった。6畳の洋室には3段ベットを、8畳の和室には学習デスクを3台を置くといった具合で就学時の生活の基盤が整えられたのだ。
両親は独立した寝室は持たず3部屋あるうちの2部屋を子供達に分け与えたことになるので、今思えば贅沢な話である。

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体験から生まれる住宅の価値

僕ら子ども達の世界にはプライバシーという概念は1ミリもなく、ひと度兄弟喧嘩が始まれば喧嘩相手の所持品への報復合戦が止めどなく続くことになる。
弟は自身が泣かされた仕返しに、喧嘩相手が必死に集めていたカードダスを一枚残らず破り捨てる。相手が大切にしているものほど直接的に恨みが向かう。子どものコレクションは大抵お菓子の角缶などにしまわれており、その被害にすぐに気づけないのがイラッとさせた。

僕が中学にあがったころは、限られた空間の中でその若すぎる性欲の発散場所を確保するのには難儀した。そして、このくらいの年頃になると3人の若者の父親に対する反発も度々発生することとなる。
その大半は内に秘めた反抗心で終わっているのだろうが、大人気なさとも取れる父のプライドの高さに加え、一家の暮らしを不自由なく支える供給者としての発言のいくつかは20年以上たった今でもよく記憶している。
それらの振る舞いの積み重ねが「デリカシーのない人」という僕の胸内の父の評価に変わり、今では反面教師にもなっている。

この古ぼけた住宅は度々リフォームされた。水洗トイレやガス給湯器が設置されシャワーも使えるようになったことで、いくらか近代的な暮らしをおくれるようになった。それでも「個人の部屋」が欲しい等、子供たちの無理な訴えは止むことはなかった。
図らずも「個人の部屋」を持つ夢は数年後には叶うのだが、この時期に始まった体験の一つ一つが僕の住居への価値基準になっており、多少設備や環境が改善されたとしてもそれは今でも変わることはない。

また、記憶を辿る中で改めて思い出した当時の出来事や感情から、住居の価値はその仕様や設備の良し悪しだけで測れるものではないと考えるようになった。それはポジティブ(またはネガティブ)な体験から生まれる物語が、僕ら家族だけの主観的な価値感を形作り、それぞれの人生の一部になっているだろう事も忘れずに、今後の「僕の」住まいづくりに活かしていきたいと思っている。

ちなみに、ここで生まれた住居へのある種のコンプレックスは僕が二十歳を迎える頃の「何処にどのように住むか」の決断に影響を与えることとなる。

今日はここまで。
住宅への価値観の変遷 2 へ続く)


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昭和を感じる玄関のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20200220043post-25475.html
赤いランドセルの置かれた押し入れのフリー素材 https://www.pakutaso.com/20200120031post-25479.html

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