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SS:純喫茶ブルーアワーにて「ナポリタンを食べなさい」

 その喫茶店は、少し寂れた商店街の入り口にありました。
青と白のしましまのサンシェードを潜って入る店内は、白い壁と木製の家具。
観葉植物が少しと青色でまとめられた小物たち。
カウンターの内側からは、丸眼鏡をかけた若いマスターが微笑んでいます。

 マスターの後ろには食器棚があって、一番上の段の左の隅が彼の定位置です。
「クワイエットさん」と呼ばれる彼は、青いガラス製の小さなミミズク。
クワイエットさんは、その体で唯一の金色に輝く瞳をいつもキラキラと煌めかせているのでした。

 しばらく店内を眺めていたクワイエットさんは、やがてその透明な翼に天井から吊るされたランプの明かりを反射させながら羽ばたきました。
そしてガラス製の体をふわりとテーブルの上に降ろして、日の出前の空のように深くて澄んだ静かな声で、あなたにこう声をかけます。

「ナポリタンを食べなさい。」



 カウンター席の奥から2番目に小さな男の子が一人で座っています。
彼は文字がびっしり印刷された小説を読んでいましたが、やがて顔を上げて、砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーを飲みました。
そうしてはあ、と溜め息をついて店内を見回すと、他のお客さんがいなくて良かったなと思いました。
月曜日の午前9時になろうかという店内は、朝の清廉な空気が和らいできて、背後にある大きな窓から入ってくる太陽の光は、暖かさを孕んでいます。
男の子が座っている椅子の足元には黒いランドセルが立てかけてあって、彼はそのランドセルが自分を小学生だと主張している悪魔の鞄のように感じて、疎ましく思っています。

 男の子がはあ、と何度目かの溜め息を吐いたその時、「ナポリタンを食べなさい。」という深くて澄んだ声と一緒に、目の前においしそうなナポリタンが置かれました。
男の子がびっくりして顔を上げると、カウンターの中からマスターがにこりと微笑んでいます。
「クワイエットさんからだよ。」
マスターが手で示したのは、いつの間にかナポリタンの隣に佇んでいるミミズク。
深い青色の、ガラスのように透き通った小さなミミズクは、あいさつするように片方の翼を広げました。

 「食べていいの?」
朝ご飯が喉を通らずに、そのまま家を出た男の子のおなかが小さく鳴りました。
「召し上がれ。」
ミミズクが先ほど聞こえた声と一緒の、深くて澄んだ声で答えました。
その声はすべてを知っているような不思議な響きでした。
「いただきます。」
銀のお皿に乗ったナポリタンは少し甘めで食べやすく、スルスルと男の子の口の中に消えていきます。
「顔に赤みが戻ってきたね。」
ミミズクが嬉しそうに頷きました。

 「もうすぐ古本屋が迎えに来る。」
男の子は喫茶店と同じ商店街にある、古本屋の店主の孫です。
今日はどうしても小学校に行く気になれなくて、登校の途中でこの喫茶店に逃げ込んできたのでした。
「怒られるかな。」
「それはどうだろう。」
「変な奴だって思われるかな。」
「思われてもいいさ。」
「変でもいいの?」
「変でもいいのさ。」
男の子は嬉しくなって、少しだけ残っていたナポリタンをフォークにくるくると巻き付けました。

 「モーニングの時間にナポリタンを食べたことは、秘密にするんだよ。」
ミミズクの体で唯一金色の瞳が、楽しそうに男の子を見つめています。
その煌めきはどんな本にも載っていない特別な魔法のようだと、男の子は思いました。



 「純喫茶ブルーアワーにて」2つ目のお話です。
いかがでしたでしょうか。

一度投稿したお話なのですが、わかり辛さなどが気になって色々と加筆・修正してみました。
このシリーズで初めて本格的に文章を考えているので、これからも試行錯誤して頑張ろうと思っています。

 次のお話でもお目にかかれることを願って。

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