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キラキラしてるって言われてびっくりして考えたこと。

先日開催したうつわイベントのマーケット、予約制でかなり余裕を持った人数設定をしていたため、時間帯によっては(距離をとったうえで)ゆっくりお客さまとお話する機会がありました。

施設に来てくださっていた方や、SNSではいつも見ていたけど実際にお会いするのは初めましての方など…直接、というのはこういう感じだったなあ、と遠い記憶がよみがえりました。

そのさなかに感じたことが、今日のコラム。

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「くらしアトリエ」としていろんな方とお話をしていると、特に女性から「いろんなことをされていてすごいですね!」とか「いつもすごいなーって思って見てます」とか言われることがあります。今回のマーケットでも、お客さまから「やりたいことがあってすごいなあ」と言われました。

「やりたいことがあるってすごい」。

確かにそうなんだけど、そうなんだけど違うんだよ~!!と、言われるたびに強く思います。

さらに「くらしアトリエさんってキラキラしてるじゃないですか!」と、別のお客さまにも言われて、さらに驚きました。思わずスタッフ同士「そんなはずはない」と顔を見合わせたほど。むしろ自分たちは「みんなキラキラしてるなあ」と眩しく見ている側だったから。

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やりたいことがあるって確かにすごく強くて、私自身も「くらしアトリエ」という存在があるから、一応社会とつながっていられます。

でも同時に、「やりたいことがない」という状況もすごく理解できるのです。
「くらしアトリエ」に出会うまでは自分もそうだったから。

小さな頃から「自分は何がやりたいのか」が分からなくて、でも周囲からは「将来何になりたいんだ」と聞かれ(これ、よく聞かれたけど本当に苦痛でした)、なんとなく「ピアノの先生」とか「保育園の先生」とか答えていた私。本当は別になりたくなかったけど、そう言えば周囲が納得するから、かなりテキトーに自分の将来を語っていました。

そんな感覚で「なんとなく」進学したのが教育学部。当時流行っていたいわゆる「ゼロ免課程」という、教育学部だけど教員免許取らなくても卒業できるというコースに入学したのですが、授業は教員養成課程の人たちと一緒に受けます。友達になったのもほとんどが教員志望。そこで、「明確に将来の目標を持っている」人たちに囲まれ、初めて焦りを感じました。何しろ、みんなキラキラした目で「こういう教師になりたい!」と熱く語っている人たちばかり。友達の部屋に集まっても最後はみんな理想の教師像とかを語るんですよ。「みんな、やりたいことがあって大学に来てるのか…」と、うっかり教育学部に足を踏み入れてしまった私は、ひどい劣等感にさいなまれたものでした。

以来、自分の中にずっと「やりたいことがない、というのはダメなことなんだ」というコンプレックスが生まれました。結局なんとなく就職し、なんとなく結婚して島根に来て、いろいろな出会いがあって「くらしアトリエ」をうっかり始めるわけだけど、それって本当に偶然で、ふと「看板を背負ってない」ときの内向きな自分のことを考えては、「こっちの人生をずっと過ごしていたかもしれないなあ」と感じることがあります。

やりたいこと=くらしアトリエを立ち上げてからは、もちろん毎日楽しく過ごせて入るけれど、やりたいことが見つからなかった日々があるからこそ、日常に転がっているささやかなことを拾い上げることができているんじゃないか、と思います。

やりたいことがなかった日々も、意味がある。なんとなく生きてきた時の自分の感情が、いまの活動に役立つときもたくさんあります。

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やりたいことがない=ダメ、という公式自体、捨てたほうがいいんじゃないかなあ、と思い始めたのが数年前。自分の子どもたちの進学がきっかけでした。

高校から「将来何になりたいのかを決めてから学部を決めろ」と言われ、「なりたいもの…よく分からない」という娘たち。そりゃそうだ、私はこれになりたい!って決めている高校生なんてひと握りじゃないでしょうか。

「何になりたいのか分からない」と悩む娘に、「やりたいことがなくたって、いま興味がある分野の学部に行けばいいんだよ!やりたいことなんていつ見つかるか分からんのだから!」と言う私。

娘は妙な説得力を感じたことでしょう。だって母親がやりたいことを見つけたのは30歳を過ぎてから、娘たちが4歳のとき。そして、大学で学んだことはほぼ関係ない、という状況だったのだから。「いろいろ迷ってもなんだかんだ楽しそうな人生を送ってる」母を見て、ちょっと安心したのではないでしょうか。
私自身も、大学時代の自分を思い出して、あんなに劣等感を持たなくても今そこそこ幸せだから大丈夫だよ、と言ってあげたい気持ちになりました。


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今は、将来どうなりたいのか、どうありたいか、ということも大切だけど、「今日という1日を幸せに楽しく生きる」というのも、同じくらい意義のあることなんじゃないかと思っています。

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今日はごはんがおいしくできた、通勤路の紅葉がきれいだなあ、休みの日にはあの本を読むぞ…。

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そんなことを考えながら1日1日を積み重ねていく、それが「暮らし」であり、とてもいとおしいものだと思うのです。そういう市井の人たちに支えられて、社会は成り立っているんですよ。

そして、そうやって1日を大切に暮らしていくことで、もしかしてある日突然「やりたいこと」にぶつかる、かもしれない。


くらしアトリエの活動が15年も続いてこられたのは、もちろんやりがいがあって、この活動が好きだから、というのが一番だけど、さまざまな偶然の重なりによるものも大きく、「成り行き」とか「流れ」という部分もあるのです。


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だから、「すごいですね!」と言われると面はゆいし、「そんなんじゃないです~」と思ってしまう。「身の丈に合ってないことをしているんだろうか」と思うこともあります。

相変わらず他人のことがキラキラして見えてしまうし、自分でうまく情報をコントロールしないと、真正面からキラキラビームを浴びたら焦ってしまって落ち込むことも…。
SNSも見なけりゃいいのに、ついついスマホに手が伸びてしまう…。そんなときにはスタッフに遠慮なく話をし、人は人、自分は自分、大丈夫、と確認しながら少しずつ歩みを進めている、そんな感じなのです。

だから「キラキラしている側」だと思われたりすると、めちゃくちゃ否定するし挙動不審になる(笑)。そんなちいさな人間なのです。

でも声を大にして(できないけど)言いたいのは、そんな人間にでも「暮らし」や「地域」を考えて形にすることは可能だ、ということなんです。

普通の、どこにでもいる、いやむしろ消極的でネガティブな、そんな人間でも「地域」を語ることはできるし、社会にわずかながらでもアクションを起こすことができる。特別なものじゃない。

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誰にでもできる当たり前のことを、それぞれが「こうしたほうが楽しいし心地よい」という方向性で取り組む。地域活動って、そんなスタンスでもいいんじゃないでしょうか。

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何度となく言っているけれど、地元食材のお店でごはんを食べたり、SNSで素敵な風景を紹介したり、地域の草刈りや溝さらいに参加したり、そんなちいさなひとつひとつが「地域を考える」ことで、どれもが「地域活動」なんです。

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何より、「住んでいるこの土地が好きだ!」「島根っていいところだよね」と思う、それを口に出す、誰かと共有する。それこそが最も重要で、最も着実な地域貢献。それくらいならできる、もうやっている、という方も多いんじゃないでしょうか。その気持ちをちょっとだけ「形」にしたのがくらしアトリエなのです。

だから、「やりたいことができてる」のは事実だけど、「すごい」わけではないんですよ~!と説明していたら、すごく長い文章になってしまいました。

くらしアトリエという団体、デザインもしてるしうつわも売ってるし、やたら島根島根って言うし、なんだろう?と思っている方々も、日々の発信を「自分と同じ目線で」「当たり前のことをより楽しい方向で」やっている人たち、くらいに認識してもらえたら嬉しいです。



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