『生きてるだけで君が好きさ』【中村佳穂 うたのげんざいち2019 ライヴレポート】 (文:こたにな々)
----------------2019.12.10 新木場STUDIO COAST
シンガーソングライター・中村佳穂さんによる自主企画ライブ『うたのげんざいち2019』が12月10日(火)新木場スタジオコーストにて行われた。
2018年11月にリリースされた2ndアルバム『AINOU』以来、音楽業界を越えた各所から早耳のリスナーを超えて、一般層にまで広く確実に多くの人々に注目される存在となった中村佳穂さん。
今年の6月より始まった自主企画『うたのげんざいち』だけでも、その会場のキャパシティは半年で250人から2500人規模へと変貌を遂げ、いかにその歌声が今求められているかが、こうして目に見えて分かる事態となった。
しかし、中村佳穂さんの魅力は縛られないその自由な“音楽”にあり、正直、再生回数や観客数などの数では、彼女の魅力を一切語ることはできない。
ライブでだけで聴くことのできる彼女の現在の“声”は、いつもキーボードと歌声とともにある。
ライブのオープニングは彼女独特の“即興語り”で始まる。「ずっと変わらずに私は歌う。歌い続けている。そう思ってるけど、そのままで景色が変わっている。そんなことってありえるんだって思える。たしかに見つけてくれたあなた達のおかげ!」「私に関わってくれてありがとう」と微笑む佳穂さんも確かに、自分の置かれている環境の変化の速さに気が付いているけれど、それでも彼女はいつも力強く、戸惑うことはなく「京都から来ました中村佳穂です」と自己紹介した後、「あなたの為に歌うよ」と何も変わることなく、いつもと同じように“音楽”に専念する。
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原曲よりもプログラミングもドラミングもかなり重い音で始まった「GUM」に、従えた中村佳穂BANDの存在感を感じ、2曲目にはぐんぐんと成長していく彼女の勢いを表すかのような新曲を披露。『AINOU』後に出た配信リリース3部作とはまた違うR&Bのようなブラックな雰囲気を感じさせつつも、やはりジャンル分け出来ない曲調で、次なる新譜への期待を煽る。
その後、メンバー紹介を挟みつつ、「アイアム主人公」のイントロ内で、バンドを自由自在に操る、ライブでおなじみの佳穂さんの遊び心が見られた。彼女が「キメ!」と叫ぶと、バンドは一体となって音を鳴らす。彼女が数字を叫ぶと、その数をズレることなく、回数分鳴らしていく。彼女が気まぐれでその場で決めた「72」という回数も難なくこなす中村佳穂BANDという彼女を支える存在は“信頼”で成り立っている。ダウンからアップテンポ、ジャジー、どんなものでも彼女のその場の一言で、音像が変わる。
バンドの心臓は中村佳穂で、彼女の声と歌がポンプとなり、楽器は動く。だからこそ彼女のライブでは、生命が踊るような感覚を味わえるのだ。
そして、お客さんが今日ライブに来るまでに聴いてきたであろう録音物は全く関係ないのが、中村佳穂という音楽が作るライブである。ライブオリジナルの歌詞が急に入ったりもする。歌は、音楽は、生き物であり、CDに録音されたものはその瞬間のものでしかない。彼女はただ、会場とここに集まった人達と、ただ一体になりたいという思いでできている。
「SHE’S GONE」の後半には、そのままプログレのように演奏が掻き鳴らされた。ライブハウスという会場では収めきれない表現しきれなかったエネルギーは、今回、ホールの音響を使ってライトを駆使して、彼女の音楽を最大限浮き彫りにする。いつもはキーボードの半径から超えることのない彼女が広いステージをハンドマイクで動き回る。
バンドメンバーであるKITAGAWAさんの歌う「just over」というアドリブの効いたアカペラで始まる「get back」では、「どの会場でやりたいかを考えたけど、私はそんなことのために音楽をやっているわけじゃない。知らない自分を見たい。知らない好きな人の、知らない顔を見たい。何が歌いたいかはその日にならないと分からない。」と正直な気持ちが歌によって語られた。ライブで伝えてくれる歌の中の語りはいつも、彼女の日記のように日常で、彼女の直近に起こったことや思ったことがそのつど語られる。それは彼女がここに集まってくれた人にだけ伝えたい素直な気持ちで、メロディーの上だからこそ言えることであり、だからこそ彼女には制限がない。
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『AINOU』後にリリースされた楽曲「q」の最中には、歌詞内にある「trust you」という言葉を織り交ぜ、「『AINOU』を作る時に、メンバーにtrust meって言われたんですよ。不安がなかったわけじゃなかった時にtsust meなんかできるか!って思ったけど、この曲に対してどんどん気付くことがある」「20代になると歳をとるのが楽しい。後から分かることばかり。」と美しいメロディーの上で語った。
『AINOU』以前の楽曲では、一人でキーボードを優しく強く弾く彼女だけにスポットライトが当たり、バンドメンバーを含めた会場全体が彼女だけを見つめていた—
中村佳穂という存在が歌ってくれているだけで、もうなんでも良いなという気持ちになるような、彼女の歌には嘘が見当たらない。優しく、強く、“救われる”という感覚はこういう事かなと思い出されるように、会場中が彼女だけを見つめる。
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再度のバンド紹介のあと、「皆が物販とCDを買ってくれたおかげで新しい機材を沢山導入した」という、そのひとつである太鼓がステージ中央にセッティングされた。スティック片手に、しかし片方は素手で、「キーボードも打楽器だと思ってるから」と言い放った佳穂さん自身によって、太鼓がとんでもないリズム感覚で初披露された。湧き上がる歓声の中、スペシャルゲストであるドラマーの石若駿さんがドラム台に乗ったまま登場。観客の期待が最高潮になる中で「LINDY」が披露された。“江戸パート”と呼ばれる祭りのような掛け声の後、再び佳穂さんによる太鼓と、石若さんを含む2ドラムでセッションされた“祭りの音色”が会場をさらにヒートアップさせる。
音楽に縛りはなく、本来ジャンルも分けられるものじゃない。ただ楽しく、それでいて、人と人との間でコミュニケーションが取れれば良いのではないだろうかという— 情報社会でジャンルや数字に縛られた“音楽”がどんどん解き放たれていく瞬間を見た。
そのまま、佳穂さんと石若さんの即興デュオに移り、その後、中村佳穂BANDも参加している石若さんが新しくスタートさせたプロジェクト・Answer to Rememberより楽曲「LIFE FOR KISS」を披露。
キーボードから始めた石若さんは間奏部ではドラムに早変わりし、中村佳穂BANDとの熱い化学反応を起こしていく。音楽のプロしか居ないステージの上で、誰も音を的確に鳴らすだけの職人と化しておらず、“とにかく音楽が楽しい”という意識の中で奏でられた音色の圧倒的な存在感に脱帽する。『AINOU』を制作する際に合宿することで信頼関係を含めたバンドメンバーと、2,3年前に知り合ったという石若さん全員を佳穂さんは“友達”と呼び、楽しそうに音を奏でる。
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その後、「昨日できた」という新曲までも披露され、1曲の中で複雑に曲調が変わる楽曲構成になっているのに対して、歌詞はどんどん簡潔に感覚的に、気持ちに寄り添うものになっていた。ダブルピールをしながら、観客にもピースサインを促す歌詞は、度々、馬鹿になろうと促した。
そして、本編最後には、佳穂さんの代表曲である「きっとね!」が披露され、会場全体が満たされるかのように一体となって踊りに踊った。決まったフリもなく、観客全員が各々自由に体を動かし、音楽を体感する。そんな楽しみ方ができる安心感に包まれた空間だった。
アンコールで再び登場した際には、「そのいのち」が披露され、歌詞に合わせて、「生きてるだけで君が好きさ。またどこかで会いましょう!」と投げキッスをしながら「ラブユー」と繰り返す佳穂さん。楽曲後半では、スタジオコーストの大きなミラーボールに反射した照明で、青い星くずのような無数の光が会場の壁一体を覆った。
宇宙のような、強い一体感のある生命力ある空間内で、また彼女の音楽の強さを認識し、同時に、音楽という存在に救われて「生きているだけでいいんだ」と思わせてくれるステージを最後まで見守った。
何度見ても、“最高”を更新してくる中村佳穂という存在のすごさを噛み締めながら、彼女がやっているものは紛れもなく“音楽”で、あれが“音楽”なんだと強く確信して、次なる彼女の進む道を一緒に歩みたいと思った一夜だった。
『うたのげんざいち2019』中村佳穂
2019.12.10 新木場STUDIO COAST
1,GUM
2,新曲
3,アイアム主人公
4,FoolFor日記
5,SHE’S GONE
6,get back
7,q
8,シャロン
9,You may they
10,LINDY
11,LIFE FOR KISS(Answer to Remember)
12,石若さんと即興デュオ
13,新曲
14.新曲
15.きっとね!
En.
16,そのいのち
中村佳穂BAND :
中村佳穂
荒木正比呂
深谷雄一
西田修大
MASAHIRO KITAGAWA
Guest : 石若駿
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