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バックヤードのエピソードで知る、会いに行きたくなるホテル

旅に出る時、宿泊先をどのように決めるだろうか。
誰と、何のために。行き先を決め、お財布と相談。
旅好きで情報収集に長けた女性なら、SNSでビジュアルの良いホテルを探して予約するかもしれない。

では、そこに誰がいるか知っているだろうか。ホテルに欠かせない、人。
ホテルで働く「ホテリエ」を知れば、宿泊先を「人で選ぶ」新しい旅の選択肢が生まれる。

『惚れるホテルを創る愛されるホテリエたち』。
一見すればホテル業界人のキャリア本だが、ゲスト目線で言えば「会いにいきたくなるホテルが見つかる本」だ。

本書で紹介されるのは5人のホテリエたち。彼らがしているのは、「寝るためだけの場所」で「ゲストを待つ仕事」ではない。紹介されるのは、ホテルの裏側を支えるバックヤードのエピソード。ホテリエを知れば、きっとそこに会いに行きたくなる。

「ポジティブな予定不調和」を探しに HOTEL SHE, KYOTO


一棟貸しでもなければ、誰とも関わらずに宿泊することはない。
ロビーには他の旅行客、チェックインでホテリエと2,3のやりとりをし、壁を隔てた隣の部屋にも誰かの気配。
せっかく同じ屋根の下、夜通し身体を預けるなら。宿泊先で「ポジティブな予定不調和」を楽しむホテルはどうだろう。例えばHOTEL SHE, KYOTO。

立ち上げた龍崎翔子氏は、過去の開業ホテルで迎えた宿泊客からこんな感想を語られた。「リビングで飲んでいるとき、隣の人と仲良くなって盛り上がってね……。」そしてホテルはソーシャルな場であると発見する。

ホテルに人がいて、ゲストが集まれば社会。初めての出会いは予定調和とはいかないが、今までの経験を思い返せば、旅のハプニングはいつだって一生語れる思い出だ。そんな出会いもきっと「ポジティブな予定不調和」の一つ。

時にはイベントがあり、ホテリエやそこに集うゲストとの色濃い体験を提示する。2022年6月にはホテル一棟をオールナイトの劇場に見立てた、「泊まれる演劇」の再演があるそうだ。ソーシャルホテルで行われる体験は、宿泊した後さらに、ソーシャルネットワーク上での喝采に繋がっていくだろう。

ホテリエの思考を知り、そのアウトプットであるホテルに会いに行くのはどうだろうか。


ホテリエが、ノリノリで働くホテル 瀬戸内リトリート青凪

ホテル業は、不動産業とサービス業の掛け算だと言われる。箱があっても、人がいないと成り立たないことがほとんどだ。せっかくの宿泊で散々なサービスだったら、旅の思い出も曇るもの。
ミシュランガイドで最高級の5パビリオンを獲得した、瀬戸内リトリート青凪。青凪が最高評価を得た理由に、「人」は欠かせない。
 
前支配人の吉成太一氏は本書でこう語る。うまくいっているホテルは「スタッフがノリノリで働いているホテル」である、と。
ホテルに欠かせないホテリエたちに、モチベーション高く働いてもらう取り組みの数々が紹介される。企業に所属する方なら特に興味深く感じるであろう、2つの取り組みを記載する。 

1つ目は、ホテリエ個人個人にInstagramのアカウントを持たせ、ゲストとコミュニケーションを促すこと。
SNSを通して交流をし、企画したシークレット宿泊プランを限定公開する。ホテリエ自身にファンが付き、市場価値が上がるのだ。

2つ目は、副業をもたせること。副収入での心理的余裕を作る以外にも、副業で得たスキルやノウハウを本業に活かすことが目的だという。

スモールビジネスの起業やマーケティング知識を得たホテリエが集結する青凪で、ラグジュアリーなワーケーションも魅力的。
ノリノリで働くホテリエとのコミュニケーション、もしかすると宿泊者のキャリアにも影響するかも。


当たり障りのない距離感を破りに HOTEL GRAPHY NEZU

私自身、ホテル滞在はライフワークのようなもので、ホテルと関わることが趣味兼仕事である。様々なカテゴリーのホテルに宿泊したが、中でも特に記憶に残るホテルステイがある。

HOTEL GRAPHY NEZU。東京の下町に佇む、ソーシャルアパートとホテルを組み合わせた施設だ。本書にも登場するホテリエ濱田佳菜さんが所属する、GLOBAL AGENTS社の一施設でもある。 

母1人、幼児と乳児を連れた3人旅での滞在。抱っこ紐で抱えた乳児がうとうとしている間に、フロントでクラフトビールを購入。
「お仕事後の一杯は美味しいですよね!」と、フロントのホテリエが言う。母親業を一瞬解放した私が応じ、些細な談笑。

子供が起きた後には、今度は国籍の違うホテリエが声を掛けてくる。
「抱っこ変わってもイイデスカ?」。コロナ前は世界中の小さなゲストたちと遊んだのだろうか、手慣れた様子にためらいのない口調が嬉しい。

一般的に、干渉しすぎるホテリエはNGだ。宿泊者の目的は様々で、心地よい距離感もそれぞれ。誰かと滞在しているならば、その空気に割って入り、壊すことはあってはならない。ただ、関わってほしい時もあるのだ、ゲストには。 

ホテリエとの間に感じる「当たり障りのない距離感」をいとも簡単に破ってくるこのホテルは何なんだろう。初対面でも交流が始まるソーシャルなホテル、ノリノリで働くホテリエはとても印象的だった。


束の間の一杯(≒2本)と、寝起きの抱っこ

まだ楽しく働いているかな。あの時会話した彼や彼女はいないかもしれないけど、きっと同じように楽しそうなホテリエがいるはずだ。
体験はこうして記憶に残り、また会いに行きたくなる。


次の旅先は、ホテルを人で選んでみる。「会いに行きたくなるホテル」を見つけるヒントがここにある。



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