久保田寛子・肖像画展~作品をしあわせにする展覧会~を振り返って
久保田寛子さんは、これまでに国内外で数多くの受賞歴があり、インスタグラムのフォロワー数が1万6千人を超える有力作家です。現在は、主に動物のキャラクターが活躍するユーモラスな作品を描かれています。
筆者は、2022年9月に岡山市のネイロ堂で開催された個展ではじめて久保田さんの存在を知りました。それきっかけに、インスタグラムで過去に描きためられた作品群も閲覧し、少数ながら人物の肖像画があるのを見出しました。
久保田さんは美術の専門教育を受けた後に、イラストレーターとして勤務されていました。その後、絵画塾MJイラストレーションズで絵画を学び直し、その際、絵の鍛錬として油絵の具やアクリル絵の具で肖像画を描く機会があったのだそうです。
久保田さんの肖像画には、モデルとなる人物がいないのだそうです。イメージに浮かんだ人物を筆の赴くままに、デッサンも下書きもなしで、いきなり筆を入れて即興で描くのだそうです。描きながら次々とアイデアが浮かび、最初のイメージに変更が加えられます。他者によく見せたいという気負いがない分、おおらかで力強い筆致は、自由で創造性に富んでいます。江戸時代の浮世絵のような平面的で図案的な構図、ぴりっとした赤と青との色使いは、黎明期の近代西洋絵画のようです。(久保田さんのもう一つの表現手段である版画による肖像画でも同様だそうです)
作家として独立されてからは、肖像画の依頼は、たまにあったものの、描く機会は限られていたそうです。それでも、ふと、人物のイメージが降りてきたときに、修業時代を思い出し、楽しみで描いていたそうです。そういった作品は、久保田さんの個展で発表される機会がほとんどありませんでした。
肖像画の多くは、修業時代に制作されたものや、あるいは、商業用に依頼されたものではなかったために、失われてしまった作品が少なくありませんでした。
そんな作品達をこのまま消えさせるわけには行きません。そこで、久保田さんにお願いして、手元に遺った作品や、新たに描き下ろしてくださった作品を収集し、まとまったコレクションにすることができました。
2023年11月28日~12月2日、アートの街・倉敷美観地区の老舗ギャラリー、「ギャラリーメリーノ」で、収集した作品を元に、久保田寛子さんの肖像画コレクション展を開催しました。
作品の展示にあたっては、筆者が信頼するアート関係者に関わってもらい、どこまで作品のアート表現を高められるか、チャレンジしてみました。
まずは、作品の額装です。額装は、倉敷市在住の額装家、榎本美恵さんに依頼しました。
榎本さんは、自身が大阪芸術大学出身の洋画家です。筆者は岡山県内の展示会で榎本さんとしばしば遭遇し、作品について意見を出し合い、感性を磨くことができました。
榎本さんは、作品の引き立たせるのが額装の役割であるとの信条で仕事をされているとのことでした。実際に作家の個展会場で榎本さんの仕事をみてみると、作品に対して額装が一歩退いた感じを受けました。そこで、今回依頼する作品は、既に作家の手元を離れて、“独り立ち”しているので、作品を芸術創作の一つの素材として、最高のアート性を追求して欲しいと依頼しました。すなわち、額装を、作品と対等の「額装芸術」と言える水準まで引き上げて欲しいと依頼しました。
会場の展示は、ギャラリーメリーノの店主、清水繁子さんに全面的にお任せしました。清水さんは、大阪芸術大学出身のアーティストで、かつて、京都で創作着物作家として活躍されていた人です。ちなみに、現在も油彩画家として活動されています。
個展を開催する際は、通常、作家自身が展示のレイアウトを決めるのだそうです。ですから、店主の清水さんにもっとよいと思う展示のアイデアがあっても、顧客に対して黙って引き下がるしかないので、しばしば歯がゆい想いをされてきたのだとか。そこで筆者は、今回は、作家が主体ではなく、作品が主体なので、作品が最高に引き立つように、清水さんの思う存分やってくださいと、全面的に展示のレイアウトを依頼しました。
結果は、会場内を写した画像のごとくです。清水さんによる展示は、作品の大小、素材や表現手段、題材が渾然一体に混じり合って、会場全体が一つのコラージュ作品のような、クリエーティブものとなっていました。もしも筆者だったら、いわゆる作品の「カテゴリー分類」になってしまい、つまらない結果になっていたに違いありません。
芳名録によれば、来場者の過半は、岡山在住のアーティストでした。会場では肯定的なコメントや多くの助言が聞かれ、今回の企画に対する表現者の方々の熱い支援を肌で感じることができました。
今回の展示会は筆者にとって、出会いの総括と言えるものでした。そうして、久保田さん、榎本さん、清水さんの秘められた実力を存分に引き出せた喜びに浴することができました。
お三人と、会場に足を運んで下さった皆様に感謝です。