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ほんのり苦かったあの夏のカルピス

子供のころ、猫を飼っていました。もっと言えば犬も飼っていたしウサギも飼っていたしハムスターも。金魚も亀も……もういいですね。

そんな動物に囲まれた場所で生まれ育った私は当たり前のように動物が大好きな、そんな子どもに育ちました。

ある日、猫のシロが妊娠しました。
困惑される方がいらっしゃると思うので補足しますが、シロは猫です。シロはメスです。シロは白猫ではありません。

シロのお腹は日に日に大きくなり、私はまだ見ぬ赤ちゃんとの待望の出会いの瞬間に胸を膨らませ日々を送っていました。

早く産まれないかな、と学校でも家でもその事しか頭にありません。シロのお中はだんだんと大きくなり、ゴロゴロと何か動いている感覚。何匹かいるに違いありません。

出産前後の母親というものは気が立っている。人間もそうだと思うけど、猫も同じです。

だからあまり近づくなと接近禁止命令が出てしまいました。出来ればずっと一緒にいて立会い出産する気満々だった私ですが、迷惑にならないようにとある一定の距離から近づくことを禁止されてしまいました。

だけどそんな事では諦めない わの少女(※わの=作者)、鏡台の下に腰を据えたシロを見るために隣の部屋から床を這いつくばって双眼鏡で覗きこみ出産の時を待ちました。

なかなか出てこず、不安な日々を過ごしましたが、ある時健康な3匹の赤ちゃんが出てきました。

不覚にも真夜中だったため寝ていました。

ずっと隠れて張り付いていたのにその瞬間に立ち会えなかったなんて……。

私は祖母に言いました。
「起こしてよ!」と。
祖母だって真夜中なのでぐーすか夢の中なのですから起こしてよと言われたところで知ったこっちゃないです。

家族みんな優雅に寝ていたのです。

だけどそんな中で頑張ったシロちゃん。
私はその赤ちゃんを取り、ギュッと抱きしめようとしました。

怒られました。

親友だったはずのシロは私にシャーと言いました。
ショックで寝込む わの少女。
ショックすぎて学校に行けないと一応打診してみるわの少女。
ですが当たり前のように布団は剥がされ、子育ての手伝いで学校どころではないのに泣く泣く学校に行かされた事を今でも覚えています。

そして子猫の目も開いてきてミャーミャーと元気な鳴き声が家中に響く幸せの絶頂の中、天国から地獄へ突き落とされるできごとが起きたのです。

しばらくして子猫の目が開いてきました。キトンブルーの綺麗な瞳です。子猫時代だけに見られるこの瞳の色、大人になるにつれ変わっていきます。

シロも産後の状態から少しずつ心が落ち着いていき、子猫に触っても怒らなくなりました。シロは毎日子猫のお世話をしていました。子育てっていうものは大変なんだな、と子どもながらに感じました。

そしてしばらくしてその子猫が里親に出されることになりました。
仕方がないことなんですけどね、大人になった今なら分かるんですが、その時私は大反対して号泣しました。

いやだいやだと地団駄を踏み、誰にも渡さないと子猫を抱きしめました。

ですが、そんな子どもの思いは届かず、新聞紙に里親募集の記事が載せられました。

そして、その子たちは貰われていくことになります。

まだまだ納得がいかない わの少女、仏頂面で不貞腐れながら父に手を引かれ車に乗り込みました。

待ち合わせはいつも行っていたプールです。いつもなら大はしゃぎで行く楽しい場所、その日はとても心が曇り空でした。

ですがそんな私の心とは裏腹にその日は夏真っ盛りでとても暑かったです。
ガラス窓から差し込む光が暑くて容赦なく太陽が照りつけていたのも今でも覚えています。

プールに到着すると駐車場で相手先の人とお会いしました。
お父さんと男のお子さんふたりがいました。

男の子はワクワク期待に溢れた顔で私の父の手に持っているケージに視線を奪われていました。

今度はほんとうに別れの時、またじんわり涙が込み上げてきました。手の甲でぎゅっとそれを拭うと、それに気づいた男の子たちのお父さんは困ったように眉を下げ膝を曲げ、私と同じ視線になりました。

「ごめんね、大切に育てるからね、譲ってくれてありがとうね」

そう言われ私はこくんと強く頷きました。

そして父の手から子猫が渡され、その代わりにその相手のお父さんからとある箱を受け取りました。
もちろん無償譲渡ではありますが、お土産をくれたんです。

私は何が入っているか気になり、ワクワクソワソワしだしました。もう今や箱の中身に完全にロックオンです。

そして涙で別れたあと、家に帰りその箱を開けました。

中に入っていたのは瓶に入っているカルピスでした。

早速それを飲むことにしました。

今日は特別に少し濃いめに入れてもらったカルピス、たくさん流した涙のせいかなんだかいつもより少しほろ苦い。

だけどそれを飲み干すころにはもう、すっかり涙は涸れていた――。


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