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ことばとこころの言語学

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わたしたちのことばについて、ゆるく、でも言語学的に考えてみます。
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2018年12月の記事一覧

[ことばとこころの言語学・18]わたしたちが冷静に判断をするために心がけること

ハロー効果を逆手に取ってだまされない大学生が就職活動の面接でしばしば自己PRをすることがあるそうです。私も学生の面接の練習を参観したことがあるのですが、そのときに、留学経験やボランティアなどの話をする学生が多くいました。それは学生なりに「よく評価してもらいたい」ということで留学やボランティアをハロー効果として使っているんだということがわかりました。しかし、ほとんどの学生が「留学」や「ボランティア」という言葉をつかうため、その言葉の持つ価値が面接会場ではだんだんと低くなっていき

[ことばとこころの言語学・17] 自分の知っていることを相手に伝えない理由は?

前回は簡単に「会話の協調の原理」についてみてきました。ここでは、いくつか例を通して考えていくことにしましょう。その前に復習です。 会話の協調の原理(Cooperative Principle) グライスは、わたしたちは協調しながらコミュニケーションを行なっているということを前提に次のようなことを言っています。 Make your conversational contribution such as is required, at the stage at which

[ことばとこころの言語学・16]「つまらないものですが」と言って本当につまらないものをあげる人がいないのは?

「つまらないものですが、お受け取りください」 といって、近所のスーパーのチラシの束を渡したりすることはありません。 「ささやかなお食事をご用意させていただきました」 という言葉を聞いて、枝豆が出てきて終わり、という食事会ということにはなりそうもありません。 わたしたちは、相手に尊大に思われたくないので、謙遜をすることがあります。この「謙遜」というのは文字通り間に受けてはならないということも、生活をしていく中で身につけてきました。こうしたことについて、言語学的に考えてみ

[ことばとこころの言語学・15]そこの醤油取れる?

そこの醤油取れる? 皆さんはどのように返事をしますか?という質問をすると大抵は 「はい」 と答えると言います。ですが、この「はい」にはもうひとつ行動が伴います。それは、目の前の醤油を取って相手に渡すという行為です。もし、醤油を手に持ち「はい、取れますよ」と言った後に、その場に醤油をおもむろに下ろす。どうでしょう、相手をおちょくるには十分すぎるぐらいの対応ですね。 つまり、上述の例から、発話の文字通りの意味以上に、発話の意図が相手に伝わるかどうか、伝わらなければコミュニ

[ことばとこころの言語学・14]プレーボール!行為遂行的なことばの使い方。

道を歩いていたときに、「プレーボール」という声が聞こえてきたら皆さんは何を想像しますか?「あ、野球の試合が始まったんだな」と思い、辺りを見回すと、広場があり野球のユニフォーム姿の少年たちが目に入ってくるでしょう。テレビドラマを見ていて「それでは、手術を始めたいと思います」と耳にしたときは、おそらく病院の手術室でこれから手術が始まろうとする、その瞬間だと思います。しかし、みなさんは横断歩道の赤信号で信号が青になるのを待っているところで「それでは、手術を始めたいと思います」と言う

[ことばとこころの言語学・13]マホガニー製の机の上には、一輪のバラの花がアールデコ調の花瓶に活けられており、椅子は子供用のものが一脚、そして残りの三つにはキルトのクッションが置かれています。

わたしたちは現実に自分の経験や知覚を<ことば>で表すことができるでしょうか?大きな段ボールを抱えた人が私たちの方に向かってくる場面を想像して下さい。その人は前がよく見えていません。そして、その人目の前に机があります。そんなとき 「ここに机があります。気をつけて下さい」 といったりします。そうすると、この表現は現実の事柄が<ことば>で描写されていると考えてもよさそうです。 しかし、「ここに机があります」と言った場合、どのような種類の机で(木でできている、スチール製、ガラス

[ことばとこころの言語学・12]わたしたちはコミュニケーションでなにを理解するのか?

わたしたちはことばがないとメッセージを伝えることができないと、以前お話ししました。しかし、ことばはことば以上のことを伝えているということをここで確認してみましょう。 まずは、次の文をみてください。 (1) 私の弟はバス会社を経営しています。 (2) 東京は昨日から雪が降っています。 これらの文には、ことば以上のメッセージ、つまり言外の意味が伝えられていることがわかります。つまり (3) わたしには弟がいる。 (4) 今、東京は雪が降っている。 というメッセージも含まれ

[ことばとこころの言語学・11]みんなうそつき

授業で学生さんに「ウソをついたことありますか?」と聞いてみると、怪訝な顔をされ「ありません」とこたえます。みなさんはどうでしょうか?人前で「私はウソをついたことがあります」なんていうと一瞬にして信用を失いますよね。でも、思い出してください。 「今日、これから飲みに行こうよ」と誘われたときに、時間には余裕があるけれど、この人と飲みに行くのはあまり乗り気ではないときにどうやって断りますか? 「ごめん、ちょっと予定があって行けないんだ。」 と言ったりしませんか?そのときの「予定

[ことばとこころの言語学・10]ことばが伝わるしくみ(2)

「ことばが伝わるしくみ(1)」でソシュールのコミュニケーションの考えについて説明をしました。今回はロマン・ヤコブソンというロシアの言語学者がことばの機能についてまとめたものを紹介します。 ヤコブソンは1920年代ごろからプラハやハーバードで研究をし、主に言語学を応用した詩学や文体論という分野の礎を築いた研究者です。1960年の「言語学と詩学」という論文で言語の6機能というものを示しました。      [コンテクスト]        参照的       [メッセージ]   

[ことばとこころの言語学・9]私たちが物事を客観的に評価できない理由

断られない誘い方相手に安心をさせておき、決断を促すような方法は私たちの日常の会話にもよく見られます。 気になる相手を飲みに誘うとき、「明日、一緒に飲もうよ」と言ってもきっと「ごめん、都合が悪くて」と言われてしまう可能性が高いですよね。そういう場合、皆さんならどのような手段を講じますか? たとえば、「明日、一緒に飲もうよ。友達の○×ちゃんと、△■君も来ることになっているから」ということで相手を安心させることもできると思います。また、「明日、一緒に飲もうよ。臨時収入が入ったか

[ことばとこころの言語学・8]ことばがつたわるしくみ(1)

私たちは自分の頭の中にあることを、場面や相手に応じて伝え方を工夫して話したり、書いたりして伝えようとします。また、誰かが発した言葉を聞いたり、読んだりして理解しようと試みます。こうした言葉のやりとりについて、現代言語学の父と呼ばれる、フェルデナンド・ソシュールが次のような図で説明をしています。 ソシュール著・町田健訳『新訳ソシュール一般言語学講義』27ページより Aさんが頭の中で思いついた概念(コンセプト)を音(サウンド・イメージ)にまとめあげて、脳が発生器官に指令をし、

[ことばとこころの言語学・7]宝くじが買いたくなることばのしくみ

「本日大安」みなさんは、宝くじを買ったことがありますか?わたしは年末ジャンボ宝くじを買ったりしています。ですが、一度も大金を手にしたことがありません。どうしてでしょうか? それは、運が悪かったということですよね。しかし、どうして私たちは宝くじを買ってしまうのでしょうか?そして、「よく当たる宝くじ売り場」にわざわざ出かけて買いに行ったりするのでしょうか? 宝くじ売り場を観察してみると「本日大安」とか「この売り場から2等300万円が出ました」などいくつかの張り紙があることに気