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[ことばとこころの言語学・17] 自分の知っていることを相手に伝えない理由は?

前回は簡単に「会話の協調の原理」についてみてきました。ここでは、いくつか例を通して考えていくことにしましょう。その前に復習です。

会話の協調の原理(Cooperative Principle)

グライスは、わたしたちは協調しながらコミュニケーションを行なっているということを前提に次のようなことを言っています。


Make your conversational contribution such as is required, at the stage at which it occurs, by the accepted purpose or direction of the talk exchange in which you are engaged. (Grice, 1975)

グライスは、自分が参加している会話では、その会話で目指しているとされているもので必要とされているような貢献をしなさいということを提示しています。

そして、会話の協調の原理には4つの規則があり、その規則をもとにして私たちはコミュニケーションを行なっていると考えています。

量の規則:必要なことだけ言いなさい。
質の規則:正しいことだけ言いなさい。
関係性の規則:関係のあることを言いなさい。
伝え方の規則:簡潔に、順序立てて言いなさい。

では次のような例から考えていきましょう。

[期末テスト直前に生徒が科目担当の先生にたいして]
生徒:先生、期末には教科書30ページの問題から出題しましたか?
先生:え?知らないよ。ちゃんと試験範囲勉強しとけ。
生徒:そうなの、教えてくれたっていいじゃん。
先生:教えられるわけないだろ。

本当に先生は出題内容を知らないのでしょうか?そうではないですね。本当は知っていて、公平性の観点から「うん、そこから問題を出しているよ」ということはできません。ですので、あえて生徒の質問にきちんと答えていないのです。つまり、先生は意図的に「質の規則」に違反した答えをしています。このように意図的に規則を破るには先生には理由があったのです。それが、上述したように、公平性の観点から教えられないというものです。先生は文字通り、試験の内容を知らないわけではなく、知っていても教えられないということを暗に生徒に伝えているのです。これを発話の含意(implicature)と言います。ですので、生徒は「教えてくれたっていいじゃん」と、先生は試験問題の内容を知っているのに教えてくれないと思って、そのような発話をしたのです。つまり、先生の発話の含意を生徒がきちんと理解したのです。

次の例はどうでしょうか?

[授業が終わって教室を出た直後の学生徒同士の会話]
学生A:今の授業、全然わからなかった?というか、あの先生、いつも嫌味ばかり言って好きになれないんだけど。どう思う?
学生B: (教室から先生が出てくることに気がついて)お昼、学食で食べない?
学生A:・・・
学生B:あ、先生、お疲れ様でした。
学生A:そういうことね。

学生Bの発話は学生Aの「どう思う?」に対して全く的を射た答えになっていませんね。「関係性の規則」を意図的に破っているのです。その理由は、Aが先生の悪口を言っており、自分も同調したいけれど、先生の姿を見て聞こえてはまずいと思い、とっさに話題を変えたのです。今までの話の流れと全く関係のない話をしている時点で学生Aはその理由について全くわからなかったのですが、学生Bが先生に挨拶をした時点でその理由がわかったのです。それが「そういうことね」という発話に現れています。つまり、学生Bの発話は、別に学食でお昼を食べたいということを伝達しているのではなく、話題を変えたかったという意図を込めた発話になっていると言えます。
というところで今日はここまで。次回ももう少し考えてみたいと思います。


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