ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記~3

第一章 新米店主
 アイリスが仕立て屋の店主となって初めてお店を開店する日となった。

「うぅ……緊張するな~」

昨夜は働けることになった嬉しさと店長としてやっていけれるのかという不安でなかなか眠れなかったため目の下に薄っすらとクマができている。

「おはよう。はい、これが君の制服だよ」

「これ……わざわざ作ってくださったんですか?」

お店に出勤したアイリスにイクトが奥から出てくると制服を彼女に渡す。

「店長記念のお祝いだよ。早速着てみてくれないかな」

「はい。ありがとう御座います」

彼の言葉に制服を受け取ったアイリスは店の奥に入り着替える。

「可愛い……」

姿見に映る自分の制服に彼女は呟いた。白のランタン・スリーブの服にピンクのバンダナ。青色のロングスカートの裾には黄色のラインが入っている。

「制服がこんなに可愛いなんて。もっと女の子らしく可愛くならなきゃ。そうだ」

完全に制服の可愛さに釣り合っていないと感じたアイリスはせめて髪型だけでもこの服に似合うようにと一つに束ねて三つ編みにする。

「これですこしは可愛く見えるかな?」

姿見に映る自分の姿に向かって呟くとイクトが待つお店の方へと向かった。

「あの、着替えてきました」

「お帰り。うん、やっぱり思った通りとても可愛い。良く似合っているよ」

もじもじとしながら言った彼女の姿を見た彼がそう言って笑う。

「それじゃあ、早速仕事を覚えてもらうよ。まずは経営のやり方から」

「はい」

お客がいない間に覚えられるだけのことを覚える。アイリスはメモを片手に一生懸命聞いたことを書き写していく。

一通りのことを教えてもらった時お店の扉が開かれチリンチリンと呼び鈴がなる。

「イクト。また服が破れたんだ、直してもらえないか」

「い、いらっしゃいませ。仕立て屋アイリスへようこそ」

体格の良い色黒の男性が店内に入って来るとそう言って店主を呼ぶ。彼女は初めてのお客様に緊張しながらも出迎えた。

「あ……ああ。君は誰だ?」

「わ、私は本日よりここの店長となりましたアイリスです」

見慣れない少女にお客の男は不思議そうに首を傾げる。アイリスは一生懸命言葉を伝えた。

「はぁ?君が店長って……」

「おや、マルセンいらっしゃい」

意味が分からないとばかりに驚く客に店の奥から出てきたイクトが声をかける。

「おい、イクト。これは何の冗談だ?」

「冗談ではないよ。彼女はこの仕立て屋アイリスの店長。俺は彼女のサポートをする店員というわけだ」

彼を睨み説明しろと言いたげな客にイクトは笑って答えた。

「お前な……」

「え、えっと。実はこれには事情がありまして。実は――」

嫌な雰囲気にアイリスが慌てて事情を説明する。

「なるほど。その条件を見事達成できればここでちゃんと雇ってもらえるということか。君も大変だな」

「あははっ……」

同情するような眼差しを向ける客に彼女は苦笑するしかなかった。

「俺はマルセン。冒険者だ。仕事中よく服が破れてしまうからな、この店で直してもらってるんだ」

「マルセン。協力してくれないか」

自己紹介したマルセンにイクトがそう頼む。

「……今の話を聞く限りだと君が俺の服を直すことになるようだな。君は服を直すのは初めてか?」

「は、はい。ですが店主としてお客様のご希望に沿えるよう全力で頑張ります」

彼の質問にアイリスは小さく頷き答える。

「そうだな……物は試しだ、この破れた服を仕立ててくれ。俺は冒険者として護衛や町の安全を守る為に戦うこともある。だからなるべく丈夫で破れにくい服に仕立て直してもらいたい」

「分かりました。ではこちらでお預かりします」

少し不安そうではあるがそう言うと破れた服をカウンターの前へと置き説明した。彼女はマルセンから依頼の品を受け取ると一旦棚の上へと納める。

「ああ。一週間後には取りに来るから、それまでによろしくな」

「はい」

彼がそう言うとアイリスは小さく頷く。それを確認するとマルセンは店から出ていった。

「……ふぅ」

「接客はやっていけば慣れてくるから大丈夫だよ。それよりもこの服をちゃんと仕立て直せるかどうかだが」

「私やってみます」

緊張の糸が切れたかのように大きく息を吐き出す彼女へとイクトが声をかける。

彼の言葉にアイリスは意気込み服を持つと店の中にある手直し部屋へと入った。

「試験の時に使ったミシンと違う」

「これは先代の店長が愛用していたミシンだ。結構癖があってな。俺もあつかえるようになるのに時間がかかった」

ミシン台の上に置かれた古い機会に彼女は呟く。それにイクトが先代の物であると教えてくれる。

「実は私、試験を受けるまではずっと手縫いでやっていたので。ミシンをうまくあつかえるか少し不安です」

「う~ん。なら、君が自信のある手縫いでその服を仕立て直してみたら」

不安がるアイリスに彼が優しく微笑みそう提案した。

「で、でも。お客様の希望は破れにくい丈夫な服です。手縫いだとどうしても柔らかい素材しかあつかえません」

「どの素材を選んで服を仕立て直すかは店主である君が決める事だ。大丈夫。君ならできるよ」

「……頑張ります」

イクトの言葉に彼女は意気込むと棚に並ぶ布や糸からお客の依頼内容にそった物がないかを探す。

「これは……クルクル牛皮ですね。こっちはマクモ蜘蛛の糸。これならもしかしたら」

「よく素材の名前が分かったね」

アイリスの言葉に彼が驚いた様子でそう呟く。

「イクトさん。もしかしてこのお店にある素材って全部……」

「そう。うちのお店に置いている素材は全部ただの素材ではない。全部職人の手で作られた素材を使っているんだ」

彼女の言葉の意味を理解しイクトが頷くと説明する。

「どうしてですか?」

「先代がただの素材よりも職人の手で作った素材の方が質もいいしハサミの切れ味、糸の通しやすさそして何より仕立てた時の出来栄えが良いことに気付いたんだ。だからうちの店に置いてある素材は全部国宝級品の素材なんだよ」

彼の言葉に納得した様子でアイリスは棚に並ぶ素材を見詰めた。

「これならもしかしたらマルセンさんの要望にそった品が作れるかも。早速仕立ててみます」

「うん、頑張って。何か困ったことがあったら隣にいるから呼んでくれ」

「はい」

嬉しそうに微笑む彼女の様子にイクトも笑うとそう伝えて店内に戻る。

「よし、頑張るぞ」

クルクル牛皮とマクモ蜘蛛の糸を手に取り作業台の上へと置くと早速預かった冒険者の服の破れた部分に印をつけ始めた。

「よし、でき……ああっ!?」

「どうした」

三時間後に破れた部分全ての手直しが出来上がったとほっと息をついたアイリスだが途端に悲鳴をあげた。

彼女の悲鳴を聞いて駆け付けたイクトが尋ねる。

「イクトさんどうしましょう。お客様のお洋服なのに私……」

「……落ち着いて、大丈夫。彼の服の型なら持っているから。それを使って一から作り直せばいい」

ハサミで生地を切った時に服も一緒に巻き込んでいたらしく最初に渡された時よりも無残なまでに服が破れてしまっていた。

顔を真っ青にして涙ぐむアイリスへと彼が優しく声をかけ棚の奥からマルセンの服の型を取り出す。

「失敗は誰にだってある。だけどそこで立ち止まってしまってはいけない。失敗してしまったことを反省したら次はどうすればいいのか考えなければ。さあ、涙を拭いて。君の思い描く丈夫な服を作ってみて」

「はい……」

失敗した彼女に怒鳴ることも責めることもなく穏やかな口調でそう言い聞かせると型を作業台の上へと置いた。

彼女は涙をぬぐいイクトの優しさに感謝しながらクルクル牛皮を裁断しマクモ蜘蛛の糸で縫い合わせていく。

アイリスはお客様の服をビリビリにしてしまった事への申し訳なさからか、その日は閉店した後も店に残り一人黙々と服を仕立て上げていった。

「……できた」

「お疲れ様」

「へ?」

夜明け前の薄暗い中ランプの明かりだけで作業を続けていたアイリスはついに服を縫い上げ終え顔をあげる。すると彼女の前へと紅茶の入ったカップが置かれ驚いて隣を見るとにこやかな顔のイクトの姿があった。

「イクトさんどうして?まさかお家に帰らなかったのですか」

「……アイリスが頑張っているのに俺だけ帰れないからね。君は頑張り屋さんのようだ。でも夜を徹してまで頑張らなくてもいい。お客様が取りに来るという期日までに完成させればいいのだから、勤務時間が終わったらちゃんと家に帰って寝なさい」

「す、すみません。これからは気をつけます」

驚くアイリスへと彼が優しい口調でそう言って聞かせる。彼女のことを心配して言ってくれているということが伝わり小さく謝罪した。

「うん。これを飲んだら休みなさい。このお店の二階にベッドがあるからそこで開店まで少し休むといい」

「はい」

イクトの言葉に彼女は頷くと入れてもらった紅茶を飲み、一息つくと鍵を貰い二階へと続く扉を開けて階段を上るとすぐに見えてきた部屋の扉を開ける。

シングルのベッドにクローゼットと小棚。シンプルな机と椅子があるだけの部屋。アイリスは急に襲ってきた眠気に負けてその部屋の中をよく見ることもなくそのままベッドへと向かい眠りについた。

基本長編か短編の小説を掲載予定です。連続小説の場合ほぼ毎日夜の更新となります。短編の場合は一日一話となります。 連続小説などは毎日投稿していきますが私事情でPC触れない日は更新停止する可能性ありますご了承ください。 基本は見る専門ですので気が向いたら投稿する感じですかね?