ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記~13

第五章 訳あり少女来店
 国王生誕祭の翌日。仕立て屋アイリスの扉が開かれお客が来店する。

「こんにちは。少し宜しいでしょうか」

「いらっしゃいませ。仕立て屋アイリスへようこそ」

お人形のように可愛らしい女の子が入って来るとアイリスは慌ててお客の下へと向かう。

「貴女がアイリスさん」

「は、はいそうです」

興味深げな眼差しで見てくる少女の視線に居心地の悪さを覚えながら返事をする。

「ふふ。思った通り可愛らしいお姉さんね」

「あの、それでご用件は?」

アイリスを見詰めて微笑むお客へと彼女は尋ねた。

「わたしのお洋服を仕立ててもらいたいの。今度のお披露目パーティーでそれを着て参加しようと思って」

(気品ある子だなって思ったけどやっぱり貴族の子なのね。マーガレット様のお友達とかかしら?)

少女の注文を聞きながらアイリスはお客の言葉に納得する。

「どう、やってもらえるかしら」

「はい。畏まりました。どのような感じのドレスに仕立て上げれば宜しいでしょうか」

少し不安そうに尋ねる少女に笑顔で答えるとどんな感じに仕上げるかを尋ねた。

「そこは貴方のセンスにお任せします」

「分かりました。ではお客様の型紙を起こしたいと思いますので失礼ながら身体のサイズを測らせて頂けますか」

「ああ、それなら。こちらの紙に書いてもらったから、これを参考に作ってくれませんか」

「分かりました」

型紙を起こしたいと伝えると最初から予測していたかのように上質な紙を差し出してくる。

「それじゃあ、よろしくお願いします」

「はい。……イクトさん今のお客様幼いのにとてもしっかりしていましたね」

彼女が紙を受け取ったのを見届けるとお客は店を出ていった。

その背を見送ったアイリスがカウンターにいるイクトへと声をかける。

「そうだね。型紙を起こしやすいように体のサイズまで紙に書いて渡してくるお客様は俺も初めて会ったよ」

「さっそく型紙を起こしてみます」

イクトも自分も経験がないと伝えると彼女は紙を持って作業部屋へと向かう。

「うん。俺はちょっと出かけてくるから、お店番頼んだよ」

「はい」

その背を見送りながら彼が言うとアイリスは返事をする。

「……最近イクトさん出掛けてばかりだな。一体いつもどこへ行ってるんだろう」

「失礼する。こちらに高貴な雰囲気の少女が尋ねてはこなかったか?」

「あ、ジャスティンさん。どなたかお探しですか?」

イクトが外出するとすぐに扉が開かれジャスティンが入ってきた。作業部屋に入ろうとしていたアイリスは来客を迎えに店内へと戻る。

「あ、ああ。王女様がお城を抜け出してな。共も連れず一人でどこかへ出掛けられたそうなのだが、もしかしたらこの店へと来たのではないかと思って」

「王女様が?……今日は貴族の女の子が一人来店しただけですよ。でもどうしてうちの店にきたと思ったんですか」

困った顔で語られた言葉に彼女は驚いて聞き返した。

「ああ。王女様にこの店のことを話したら興味をお持ちになられてな。それでもしかしたらこちらにきたのではないかと思ったのだが……俺の勘も外れたか」

「大変ですね」

気苦労が絶えない様子のジャスティンへと労うような瞳で呟く。

「王女様の気まぐれにいつも振り回されてばかりだ。それよりもお店の方は順調か?何か困ったことはないか」

「はい。最近は仕事にも慣れてきたからか失敗も減りました」

話しを切り替えた彼へとアイリスは自信のついた顔で答える。

「それならいい。また服を仕立ててもらいたい。王女様の初めてのお披露目パーティーが開催される席に護衛として同席することになってな。一週間後のお披露目パーティーの前日に取りに来る。それまでに頼めるか?」

「分かりました。どんな感じの服に仕立てますか」

ジャスティンの言葉に彼女はどのように仕立てればよいのか尋ねた。

「そうだな……護衛らしい見た目が好まれるだろう。それから動きやすく、軽い感じの服がいい。それ以外は君のアイデアに任せる」

「はい」

「ではな」

やり取りを終えると彼は店を出て駆け足で王女様探しへと戻って行く。

「さっきの子もお披露目パーティーに出るって言ってたわね。ってことはマーガレット様もでるのかしら?」

「わたくしがなんですって」

「!?マーガレット様。いつからそこに」

独り言を呟いているとすぐ側からマーガレットの声が聞こえて驚く。

「隊長と入れ違いで入ってきたのに気付きませんでしたの?まあ、いいですわ。それよりイクト様はどちらにおいでですの」

「イクトさんは今出かけていていないんです」

彼女が言うとイクトを探すように店内を見回す。アイリスはそんなマーガレットへと説明した。

「そう……あなたイクト様の足を引っ張ったりなんかしていませんわよね」

「それが最近イクトさん出掛けてばかりで最近は私が一人でお店番していることが多いんです」

少し残念そうに呟くと強い口調でそう話す彼女へと最近の事について説明する。

「あら、そうでしたの。イクト様がいないんじゃあきても仕方ありませんけど、あなたが一人で店番してまたドジな失敗をしでかしたりでもしたらイクト様にご迷惑が掛かりますからね。しかたないのでわたくしが時々様子を見に来て差し上げますわ」

「あははっ……」

マーガレットの言葉に苦笑いしかできず乾いた笑い声をあげた。

「それはいいとして。今日来たのは貴方の仕事ぶりを見込んでまた服を作ってもらおうと思ってね。こんど王女様のお披露目パーティーが開催されることはご存知かしら?そのパーティーの席には貴族は全員出席することになってますの。そこでそのパティーに着て行くドレスをあなたに仕立ててもらおうと思って。やれないなんて言わせませんわよ」

「分かりました。どんな感じのお洋服に仕立てましょう」

注文してくる彼女へとアイリスは要望を尋ねる。

「そうね。お披露目パーティーですから華やかな席になると思うの。だから華やかなドレスがいいですわ。その他はあなたから見たわたくしに似合うイメージで作ってくださってかまいません事よ」

「分かりました。マーガレット様に似合うドレスを仕立てますね」

「それじゃあね」

服を作ってもらうよう頼むとマーガレットは満足そうな笑みを浮かべ店を後にした。

「やっぱりさっき来た女の子もお披露目パーティーに出席するためのドレスを頼んだのかな?」

「よう。何難しい顔してんだ」

彼女を見送ると最初に来店したお客の少女の事を考える。そこに誰かが声をかけてきた。

「あ、マルセンさん。いらっしゃいませ」

「ああ。何か困っているようだな。俺でよかったら相談に乗るぞ」

店内にはいつの間にかマルセンが入店しており彼に気付いたアイリスは笑顔で出迎える。そんな彼女へと彼がそう言った。

「実は今日初めて見えたお客様にどんなドレスを作ってあげたらよいのか悩んでまして」

「なるほどな。そのお客様はどんな感じの人だった?」

「とても品があって年はマーガレット様より下だと思うんだけどしっかりとしていてすごく育ちが良い方だと思うの」

「ならそのお客様を見たまんまのイメージのドレスを作ってあげればいいんじゃないのか」

「私が見たまんまの……」

マルセンに話を聞いてもらいながら彼の言葉の意味を考える。

「ああ。俺があったわけじゃないから何とも言えないが、アイリスの人を見る目や観察力は優れていると思う。だからそれをそのまま表現したらいいんじゃないのか」

「見たままのお客様のイメージを……」

彼の言葉にアイリスは少女の姿をイメージするとアイデアが思い浮かんできた様子で笑顔になった。

「ああ。それよりイクトは出掛けてるみたいだな」

「はい。最近よくどこかに出かけていてお店を留守にすることが多いんです」

「なるほどな……それじゃあ俺はこれで」

マルセンが問いかけてきた言葉に答えると彼は納得した様子で頷いて店を出ていこうとする。

「あ。申し訳ありません。ご用件を伺ってませんでしたね」

「いや、店の前を通ったら君がうんうん唸ってたんでな。どうしたのかと思って声をかけただけだから」

「そ、そんなに深刻な顔をしてましたか?」

彼の言葉にアイリスは恥ずかしさで顔を赤くしながら尋ねた。

「ああ。眉間にしわを寄せてな。まあ、このお店の店長としてお客様を喜ばせたいと思う気持ちを忘れなければ大丈夫だ。それじゃあな」

「はい」

マルセンがおかしそうに笑いながら言うと店を出ていくその背を見送ってから作業部屋へと向かう。

型紙を起こしお客様に似合うドレスをイメージして布を仕立てていく。

そうして三人のお客の注文の品が完成したのは夜の帳がおり始めた時間帯だった。

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